宇宙はプラズマで満たされている

固体を高温にすると液体に、さらに高温にすると気体になることは誰でも知っています。実はその先があるのはご存知でしょうか?

気体をさらに高温にすると、気体を構成している原子がプラスの電荷を持ったイオンとマイナスの電荷を持った電子に解離します。この状態をプラズマと呼びます。電気的に中性である液体や気体と違って、プラズマは電場や磁場を感じると運動が変化します。またプラズマが運動すると電場や磁場が生まれ、その電磁場によって自らの運動をさらに変化させます。このようにプラズマは液体や気体よりも遥かに複雑で多様な動きをします。

実は宇宙に存在するダークマター以外の物質の99%はプラズマ状態にあるといわれています。たとえば、夜空に輝く無数の星々はプラズマによってできています。また、太陽からは太陽風とよばれるプラズマの風が吹き出しています。 私たちの住む地球も放射線帯と呼ばれる高エネルギーのプラズマに包まれています。

宇宙のいたるところに存在するプラズマ——その物理的性質を知ることは、さまざまな天体現象を理解するためにとても重要になります。

プラズマは複数の温度を持つ

「熱いコーヒーに冷たいミルクを注ぐと、コーヒーの温度は下がりミルクの温度は上がり、中間の温度のカフェオレができる」

これは私たちの身の回りでは常識的なことです。しかし宇宙に存在するプラズマではこの常識が通用しないことがしばしば起こります。プラズマはイオンと電子でできていますが、高温のイオンと低温の電子(あるいは逆に低温のイオンと高温の電子)が混じり合っても中間の温度になりません。言い換えると、イオンと電子は異なる温度を持ったまま共存することができるのです。

実際にいくつかの天体ではイオンと電子が異なる温度を持っていることが確認されています。たとえば太陽風では、複数の衛星観測によってプラズマの温度が測定されており、イオンの方が電子より高温になっていることがわかっています。

もうひとつの重要な例がブラックホールの周りを回転するプラズマ「降着円盤」です。2019年4月にイベントホライズンテレスコープによって公開されたドーナツ状のブラックホールの影を覚えている方も多いと思います。あのドーナツ状の輝きは、降着円盤中のプラズマからの放射を捉えたものであるという解釈がされています。そして、降着円盤のブラックホールに近いところでは、イオンが電子より高温になっていると理論的に予測されています。

このように、宇宙にはイオンと電子が異なる温度を持っている現象が多く見られます。

宇宙ではイオンと電子はほとんど衝突しない

では、なぜカフェオレと異なり宇宙ではイオンと電子が異なる温度を持つことができるのでしょうか?

その答えは粒子同士の衝突にあります。液体や気体を構成している分子はお互いに衝突をしていますが、高温で希薄になるにつれて衝突の頻度が下がっていきます。カフェオレはプラズマに比べて低温で高密度です(コーヒーは熱いですがプラズマほどではありません)。そのためコーヒーを構成している分子とミルクを構成している分子は絶えず衝突し合っています。そして衝突によって熱いコーヒーから冷たいミルクへエネルギーが受け渡され、徐々に中間の温度に近づいていきます。

一方、宇宙プラズマは高温で希薄です。そのためイオンと電子はほとんど衝突をせず、直接的なエネルギーのやり取りをしないので、2つの異なる温度を取ったまま共存することが可能になります。

プラズマは電磁場のゆらぎによって加熱される

では、イオンと電子の温度の差はいったい何が決めているのでしょうか? イオンと電子のどちらがどれだけ高温になるのか理論的に予測できるのでしょうか?

この問いは今日に至るまで20年以上、プラズマ物理学者と天文学者を悩ませてきた難題でした。長年未解決であった理由は、プラズマが液体や気体よりも遥かに複雑な動きをするためです。プラズマの運動を記述する方程式を解くことは非常に難しく、最新のスーパーコンピューターを用いてもプラズマの持つ多様な運動のすべてを再現することは不可能です。

そこで私たちは、イオンと電子の温度配分に関わるさまざまな物理的プロセスのなかでも、「乱流」に着目して研究を行いました。乱流とは、大小さまざまな渦が相互作用をしながら不規則に運動する流れのことです。私たちの身の回りでも、波打ち際や滝壺などいろいろなところで乱流を目にすることができます。プラズマも水と同様に乱流になります。さまざまな観測から、宇宙に存在するプラズマの多くは乱流状態にあることがわかっています。

プラズマの乱流では、電場や磁場もランダムにゆらぎ、これよってイオンや電子が揺り動かされていきます。そして電磁場のゆらぎが持つエネルギーが、イオンや電子の熱エネルギーに徐々に変換されていきます。

私たちはこのプロセスを詳細に調べ、電磁場のゆらぎが持つエネルギーがイオンまたは電子のどちらかに選択的に吸収されることによって、2つの異なる温度を持ったプラズマになることを発見しました。

宇宙プラズマのイメージ図。降着円盤や太陽風を構成しているイオンと電子は、電磁場のゆらぎのエネルギーを吸い取り加熱される。

横波的ゆらぎと縦波的ゆらぎ

プラズマの乱流中に存在する電磁場のゆらぎにはいくつかの種類があります。それらは大雑把に「横波的」なゆらぎと「縦波的」なゆらぎに分類できます。

横波とは、弦の振動に代表されるような波です。プラズマの中では磁力線が張力を持った弦と同様の働きをします。一方、縦波の例は音波です。音波とは媒質の粗密が伝わっていく波です。プラズマの中では密度だけでなく磁場の強度の大小が音のように伝わっていきます。プラズマの乱流中で横波と縦波はランダムに乱れ、お互いに相互作用をしながら存在しています。

これまでの過去の研究では、横波的ゆらぎと縦波的ゆらぎがプラズマの加熱に対してそれぞれどのような役割を果たしているかは調べられていませんでした。

縦波的ゆらぎはイオンを選択的に加熱する

そこで、私たちはスーパーコンピューターを用いてプラズマの乱流をシミュレーションし、プラズマが乱流によって加熱されるプロセスを詳細に調べました。その結果、縦波的ゆらぎはイオンに選択的に吸収されるという事実を突き止めました。

詳細な解析を行い、その理由の一端も明らかになりました。縦波は横波より長い波長帯においてプラズマを加熱することができるのですが、イオンは電子より1000倍以上重く運動のスケールが大きいので、より選択的にイオンにエネルギーが渡されるのです。どうやら縦波はイオンに好意を寄せているようです。

一方、横波的ゆらぎはイオンと電子どちらか一方に好意を寄せているわけではなく、イオンを強く加熱する場合もあれば電子を強く加熱する場合もあるということがわかりました。具体的には、磁場が強いと電子が強く加熱され、逆に磁場が弱いとイオンが加熱されます。その理由は、磁場が強いと横波の進む速度が速くなるためです。イオンは電子より重くゆっくり動くので、磁場が強いと速く伝わる横波についていくことができず、エネルギーを受け取ることができないのです。

以上の性質を総合的に加味すると、イオンが電子より強く加熱される状況の方が起こりやすいということになります。電子がイオンより加熱されるのは、縦波的ゆらぎがまったく存在せず、なおかつ強い磁場があるときのみです。

大規模数値シミュレーションによって得られたイオンと電子の加熱比と、縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎの比の関係性。横軸の値が大きいほど縦波的成分が増大する。一方、縦軸の値が大きいほどイオンの加熱が増大し、1を超えるとイオン加熱の方が電子加熱より大きくなる。マーカーの色は磁場の強さ対応し、緑→オレンジ→青の順で強磁場になる。イオンと電子の加熱比は、縦波と横波の比の増加関数であるため、縦波的ゆらぎがイオンを選択的に加熱していることを示している。

ブラックホールの影をもっと精度よく解釈できる

以上の結果により、イオンが電子よりどれだけ強く加熱されるか定量的に予測することが可能になりました。ではこれがどう役に立つのでしょうか?

役に立つ例として考えられるのが、先程紹介したイベントホライズンテレスコープによるブラックホールの影の観測です。実はイオンと電子の温度差は、影の画像を物理的に解釈しブラックホールの情報(たとえば自転速度)を推測するために必須の情報なのです。影の周りのドーナツ状の光っている部分は電子からの放射であると考えられています。一方イオンは光りにくいため直接観測することができず、イオンと電子の温度比は観測から決めることができません。

これまでの研究では、イオンと電子の温度差を大雑把に仮定して観測結果の解釈が行われてきましたが、私たちが得たイオンと電子の加熱配分の予測を組み合わせることで、ブラックホールの情報をより高い精度で得ることができると期待されます。

しかし最初に述べたとおり、プラズマの動きはとても複雑で多様です。今回私たちが着目した乱流は、プラズマを加熱するメカニズムの一端に過ぎません。現在世界中で、さまざまな効果によるプラズマ加熱に関する研究が競って行われています。今後も新しい発見がどんどん生まれてくることでしょう。

なお、本研究結果に関する以下の2つの論文は、どなたでも無料で読むことができます。興味を持たれた方はぜひ御覧ください。

参考文献
・Y. Kawazura, M. Barnes and A. A. Schekochihin, “Thermal disequilibration of ions and electrons in collisionless plasma turbulence,” Proceeding of the National Academy of Science 116, 771 (2019) DOI: 10.1073/pnas.1812491116

・Y. Kawazura, A. A. Schekochihin, M. A. Barnes, J. M. TenBarge, Y. Tong, K. G. Klein, and W. Dorland, “Ion versus electron heating in compressively driven gyrokinetic turbulence,” Physical Review X 10, 041050 (2020) DOI: 10.1103/PhysRevX.10.041050

この記事を書いた人

川面 洋平
川面 洋平
東北大学学際科学フロンティア研究所 助教
1984年生まれ。東京大学工学部卒業後、東京大学新領域創成科学研究科でPhDを取得。日本学術振興会特別研究員、東京大学助教、オックスフォード大学博士研究員を経て2019年より現職。専門は理論プラズマ物理学。太陽圏から遠い宇宙まで様々な天体現象に共通するプラズマの普遍的な性質に興味がある。