昆虫サイトカイン研究で何がわかるか?

すべての生物は多様なストレスに曝されながら生命活動を営んでいます。さまざまな内因性・外因性ストレスへの対応に不可欠な情報伝達因子のひとつが、サイトカインという生体成分です。もともと、哺乳類で発見された因子ですが、昆虫でも数種類見つかっており、Growth-blocking peptide(GBP)もそのなかの1種です。

GBPは、30年近く前に見つかったペプチドですが、その受容体は同定されていませんでした。私たちはGBP受容体の同定を目指してきました。GBPの受容体が同定できれば、GBP-GBP受容体の情報伝達活性を遺伝的に操作した変異体ショウジョウバエを作成することも可能となり、その表現型の解析からストレスが生体に及ぼすさまざまな影響を生きたハエで調べることも可能となるからです。

昆虫サイトカインGrowth-blocking peptide(GBP)とは何か?

GBPはアワヨトウという蛾の幼虫の体液で見つかったペプチドです。その幼虫は、寄生蜂によって寄生され幼虫から蛹への発育が阻害された状態でした。すなわち、GBPは、寄生というストレス状況下に発育を抑制すべく、アワヨトウ幼虫自身が生産した因子だったわけです。その後の国内外の研究グループの研究によって、GBPは多機能性を持つペプチドで、構造的に良く似たペプチドが多くの蛾の仲間にも存在することがわかりました。ただ、GBPの最初の発見から20年以上経っても、異目種の昆虫GBPは報告されませんでした。そこで、私たちはショウジョウバエのGBPの同定を目指し、最終的に、蛾のGBPと機能的に相同なショウジョウバエGBPを同定することができました。

GBP受容体はどのような構造か?

GBP受容体の同定はショウジョウバエの培養細胞S3を用いて行いました。先行研究により、GBPによるPhospholipase C依存的な細胞質カルシウム濃度上昇作用を確認していましたので、ショウジョウバエのdsRNAライブラリーを用いて網羅的にRNA干渉(RNAi)を行い、GBP依存的なカルシウム濃度上昇に関与する遺伝子の同定を試みたわけです。一連の解析の結果、GBP受容体遺伝子として同定されたMethuselah-like 10 (Mthl10)は、細胞外ドメインを有するclass B GPCRをコードする遺伝子でした。その遺伝子名が示すようにMthl10は他の15種類の遺伝子と共にMth/Mthlファミリーを形成し、そのリガンドはもちろん生理機能もまったく不明の遺伝子でした。同族遺伝子のなかで、そうした研究がなされていた遺伝子が唯一Mthでした。Mth変異体ショウジョウバエは寿命が延びることから、『旧約聖書』上で最長寿として描かれた人物の名前’Methuselah’にちなんで命名された遺伝子です。

GBP-Mthl10情報伝達系はどのような生理機能を担っているか?

Mth変異体ショウジョウバエの表現系から、Mthl10発現抑制もショウジョウバエの寿命を延ばす可能性大と予想しました。ただ、仮に、期待どおりの表現系が観察できたとしても、そのメカニズムを明らかにする必要があるわけです。そこで、私たちは、GBPの既知生理活性である感染・非感染を問わないストレス条件下での自然免疫活性化とMthl10の関係を明らかにすべく解析を開始しました。

ショウジョウバエの培養細胞S2あるいはショウジョウバエの幼虫・成虫でも、RNAiによるMthl10の発現抑制は、GBP依存的な細胞性免疫、さらに、抗菌ペプチド発現のような液性免疫活性を顕著に低下させることがわかりました。こうした免疫活性の抑制は、ショウジョウバエの病原菌への感受性を有意に高めることも確認できました。すなわち、GBP-Mthl10情報伝達は、GBP依存的なストレス条件下での自然免疫活性の活性化に必要不可欠であることが証明できたわけです。

GBPのもうひとつの重要な機能が代謝調節です。最近、GBPは体液中のアミノ酸濃度の上昇に呼応して脳内からインシュリン様ペプチドの分泌を促すことが報告されました。そこで、私たちは、GBPの強制発現さらにMthl10の発現抑制系統のショウジョウバエで脳神経細胞からのインシュリン様ペプチドの分泌活性を測定しました。

予想どおり、GBPの強制発現では分泌が促進し、Mthl10の発現抑制では分泌が減少することがわかりました。さらに、このインシュリン様ペプチド分泌細胞は、Mthl10を発現していることも確認できました。したがって、GBP-Mthl10情報伝達は、体液中のアミノ酸濃度依存的なインシュリン様ペプチド分泌の調節に不可欠な系であることがわかりました。ストレス下で、摂食が低下するとGBPの分泌は減少し、Mthl10は活性化しないためにインシュリン様ペプチド分泌も抑えられることになります。

さまざまな環境ストレス、あるいは、体液中の栄養分(特に、アミノ酸)濃度上昇に反応して、脂肪体(ヒトの肝臓に相当する器官)からGBPは分泌され、脂肪体自体からの抗菌ぺプチドの産生・分泌を促す。一方、脳からのインシュリン様ペプチドの分泌も促して代謝レベルも上昇させる。

GBP-Mthl10情報伝達系は寿命に影響するか?

GBP-Mthl10情報伝達系の活性低下はショウジョウバエの自然免疫活性を抑制し、さらに、代謝レベルも低下させることがわかりました。こうした生理的環境はハエの寿命を延ばすことができるに違いないと思えてきました。そこで、GBP強制発現系統、Mthl10発現抑制系統、そして、GBP強制発現/Mthl10発現抑制系統(強制発現と発現抑制を同時進行する系統)の3種類のショウジョウバエとこれらの系統と交配したコントロール系統のハエの寿命測定を行いました。

期待どおり、GBP強制発現系統ではコントロール系統に比べ約10%寿命は縮まり、Mthl10発現抑制系統では約25%寿命が延びました。また、GBP強制発現/Mthl10発現抑制系統では、コントロールと有意差のない寿命となりました。

GBP強制発現系統(W1118;Actin-Gal4;UAS-GBP)ではコントロール系統(W1118)に比べ約10%寿命は縮まり、Mthl10発現抑制系統(W1118;Actin-Gal4;UAS-dsMthl10)では約25%寿命が延びた。また、GBP強制発現/Mthl10発現抑制系統(W1118;Actin-Gal4;UAS-GBP;Actin-Gal4;UAS-dsMthl10)では、コントロールと有意差のない寿命となる。図は文献より引用。

カロリー制限による寿命延長は、さまざまな科学報道番組でも取り上げられてきた周知の事実です。ショウジョウバエでもカロリー制限によって寿命の延長が観察されます。そこで最後に、GBP-Mthl10情報伝達系とショウジョウバエのカロリー制限の関係について検証しました。まず、カロリー制限をしたハエではGBPの発現が低下することを確認できました。そして、こうしたカロリー制限個体では、やはり液性免疫のエフェクター分子である抗菌ペプチドの発現が明らかに低下することが分かりました。そして、Mthl10の発現抑制系統ではカロリー制限をしようがしまいが、抗菌ペプチド遺伝子発現は非常に低い状態であることもわかりました。したがって、少なくとも自然免疫活性の観点においては、GBP-Mthl10情報伝達活性の低下が、カロリー制限をしているハエと似た生理的環境を作り上げていたのです。

コントロール系統(y w)系統では、約24時間のカロリー制限によって抗菌ペプチド発現は有意に減少傾向を示す。一方、Mthl10の発現抑制系統(Actin-Gal4;UAS-dsMthl10)では、普通の食事でもカロリー制限の食事でも、抗菌ペプチド発現は一貫して低いレベルに留まる。図は文献より引用。

終わりに

以上の研究結果は、動物が抱える宿命的ジレンマを浮き彫りにしています。すなわち、私たちはサイトカインによってさまざまな環境ストレスに抗して生きているものの、サイトカインを盛んに分泌してストレス応答機能を働かせると自らの寿命を縮めてしまうということになります。

一方で、今回の研究は、健康長寿を志向する予防医学にひとつの基礎的な研究知見を提供したことにもなります。サイトカインを必要以上に分泌しない、すなわち、ストレスを感知したり、あるいは、下流の情報伝達を作動するハードル(閾値)を適度に上げる技術の進歩は健康長寿に結びつく可能性を強く示唆しているからです。たとえば、そうした生理的環境を保つ食品やサプリメントの開発はひとつの有力な研究分野と言えるかもしれません。

参考文献
Tsuzuki, S., Ochiai, M., Matsumoto, H., Kurata, S., Ohnishi, A. and Hayakawa, Y., 2012
Drosophila growth-blocking peptide-like factor mediates acute immune reactions durig
infectious and non-infectious stress. Scientific Reports, 2. 210.

Tsuzuki, S. Matsumoto, H., Furihata, S., Ryuda, M., Tanaka, H., Sung, E-J., Bird,
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humoral and cellular immune responses in Drosophila is guided by the cytokine
GBP. Nat. Commun., 5, 4628.

Sung, E.J., Ryuda, M., Matsumoto, H., Uryu, O., Cook, M.E.,Yi, N.Y, Wang, H., Putney, J.W., Bird, G.S., Shears, S.B., Hayakawa, Y., 2017 Cytokine signaling through Drosophila Mthl10 ties lifespan to environmental stress. Proc. Nat. Acad. Sci. USA, 114, 13786-13791.

この記事を書いた人

早川洋一
佐賀大学農学部教授
専門は昆虫生理・生化学。