西太平洋プレート境界の天然ガスが示す深部の情報
天然ガスの組成からプレート境界構造を調べる
火山活動などを通じて地球内部から放出される揮発性元素は、大気・海洋環境に影響を与えてきました。特に炭素は火山ガスの主成分であり、CO2の物質循環と環境への影響についてはよく調べられてきました。また、メタンは多くの場合天然ガスの主成分で重要な資源であるとともに温室効果ガスでもあるため、その物質循環についての知見は重要です。しかしながら、湿地・水田での生物活動等による浅部起源のメタン循環は比較的よくわかっている一方で、深部起源のメタンについては未知の点が多くありました。
西太平洋では海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込んだり、プレート同士が衝突しています。このような収束するプレート境界構造ではマグマの発生など、深部から表層に至る物質循環に関わる現象が起きています。日本・台湾では深部メタンを伴う天然ガスが発生しており、その成因はプレート境界で前弧・火山弧・背弧などが組み合わさった複雑な構造と密接に関係していると考えられます。
深部メタンはマントルマグマ由来の成分と、堆積物中の有機物の分解によって生成される成分とに大別され、成因によって炭素同位体組成やメタン・エタン・プロパンの濃度比に違いが見られます。また、ヘリウムの安定同位体3Heはマントル物質の存在を敏感に示すので、ヘリウム同位体比(3He/4He比)は深部物質循環・地殻構造を調査するうえで重要な情報を与えてくれます。そのため本研究ではCH4/3He比などにも着目して天然ガスの起源を推定することで、西太平洋のプレート境界構造に制約を与えました。
メタンのデータは天然ガスの起源を反映する
私たちは秋田・新潟・南関東・南台湾のガス田や泥火山でガスを採取し、それらの化学組成・同位体組成を分析しました。また、陸上の天然ガスとは生成環境が異なる海底熱水(トカラ列島・沖縄トラフ)のガス成分との比較を行うことによって、天然ガスの成因・起源について精密な検証を試みました。
メタンの炭素同位体比(δ13C値)とエタン・プロパンに対する濃度比(C1/(C2+C3)比)からは、メタンの成因に関する情報が得られます。深部メタンは大きく分けて以下のいずれかの成因で発生しており、そのうえで分別が起こると考えられています。
・有機物の微生物活動による分解
・有機物の熱による分解
・マントルマグマ由来
南関東のメタンは微生物活動による生成で説明できるのに対して、秋田・新潟のメタンの起源はほぼ有機物の熱分解で説明可能です。南台湾のメタンは、熱分解起源のガスが移動に伴って分別したものと解釈できます。また、トカラ列島の海底熱水はマントルマグマ由来の成分に近く、天然ガスとは異なる非生物的な起源を持つことが明らかになりました。
マントルマグマ由来のメタンの混合率は、南台湾 = 秋田・新潟 > 南関東の順番で高く、マントル物質の存在を反映するヘリウム同位体比にも同様の傾向が見られました。また、炭素同位体比とCH4/3He比との関係からメタンの起源推定を試みました。天然ガスのデータは微生物活動・熱分解・マントルマグマ成分による三成分混合曲線に囲まれるため、それぞれの混合率を計算することが可能です。これにより、南関東では91%が微生物活動起源である一方、秋田・新潟では50%以上が熱分解起源であり、南台湾と近い混合率を持つことがわかりました。マントルマグマ由来のメタンの混合率は、南台湾 ≧ 秋田・新潟 > 南関東の順番で高く、エタン・プロパンに対する濃度比に基づく推定と同様の傾向が見られました。
メタン以外のデータとも矛盾しない
火山ガスなどに含まれる窒素・アルゴンの同位体組成は、大気・マントル・堆積物成分の混合で説明できることが知られています。そのため、メタンとヘリウムのデータを基にした手法と同様に、窒素・アルゴンのデータから天然ガスの起源を制約することができます。マントル起源の窒素の混合率は、南台湾 > 秋田・新潟 > 南関東の順番で高く、メタン・ヘリウムのデータから推定された非生物起源メタンの混合率と同様の傾向が見られました。
天然ガスの起源から見える地殻構造の違い
各地域の天然ガスの組成と起源を基に地殻構造を比較します。南関東のガス組成は、火山活動が存在しない前弧の低温環境で微生物活動によってメタンが生成されたことを示します。秋田・新潟のガス組成には、マグマの熱によって有機物が分解して生成したと考えられるメタンの寄与が見られます。南台湾のガス組成は火山活動の存在を反映しているだけでなく、プレート同士が衝突することによって形成される地殻構造に影響を受けていると考えられます。マントルマグマ由来のメタンの混合率は、南台湾・秋田・新潟では比較的高く、南関東では無視できるほど低い値でした。このことから、南台湾・秋田・新潟では火山活動・マグマの存在によるガス組成への影響が比較的大きいと考えられます。当該地域では南関東よりも高い熱流量、遅い地震波速度、低い重力異常が観測されており、これらの観測データはガス組成から推定される地殻構造の違いを支持しています。
参考文献
Yuji Sano, Naoya Kinoshita, Takanori Kagoshima, Naoto Takahata, Susumu Sakata, Tomohiro Toki, Shinsuke Kawagucci, Amane Waseda, Tefang Lan, Hsinyi Wen, Ai-Ti Chen, Hsiaofen Lee, Tsanyao F. Yang, Guodong Zheng, Yama Tomonaga, Emilie Roulleau and Daniele L. Pinti. (2017) Origin of methane-rich natural gas at the West Pacific convergent plate boundary. Scientific Reports 7, 15646. doi:10.1038/s41598-017-15959-5
この記事を書いた人
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希ガス同位体などをトレーサーに用いて、火山熱水系や海洋環境について研究している。
鹿児島渉悟
東京大学大気海洋研究所 環境計測分野 特任助教
佐野有司
東京大学大気海洋研究所 大気海洋分析化学分野 教授
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