なぜ森林の炭素蓄積量を求めることが重要か?

二酸化炭素は数ある温室効果ガスのなかでも代表的なもので、人間活動に由来する大気中の二酸化炭素濃度の増大は、近年の地球温暖化の最大の原因と考えられています。植物は大気中の二酸化炭素を取り込み、光合成を通じて自身の体を構成するセルロース・ヘミセルロースなどの炭素を含む物質を作ります。つまり、植物が蓄積している炭素量は、植物が大気中から取り込んだ二酸化炭素の量を表します。

大まかに計算すると、乾燥させた植物の重さの半分は炭素の重さです。植物にもさまざまなものがありますが、そのなかでも樹木は巨大に育ちます。樹木が集まった森林が大気中から取り込んで蓄積する炭素の量はすさまじく、具体的には、良く育った森林であれば、1ヘクタール(100m×100m)の面積の中に、100トンを超える炭素を蓄えています。

したがって、森林がどれほどの炭素を蓄積してきているか、そしてこれからどれほどの炭素を蓄積できるかを正確に理解することは、将来の地球温暖化の進行を予測するうえで、そして二酸化炭素排出削減を成し遂げていくうえで重要です。

森林の計測法とより正確な算出方法がポイント

実は、森林の計測は地道かつ大変な作業で、1本1本の木について人力で行われています。必要な計測項目は、胸高直径(地面から1.2mあるいは1.3mの高さでの幹の直径)と樹高の2つです。一般的に、胸高直径の計測にはメジャーあるいはノギスが用いられ、樹高の計測には超音波式の樹高測定器が用いられます。この2つの値がわかれば、樹種ごとに作られた経験式を使って、幹材積量(木の幹の部分の体積)を算出することができます。

幹材積量は、葉や枝や根の部分を含んでいませんし、体積であって重さではありません。そこで炭素蓄積量を求めるためには、樹種ごとに求められた木の密度・バイオマス拡大係数[BEF(Biomass Expansion Factor):幹の重さを枝・葉・根の重さを加えた木全体の重さにするための定数]・炭素含有率(0.5を用いる場合が多い)の3つの値を用いて、以下のように求められます。

炭素蓄積量(g/ha)=幹材積量(m3/ha)×木の密度(g/m3)×BEF(g/g)×炭素含有率

この式は基本的にすべての場合に用いられます。ただし、BEFの厳密な定義は存在しないため、BEFに木の密度を含む場合や、根の重量を含まない場合があり、式形は若干変化します。本稿では2種類のBEF、既存の日本の森林の炭素蓄積量の時系列変化を調べた研究で用いられたもの(BEF1)、林野庁によって使われているもの(BEF2)を用いて、日本の森林の炭素蓄積量を算出します。

さて、森林の計測には時間と手間がかかるため、日本全国の規模にもなると個人で行うことは不可能です。そこで、全国の森林簿(NFI:National Forest Inventory)という国家規模での調査データを使います。NFIは、木の幹材積量がどれほど存在しているかを1~数年ごとに、基本的には数千点以上もの多点で調査を行い、調べたものです。

NFIは木材資源の把握を目的にして、1910年代に北欧の国々で開始され、日本でも第二次世界大戦以降、本格的に行われるようになりました。幹材積量がわかれば、前述の式を用いて、容易に炭素蓄積量を計算することができます。したがって、1980年代以降、NFIは国家以上の広い範囲での森林の炭素蓄積量の算出に、世界中で用いられるようになりました。

2つの異なるデータがベースにある日本の研究事情

一般にはあまり知られていませんが、日本には異なる方法で得られた2種類のNFIが存在しています。ひとつは、収穫表という林齢・地位(土地の生産性を示す経験的な指標)を変数とした経験式によって、幹材積量を計算したNFI(本稿ではp-NFIとします)です。このNFIは、林野庁が5年ごとに示す「森林資源の現況」という報告書に示されているものです。

p-NFIで用いられる収穫表は、過去の計測データを基にして1970年前後に作られたもので、その後大きくは変更されずに今でも使われています。日本の森林面積の70%を占める民有林(県有林・私有林など)については、各都道府県が独自に作成した収穫表が、残りの国有林については国の作成した収穫表が用いられます。林野庁が両者の計算した幹材積量を集計し、データの公表を行っています。

もうひとつのNFIは、多点での計測に基づくものです(本稿ではm-NFIとします)。実は、日本では、1960年代に全国規模の森林調査が行われた後、何十年も全国規模の調査は行われてきませんでした。

1999年から2003年まで5年間をかけて全国の森林調査が行われ、その後同様の調査が継続して行われるようになりました。開始当初は、精度不足が指摘されることもありましたが、2009年から2013年までに行われた3回目の調査では、熟練した計測員による指導や誤差の推定が行われるようになり、精度の高いデータが得られるようになりました。

日本におけるNFIの調査年度
p-NFIとm-NFIはそれぞれ、収穫表によるNFIと計測によるNFIを示す。白丸は現在と異なる手法で得られたものを示す。現在のm-NFIは5年間かけて行われるため、中央の年にプロットした。

今まで、日本の森林の炭素蓄積量は、p-NFIを用いて算出されてきました。しかし、p-NFIはあくまで過去の計測データを基にした予測値であり、現実の日本の森林の炭素蓄積量とは異なる可能性があります。そこで我々は、より正確な日本の森林の炭素蓄積量を求めるために、m-NFIを用いた炭素蓄積量の算出を行い、p-NFIから算出されたものと比較しました。

大幅に過小評価されていた日本の森林の炭素蓄積量

日本の森林の炭素蓄積量の時系列変化を示します。2009-2013年のm-NFIについてのみ、BEF1、BEF2の2つを用い、それ以外についてはBEF1を用いています。

1961、1966年のm-NFIより算出された炭素蓄積量は、600-700TgCであり、1950-70年代にp-NFIより算出されたものと大きくは異なりませんでした。しかし、2009-2013年のm-NFIより算出された炭素蓄積量は、BEF1、BEF2を用いたときにそれぞれ、3016.2±26.9TgCと2696.4±25.4TgCであり、2012年のp-NFIを用いて計算された炭素蓄積量1750.0TgCを大きく上回っていました。

m-NFIの計測誤差調査によると、m-NFIは数%過小評価になっている可能性があり、m-NFIより算出された炭素蓄積量は現実にはより大きい可能性があります。つまり、今までの研究や国の報告書などは、現実の日本の森林の炭素蓄積量を大幅に過小評価していたのです。

日本の森林の炭素蓄積量の時系列変化
p-NFIとm-NFIはそれぞれ、収穫表によるNFIと計測によるNFIを示す。
BEF1とBEF2はそれぞれ、既存の日本の森林の炭素蓄積量の時系列変化を調べた研究で用いられたものと、林野庁によって使われているものを示す。
森林炭素蓄積量(炭素換算)は、m-NFIで30.16憶トンと推定され、これまでの推定値(p-NFI)の17.5憶トンの1.72倍となった。
年あたりの森林炭素吸収速度(炭素換算)は、m-NFIで4850万トンと推定され、これまでの推定値(p-NFI)の1990万トンの2.44倍となった。

この過小評価が生まれた要因については以下の2つの要因が考えられます。

ひとつは、p-NFIにおける森林面積の過小評価です。p-NFIの森林は、土地所有者の届出に基づいて決定されます。そのため、放棄された農地が森林になっている場合や届出なく植栽が行われている場合、p-NFIでは森林面積にカウントすることができません。m-NFIでは現地調査・航空写真などを組み合わせて森林面積を推定しており、その面積はp-NFIにおける値を数%上回っています。

もうひとつの要因は、収穫表から計算された幹材積量の過小評価であり、以下の3つの可能性が考えられます。

1. 高齢林の成長量の過小評価です。収穫表が作られたのは1970年前後です。第二次世界大戦後、木材需要が急激に増し、伐採に適した林齢・サイズの木は多くが伐採されました。つまり、収穫表が作られた当時に高齢林は少なく、あったとしても伐採に適さないほど成長の悪い木だったのではないかと考えられます。近年、高齢林が以前考えられていたよりも良く成長することが世界的に認識されるようになりました。しかし、現在の日本では高齢林の成長に関するデータは不十分で、当然収穫表にもそのような知見は反映されていません。

2. 森林を取り巻く環境要因の変化です。日本の森林の成長量は、一般的に日射・気温に制約されるため、近年の気温の上昇に伴い、増加している可能性があります。また、大気中の二酸化炭素濃度の上昇は、土壌に蓄えられた栄養(主に窒素)が十分なら、樹木の成長を促進することが知られています。日本では、1980年代以降、大陸由来の窒素負荷が増加しており、大気中の二酸化炭素濃度の上昇と相まって、森林の成長量を増加させた可能性があります。

3. 森林施業、特に間伐の不足です。収穫表はもともと木材生産を目的としたもので、とある場所で一般的な林業が行われた場合の、対象とする樹種の材積量を示します。日本では木材価格の下落に伴い、間伐などの森林施業が適切に行われないことが問題視されています。今までの研究で、間伐が行われない場合、樹木1本当たりの幹材積量は減少しますが、面積当たりの幹材積量は増えることが知られています。

森林の炭素蓄積量データを生かすには?

今後我々は、日本の森林の炭素蓄積量の将来予測を行いたいと考えています。将来予測のためには数値モデルを用いることが必要であり、使用する数値モデルには、施業や環境変化に対する森林の応答を十分に再現できることが求められます。

数値モデルの構築やモデルによる森林の炭素蓄積量の再現性の検討を行ううえでも、m-NFIで得られたデータは必要不可欠なものです。長期間m-NFIのデータが得られていない点は残念ですが、それでもm-NFIで示された1960年代と現在の日本の森林の状況を再現できるのであれば、妥当な数値モデルが構築されている可能性が高いと考えられます。

また、現在日本の森林の蓄積量は膨大なものになっています。林野庁やそれぞれの自治体は木材自給率を高めるべく努力しており、実際に成果が上がってきています。それでも現在の日本の木材自給率は40%弱に過ぎません。個人的に、より国産材を有効活用するための方策を模索することが我々には求められていると考えています。

参考文献

Egusa, T., Kumagai, T. & Shiraishi, N. Carbon stock in Japanese forests has been greatly underestimated. Sci Rep 10, 7895 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-64851-2

この記事を書いた人

江草 智弘
江草 智弘
東京大学大学院農学生命科学研究科 研究員。
2013年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、博士(農学)。専門分野は、森林水文学・生物地球化学。具体的には、森林流域における河川流量・水質の空間分布形成メカニズムの解明や森林施業に伴う河川流量・水質の変化などについて研究しています。