出会い

「で〜んで〜んむ〜しむ〜しか〜たつ~むり~♪」でおなじみのカタツムリですが、みなさんは木の上に棲むカタツムリがいるのをご存じでしょうか? わたしは恥ずかしながら、そんなカタツムリがいることを少し前まで知りませんでした。そのカタツムリに出会ったのは、数年前、北海道大学苫小牧研究林という森林研究フィールド施設に勤めていたときです。この研究林の売りのひとつに、森林の上のほう、すなわち「林冠(りんかん)」と呼ばれる部分を細かく研究できるという点があります。たとえば、ここには高さ20mを超えるクレーンが設置されており、ゴンドラに乗ると、大木の枝先を直接手に取って観察することができます。

当時、勤めて間もなかったわたしは、このクレーンの操作を樹上でせっせと練習していました。するとあれ、何か丸っこいボタンのようなものが、葉の先についているではないですか。よく見るとそれはカタツムリでした。

サッポロマイマイ

カタツムリといえば、梅雨どき、じめじめしたところでコンクリート塀やアジサイの葉の上などにいるのが連想されます。それがさわやかな青空の下、高さ20mを超える樹木の先端で風に吹かれている光景に、わたしは大変驚きました。さらにジャングルジムという、これまた施設の売りになっている観測タワーに登ってみました。すると樹上にはたくさんのカタツムリがくっついていました。

サッポロマイマイの樹上での分布(左:〇印内)、および林冠クレーン(右)

木登りカタツムリの行動を探る

このカタツムリは「サッポロマイマイ」という種類でした。実は、国内外には大変多くの樹上性カタツムリがいるそうです。まさか身近に、こんな意外な生態をもつ生きものがいたとは……。そこで研究林の研究者たちにも声をかけ、サッポロマイマイについていろいろ調べてみることにしました。

まず、木に登っているのはいつ頃なのでしょうか。前述のジャングルジムに約1か月に1回の頻度で登り、樹上でのサッポロマイマイの数を数えました。

ジャングルジム(左)とサッポロマイマイの調査の様子(右)

するとサッポロマイマイは、冬季は林床の落葉の中で冬眠し、5月中旬になると一斉に樹上に移動し、その後しばらく木の上で生活した後、10月中旬ごろに越冬のため再び地上に降りてくることがわかりました。サッポロマイマイの寿命は少なくとも3年以上はあります。生きているあいだ、彼らは季節に応じて登ったり降りたりを繰り返していることがわかりました。

サッポロマイマイとオサムシ類の活動性・生息場所の季節変化

このとき幸運だったのは、研究林に丹羽慈さんという甲虫を専門に研究されている方がいらしたことです。丹羽さんはジャングルジムの横にピットフォールトラップという落とし穴式のワナを設置し、同じ期間、地表を徘徊するオサムシ類の活動を記録してくださいました。オサムシの仲間は、カタツムリを食べることで知られています。比較の結果、春の登り始めの時期は、地表性オサムシ類が活動を開始する少し前でした。一方、サッポロマイマイが樹上から降りてくる時期は、オサムシ類がほぼ活動を停止する時期と一致していました。このことから、サッポロマイマイが木に登ることには、地表に生息する捕食者を回避する効果があるのではないかと推察されました。

木に登らないとどうなるのか?

では、木に登らなかったらサッポロマイマイは捕食者に食べられてしまうのでしょうか? この問いに答えるため、樹上と地表での生存率を比較するための野外操作実験を行いました。

野外操作実験の模式図

これは、サッポロマイマイに糸をくくりつけ、(1)樹上に固定するグループ(樹上グループ)、(2)木に登れないよう地表に固定するグループ(地表グループ)、(3)地表に固定するが、地表から2センチ程度の隙間があくようザルをかぶせて大型の動物が捕食できないようにしたグループ(地表+ザルグループ)の3つの実験システムを自然林内に設置しました。そしてセンサーカメラをとりつけ、夏季に約2週間、観察しました。

すると地表グループは、樹上グループに比べて著しく生存率が低い結果となりました。地表グループの主な死因は、タヌキ、ネズミ、オサムシ類などによる捕食と衰弱死でした。一方、ザルをかぶせた地表グループは、タヌキなどの大型動物による捕食圧が軽減されるため、地表グループよりもやや生存率が高い傾向にありました。しかし、樹上グループよりは生存率が低いという結果でした。

野外操作実験(図4参照)におけるサッポロマイマイの生存率の比較

さらに同じ実験を、サッポロマイマイが樹上から降りてくる秋にも実施しました。すると、樹上グループと地表グループとの生存率の差が夏の実験よりも小さくなっていました。この理由としては、サッポロマイマイの捕食者であるオサムシ類の活動が気温低下にともなって弱まっていたこと、さらには捕食者であるタヌキの主食がカタツムリや昆虫などの小動物から熟した果実へと季節変化したことなどが考えられました。以上の結果から、サッポロマイマイが木から降りてくる時期は、夏に比べて安全な時期にあたることが明らかとなりました。

木の上に食べものはあるのか?

実験により、サッポロマイマイにとって、樹上は生存率を高めるうえで重要な場所であることがわかりました。しかし、木の上には、サッポロマイマイが生きていくための食物はあるのでしょうか? 安定同位体分析という手法を用いて調べてみると、サッポロマイマイは地衣類やコケ類を食物資源として利用していることがわかりました。サッポロマイマイが多く生息する自然性の高い森林の樹上には、地衣・コケ類が幹や枝にたくさんついています。こうしたものを食べ物として利用することで、サッポロマイマイは樹上で生活することが可能となっているようです。

木登りカタツムリから考える森林の環境

以上の結果から、サッポロマイマイは、地表にいるさまざまな捕食者を回避し、生存率を高めるために木に登っていると推察されました。また食物資源として利用している地衣・コケ類が樹上にあることも樹上で生存していく助けとなっていると考えられました。樹上性動物の生態については観察が難しく、そもそもなぜ樹上で生活しているのか、といった基本的な問題を検証しづらいという側面があります。そんな中、サッポロマイマイという超スローライフな生物とめぐりあい、さまざまなアイデアとスキルをもった共同研究者にも恵まれて、樹上を生活場所とすることの適応的意義を明らかにできた点が良かったと思っています。

サッポロマイマイの樹上生活性の進化は、樹上に強力な捕食者がいなかったことによります。しかし最近では、外来生物のアライグマが侵入し、サッポロマイマイを捕食していることがわかりました。アライグマは手先が器用で木登りが上手なため、木の上にいるサッポロマイマイを簡単に捕まえることができます。長い時間をかけて樹上生活性を進化させてきた生物にとって、こうした移入種は大きな脅威となります。またサッポロマイマイは、原生的な森林環境を好みます。樹上性生物にとっては、樹高が高く、枝ぶりの複雑に発達した森林が大切な棲みかです。しかし森林の開発や人工林化などにより、そうした自然林は減少しつつあります。サッポロマイマイのような、樹上と地表とをいったりきたりする生物は、わたしたちの目に触れる機会の少ない、木の上の生態系について考えさせてくれる存在です。

参考文献
Saeki, I., S. Niwa, N. Osada, F. Hyodo, T. Ohta, Y. Oishi, and T. Hiura. 2017. Adaptive significance of arboreality: field evidence from a tree-climbing land snail. Animal Behaviour 127:53-66.

この記事を書いた人

佐伯いく代
佐伯いく代
2006年に東京農工大学の博士課程を修了しました(博士・農学)。専門は保全生態学です。現在は筑波大学に所属し、生物多様性やその保全に関する研究を行っています。