身近な蓄光材料とその課題

蓄光材料(夜光塗料)は太陽光や照明の光を蓄積し、数時間に渡って発光し続けるため、非常誘導灯や時計文字盤、塗料や玩具など我々の身のまわりにもたくさん利用されています。この蓄光材料は、ほとんどがアルミン酸ストロンチウムやアルミン酸カルシウムの母結晶に、ユウロピウムやジスプロシウムなど少量のレアアースを添加した無機材料で構成されています。こういった既存の無機蓄光材料は、発光特性や耐候性に優れるため実用化に至っていますが、その合成には1000℃以上の高温処理を必要とすることや、高性能化にはレアアースが必要であること、合成後に粉砕して微粒子化し溶媒や媒体に分散させるといった複雑な工程を必要とすることなど、課題も多く残されています。

無機蓄光材料とその用途

有機発光材料の特徴

有機発光材料は、簡便に大量合成が可能であり、また溶媒に可溶なため塗布することができます。さらに、分子構造によって容易に発光色を制御できるといった特色を持ち、実用化されている発光材料もたくさんあります。しかしながら蓄光発光を示す有機材料はこれまで実現していませんでした。

有機物が光を吸収すると基底状態から励起状態への電子遷移が生じ、その後、励起状態から基底状態へ戻る遷移が発光として観測されます。一般的に、励起一重項状態からの発光を蛍光、励起三重項状態からの発光をリン光と呼びますが、これら蛍光、リン光はどちらも指数関数的減少を示すため、その強度が1/eになるまでの時間を用いて発光寿命で論議されます。この発光寿命は、蛍光ではナノ秒からマイクロ秒の範囲、より遅いリン光でもマイクロ秒から数十秒の範囲にあり、数時間にわたる発光を取り出すことは不可能です。

励起状態から電荷分離状態へ

有機物を用いた蓄光発光を実現するには、単純な光励起状態ではなく、別の状態に光エネルギーを蓄積する必要があります。そこで我々は光誘起電荷分離状態に着目しました。光誘起電荷分離状態とは、文字どおり光によって電荷が生じる過程であり、植物の光合成過程や有機太陽電池において利用されています。有機太陽電池は電子ドナー材料と電子アクセプター材料の混合物で構成されており、光を吸収すると励起状態で電子ドナー材料から電子アクセプター材料への電荷移動が生じることで、電子ドナー材料のラジカルカチオン(正孔)と電子アクセプター材料材料のラジカルアニオン(電子)が形成されます。これら正孔と電子を電極から取り出すことで光電変換が実現します。

しかし、電極に至らなかった正孔と電子は再び結合し、元の励起状態に戻ってしまいます。そこで我々は、この正孔と電子となった電荷分離状態を長時間保持すれば、有機物を用いた蓄光発光が実現できるのではないかという着想に至りました。

有機蓄光の発光メカニズム

有機蓄光システムをどう達成するか

電荷分離状態は対となるラジカルアニオンとラジカルカチオンが共存する不安定な状態ですので、その長時間保持は容易ではありませんでした。しかしながら、最終的には電子アクセプター材料材料に少量の電子ドナー材料を分散させるという非常に単純な手法によって達成することができました。

この有機蓄光システムが光を吸収すると、まず、励起状態で電子ドナー材料から電子アクセプター材料への電荷移動が生じます。その後、電子アクセプター材料上に生じた電子は隣接するアクセプター材料上を移動しながら電荷分離状態が保持されます。光照射を止めると、このアクセプター材料上の電子は確率的に電子ドナー・アクセプター界面に戻り、電荷再結合によって再び励起状態に戻ります。その結果、この有機蓄光システムの発光は室温でも長時間持続し、その発光は単純な指数関数的減少ではないことが確認されました。

有機蓄光の発光の様子

有機蓄光システムの特色と問題点

有機蓄光システムに用いる分子は簡便に合成でき、構造によって発光色を制御できます。また、それらを混合するだけで得られるため複雑なプロセスを必要としません。柔軟性や透明性といった新しい蓄光材料に対する新しい機能も期待されます。

しかしながら、有機蓄光は水・酸素に不安定という大きな問題点があり、発光持続時間もまだまだ不十分です。今後は詳細なメカニズム解析とともに、材料開発や封止技術の導入などを行い、実用レベルの有機蓄光を開発していく必要があります。

参考文献
Ryota Kabe and Chihaya Adachi, Organic long persistent luminescence, Nature 550, 384–387

この記事を書いた人

嘉部量太
嘉部量太
九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター 助教
2010年に博士号取得後(工学・九州大学)、Bowling Green State University博士研究員、学振PD、Max Planck客員研究員を経て現職。