植物の根への寄生はネコブセンチュウの繁殖に必須

みなさんは、植物も動物と同じように病気にかかることをご存知でしょうか。家庭菜園をされたことがある方は、水も肥料もきちんと与えているのに野菜が枯れてしまった、という経験をされたことがあるかもしれません。土壌中にはさまざまな微生物が住んでおり、それらの一部が植物に感染することで病気を引き起こしているのです。

そのなかでも特に畑の厄介者として知られているのが、植物の根に寄生するネコブセンチュウです。ネコブセンチュウは体長1mmに満たない線形動物であり、植物に寄生することでしか繁殖できないというユニークな生活様式を持ちます。

ネコブセンチュウは植物の根内部に侵入し、維管束組織の細胞を標的として針状の口からさまざまな因子を注入します。これにより植物細胞は形態変化を引き起こし、巨大細胞や周辺細胞と呼ばれる特殊な細胞となり、結果として根にこぶ状の器官(根こぶ)が形成されます。ネコブセンチュウは一生を通じて根こぶ内部で生活し、巨大細胞から栄養を摂取するため、根こぶはセンチュウにとっての「家」であり「餌場」でもあるのです。

植物はネコブセンチュウに栄養を奪われ、さらに根こぶは水や栄養分の吸収といった根本来の機能が損なわれるため、結果として植物の生育は悪化し、最悪の場合枯死してしまいます。ネコブセンチュウは根に寄生するという性質上その被害状況を迅速に把握することが困難であり、また駆除も難しいため世界中で農作物に甚大な被害を及ぼしています。

ネコブセンチュウの一種であるサツマイモネコブセンチュウ(右上)が感染したニンジンの写真(左)。根にこぶ状の構造(根こぶ)が複数形成されている。
モデル植物シロイヌナズナに形成された根こぶの切片画像(右下)。根こぶ内部ではネコブセンチュウが寄生しており、センチュウの餌場である巨大細胞が形成される。

根の成長-防御トレードオフの存在や仕組みは謎だった

ネコブセンチュウのような病原体に対し、植物はさまざまな防御機構を備えています。そのひとつが植物ホルモンであるサリチル酸を介したシグナル伝達機構です。植物が病原体から攻撃を受けると、防御ホルモンであるサリチル酸の合成が誘導され、植物体内にサリチル酸が蓄積することで病原体に対する抵抗性を獲得します。

しかしながら、サリチル酸を介した防御応答は植物の成長とトレードオフの関係にあることが知られています。たとえば葉においては、サリチル酸の高蓄積は病原菌に対する抵抗性の獲得に寄与する一方、葉の成長を抑制します。したがって、植物は病原体感染時に成長と防御のバランスを適切に保っていると考えられています。

しかし、根においてこのような成長-防御トレードオフの関係が存在するかどうかはこれまでまったくわかっていませんでした。今回私たちは、根における成長-防御トレードオフの存在と、その作用様式を明らかにすることができました。それでは、植物がどのようにして成長と防御のバランスを調節しているのか説明していきます。

ネコブセンチュウに対する防御応答の抑制因子DEL1を発見

私たちはまず、根での防御応答に関わる遺伝子を特定するため、サツマイモネコブセンチュウ(Meloidogyne incognita)とモデル植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の遺伝子欠損変異体を用いて感染率を評価しました。これによりどの遺伝子がネコブセンチュウに対する防御応答に関わるかを調べることができます。

野生型(遺伝子欠損のない植物体)と比較してネコブセンチュウの感染率が変化する変異体を探索したところ、DEL1遺伝子の欠損変異体(DEL1欠損体)において感染率が低下することがわかりました。DEL1欠損体では根こぶの数が減少することに加え、巨大細胞の形成異常もみられました。

また、興味深いことにDEL1欠損体の根こぶは茶色に変色していました。植物組織が茶色に変色する原因のひとつとして木質化が考えられます。これはリグニンと呼ばれる細胞壁成分が高蓄積することで起こる現象ですが、実際にDEL1欠損体の根こぶをリグニン染色すると、強い染色がみられました。

リグニンはポリフェノールの一種であり、物理的な障壁として病原体の侵入を阻むなど防御応答として機能することが知られています。以上のことから、DEL1遺伝子はネコブセンチュウに対する防御応答を抑える働きがあることがわかりました。

根こぶの切片画像(上)。黄色ハイライトは巨大細胞の領域を示す。DEL1欠損体では巨大細胞の面積が少ない。
リグニン染色画像(下)。野生型の根こぶではわずかに染色されるが、DEL1欠損体では強く染色される。スケールバーは200μm。

根における成長-防御バランスの調節機序が明らかに

一般的に遺伝子の欠損は生物にとって不利益を生じると考えられるため、DEL1遺伝子の欠損がネコブセンチュウに対して抵抗力を高めるという結果は一見矛盾しているように思われます。そこで私たちは成長-防御トレードオフの観点から、DEL1欠損体では防御応答側にバランスが偏り、成長が阻害されているのではないかと考えました。

野生型とDEL1欠損体における根の生育を比較したところ、ネコブセンチュウを感染させない場合は根の生育は同程度だったのに対し、ネコブセンチュウを感染させた場合はDEL1欠損体で著しい根の生育阻害がみられました。このことは、DEL1欠損体では成長と防御のバランスが崩れていることを意味しています。

さらに防御ホルモンであるサリチル酸の量を測定したところ、野生型よりもDEL1欠損体の根こぶでサリチル酸蓄積量が高いことがわかりました。つまり、DEL1遺伝子はネコブセンチュウの感染に対し、サリチル酸の過剰蓄積を抑えることで成長と防御の最適化を図っていることが明らかとなったのです。

野生型(左上)とDEL1欠損体(右上)のセンチュウ感染後の根の様子。野生型と比較し、DEL1欠損体では根の著しい生育阻害がみられる。スケールバーは1cm。
DEL1遺伝子による成長-防御バランス調節機構の概略図(下)。

成長-防御バランスの最適化による作物育種への応用も視野に

サリチル酸を介した防御応答はネコブセンチュウ感染に限らず、バクテリアやカビといった多くの微生物に対して機能することが知られています。また、DEL1遺伝子は細胞周期を制御する転写因子(シグナル伝達経路の中心となって働く遺伝子)であり、すべての植物に保存されていると考えられています。

したがって、DEL1による成長と防御のバランス調節は、植物の根においてさまざまな病原体に対する普遍的なメカニズムである可能性があります。今回得られた知見は、作物育種への応用や植物-微生物相互作用分野における研究のさらなる進展に貢献することが期待されます。

参考文献
Nakagami, S., Saeki, K., Toda, K., Ishida, T., Sawa, S. (2019). The atypical E2F transcription factor DEL1 modulates growth–defense tradeoffs of host plants during root-knot nematode infection. Scientific Reports 10: 8836.

この記事を書いた人

中上 知 , 澤 進一郎
中上 知 , 澤 進一郎
中上 知(画像左)
熊本大学理学部 研究員。
熊本大学大学院自然科学研究科 博士課程修了 博士(理学)。
研究テーマは植物科学、生物間相互作用、分子生物学。

澤 進一郎(画像右)
熊本大学大学院先端科学研究部 教授。
京都大学大学院理学研究科 植物学専攻博士課程修了 博士(理学)。
東京都立大学大学院理学研究科生物科学専攻・助手、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻・助手、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻・助教授、熊本大学大学院自然科学研究科理学専攻・教授を経て現職。研究テーマは植物形態形成、ペプチドホルモン、植物感染性線虫、誘引物質、生物間コミュニケーション。