宇宙で資源を開発する時代の到来か – 月から火星へ

月面の探査といえば、米国によるアポロ計画を思い浮かべる人が多いと思います。アポロの功績は大きく、月のサイエンスの発展に大きく貢献しました。それから約60年が経ちました。技術の進歩によって、多くの国が宇宙開発を行うようになり、宇宙空間が近くなったと感じます。それに伴い、宇宙空間での資源確保といった新たな研究課題も生まれました。

たとえば、月には氷(水)が存在する可能性があります。地球から大量の燃料を搭載したロケットを打ち上げるには大きなエネルギーが必要ですが、もし月で水を獲得できれば、ロケットの燃料などにも利用できる可能性があります。そのため、宇宙で資源を獲得できれば、地球外天体の探査が一気に加速する可能性があります。地球の限られた資源を宇宙空間に持って行くという考えでは、地球資源の枯渇の点からも好ましくありません。将来的に、宇宙空間で人間が活動するには、宇宙での資源(エネルギーに加えて基地の建設資材など)の獲得が必須になると思います。

ここでは最近、火星に設置された地震計を使って、火星の微小な振動(微動)の特徴を捉え、さらにその微動を利用して、火星内部を探査した結果を紹介します。私は、10年ほど前から、月の地下構造を探査する装置の開発を行なっています。残念ながら、我々の探査機器はまだ月には行っていません。しかし、これまでの宇宙探査に関する経験や、アポロによって取得されたデータの解析に関わってきたこともあり、火星で記録された地震計データの解析をスムーズに行うことができました。

火星に設置された地震計

最近、「火星で地震が起こっている」というニュースを聞かれた方もおられるかと思います。これは2018年11月に火星に着陸したNASAの火星探査機インサイトによる成果です。この探査機には、地震計に加えて、温度計や風向・風速計など、さまざまな観測装置が設置されています。地震計が火星に設置されて以降、火星の地震や微動を継続的に記録することに成功しており、火星のダイナミクスが明らかになってきました。夜空の小さな点にしか見えない火星で地震計等のデータが記録され、そのデータが地球に送られているとは驚きです。

火星探査機インサイトの模式図 (c) NASA & JPL-Caltech

この地震計の大きな成果のひとつに、火星の地震(火震)の記録があります。地震計を設置した後、約1年間に、約300回の地震が観測されています。これまでに記録されたなかで最も大きい地震は、マグニチュード4程度と推定されています。この大きな地震は、山岳地帯のセレベルス・フォッセ地域で発生している可能性が高いと考えられています。この場所は、インサイトの着陸地点から約1000kmの距離にあり、衛星画像のデータから数百kmにも及ぶ割れ目噴火地帯と考えられている場所です。この結果から、火星でも地球と同様に、断層型の地震が発生していることが強く示唆され、これまでの火星ダイナミクスの考え方が見直されつつあります。

インサイト着陸地点周辺の地形図(Golombek, M. et al. 2020, Nat. Commun. 11, 1014. より引用)。地震が発生しているとされるセレベルス・フォッセの位置も示す。

火星の内部構造の探査 – ノイズを人工震源として利用する

我々の研究グループは、探査機インサイトに搭載された地震計を用いて、微動の発生メカニズムを明らかにすること、さらに微動を用いて火星の地下構造を調べる研究を行いました。

地球では、地下を調べる際に、複数の地震計や人工震源を利用することができます。たとえば石油などの資源探査では、人工震源で音波を発振し、それを受振することで、地下の地質構造を可視化します。この方法は、お腹の中を調べる医療用のエコーを巨大化したようなものです。しかし火星では、地震計などの装置が限られており、利用できる情報を最大限に活用するアプローチが重要になります。そこで我々は、一般にノイズとされる微動の特徴を調べ、それを上手く利用することで、火星の地下構造の探査を試みました。

火星に設置された地震計データを解析した結果、微動に含まれる実体波は、着陸船から遠い場所の風の影響を受けていることがわかりました。一方で、微動に含まれる表面波は、探査機周辺の強風によって、発生していることがわかりました。また、高い周波数(短い波長)の微動(約1 Hz以上)を計測したところ、探査船からの振動が卓越していることがわかりました。これは通常の探査では、ノイズとして嫌がられるものです。しかし我々は、このノイズを仮想的な人工震源として利用することで、火星内部の地下構造を調べることに成功しました。

今回の結果から、火星の地下構造の探査に、微動を利用できることがわかりました。つまり、地震計を設置するだけで、火星の地下構造をある程度の精度で探査できることになります。今回の地震計は、1箇所に設置しただけですので、その真下の構造しかわかりません。しかし今後、地震計を数台設置し、この手法を利用すれば、火星の3次元地下構造を推定できる可能性があります。

微動の特性と風の関係(Suemoto, Y. et al. 2020, Geophys. Res. Lett. 47(13), e2020GL087123. より引用)。上から微動の周波数依存性、低い周波数の微動(表面波成分)の到来方向、高い周波数の微動の到来方向、風向(風速)を示す。

宇宙資源探査 – 宇宙というフロンティアを目指して

火星には氷があると考えられていますが、先に述べたように、氷(水)は宇宙空間では貴重な資源になります。それ以外にも、火星などで基地を建設する場合には、現地(地球外天体)での資源の獲得が必須になります。このような惑星での資源の獲得は、今後の宇宙空間での活動を支えるうえで重要です。つまり資源探査は、地球だけでなく、地球外惑星でも活躍できる学問分野となりつつあると感じます。

一方で、宇宙探査ならではの難しさもあります。私は、長年、地球内部を調べる探査手法の研究を行っていました。たとえば、地下深部に分布する地震断層や火山の可視化、そしてそれらの動態を捉えるモニタリング手法の開発を行なってきました。地球の探査であれば、装置が壊れれば、それを修理することができますが、宇宙ではそのような考えは通用しません。何らかの問題が発生したときの対応や、バックアップ機器を事前に精査する必要があります。そのため、宇宙探査機器の開発には多くのプロセスを要し、私もその大変さを痛感しました。しかし宇宙というフロンティアを目指して、探査装置やデータ解析手法の開発にチャレンジしていければと考えています。

参考文献

  • Suemoto, Y. et al. 2020, Temporal variation and frequency dependence of seismic ambient noise on Mars from polarization analysis. Geophys. Res. Lett. 47(13), e2020GL087123.
  • Giardini D et al. 2020, The seismicity of Mars. Nat. Geosci. 3, 205-212
  • Golombek, M. et al. 2020, Geology of the InSight landing site on Mars. Nat. Commun. 11, 1014.

この記事を書いた人

辻 健
辻 健
九州大学大学院工学研究院 教授、地球資源システム工学部門長、工学部地球環境工学科長、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)マルチスケール構造科学ユニット長など。地球や地球外天体の内部構造を可視化すること、地震や火山といった地球の動態をモニタリング・モデリングすることに生きがいを感じている。一方、CO2の問題は地球に対する責任から、I2CNERで研究している。地球をクローズされたシステムとして捉え、地球を利用して、大気中CO2を削減、さらにはマネージメントする技術の開発を行っている。