天体間の物質輸送は意外と容易に起こる? – 天体衝突による火星隕石の”ところてん式”放出メカニズム
火星隕石とは
地球上で発見される隕石はさまざまな分析に提供され、その性質(化学的特徴など)ごとに分類分けされます。そのなかでも異質であったのが「SNC隕石」と呼ばれる隕石群でした。SNC隕石はシャーゴッタイト(Shergottite)、ナクライト(Nakhlite)、シャシナイト(Chassignite)という3つの隕石群の頭文字をとって名付けられました。その化学的特徴などから同じ天体を起源とするだろうと言われていました。
1970年前半までに見つかっていたSNC隕石は全部合わせて6個でした。これらの隕石の特筆すべき特徴は(1)2〜13億年という太陽系年齢と比較して極めて若い結晶化年代を持つこと、(2)わずかではあるけれども水質変性の証拠をもつこと、(3)磁鉄鉱を始めとする酸化的鉱物が存在すること、でした。これらの特徴から、SNC隕石の母天体上ではおよそ2億年前まで火成活動が起こっており、少なくとも一時期は液体の水が存在し、相当に酸化的であったことがわかります。このような天体は火星しかないと考えられていました。
その後、1980年にアメリカの南極隕石探索チームがElephant Moraine A79001というシャーゴッタイトを発見しました。この隕石は強い衝撃によって一時的に融けて、ガラス化した組織を含んでいました。ガラス組織に閉じ込められていた気体の希ガス等の同位体組成が、バイキング探査機によって計測されていた火星大気成分と一致したことで、SNC隕石は火星から来た、ということが決定づけられました。この一致によって「火星隕石」という呼び名が定着していったようです。
火星隕石放出の力学的困難
火星隕石が火星から来た、ということは明らかになりました。ところが火星サイズの惑星からその脱出速度を超えて物質を射出することは力学的には困難であり、その放出機構はそれ自体が研究対象でした。過去には火山の噴火などの内因的過程による放出も検討されましたが、宇宙空間への放出は不可能である、と結論付けられました。火星隕石は岩石学的な分析から30〜50 GPa程度の衝撃圧力を経験したことが知られています。すなわち(1)火星の脱出速度を超える速度で放出、(2)その際に30〜50 GPaの圧力を経験する、という2つの物理的な条件を満たす必要があります。以下ではMM条件(Martian Meteorite condition)と呼びます。
内因的過程で不可能であるなら、と注目されたのが天体衝突による物質放出です。火星への天体衝突の典型的な速度は〜10 km/sなので、その半分の速度まで物質を加速できればよい、ということになります。1984年にアリゾナ大学のH. Jay Melosh助教授(現パデュー大学特別教授)は天体衝突でMM条件を満たす物質放出を説明する衝突剥離(Impact spallation)という解析的なモデルを提案しました。これは地表面付近の物質が強い衝撃圧を受けることなく、効率よく加速される可能性があることを明快に示すものでした。ところが、このモデルは数式を解くために大胆な仮定が置かれており、そのまま火星隕石放出過程に適用することはできませんでした。90年代以降になって数値衝突計算によって衝突剥離過程の検証が行われ、火星隕石は天体衝突によって地球に飛来したことが一般的に受け入れられるようになりました。
Paul S. De Carli博士による警鐘
これに異を唱えたのがSRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)の Paul S. De Carli名誉上級研究員でした。衝撃物理学の原理にしたがって計算を行うと、火星の脱出速度まで岩石を加速するには>50 GPaの強い衝撃波が不可欠です。数値衝突計算は決して万能ではありません。少し専門的な話題になりますが、先行研究で用いられた数値計算手法は空間を格子に区切り、格子の物理量の差分を時々刻々積分することで時間変化を解く、というものでした。衝撃波のような不連続面は原理的に扱うことができません。そのため「人工粘性」と呼ばれる項を導入し、衝撃波面を人為的に数格子分だけ鈍らせることによって、数値計算を安定化します。De Carli博士は先行研究の数値計算中でMM条件を満たす物質が観測されたのは、地表面(火星地殻と薄い大気の境界面)付近で人為的に衝撃波が鈍ったためであり見かけの結果に過ぎない、と2007年と2013年に出版した論文中で喝破したのです。
高解像度数値計算による衝突剥離過程の解明 – 心太式加速
筆者らの研究グループはDe Carli博士らの論文を受けて、衝突剥離過程の見直しを開始しました。具体的には格子法と粒子法という2つの独立な手法を使って、先行研究に比べて一桁以上高い空間解像度で数値計算を行いました。空間解像度を系統的に変化させた計算を行い、地表面付近で衝撃波が鈍る影響も評価しました。
論文にはもちろん書いていないのですが、当初、筆者はDe Carli博士の主張の正しさを数値的に示そうとして計算を開始したのです。De Carli博士の主張は明快かつ衝撃物理学の原理に基いており、Melosh博士の火星隕石放出問題には適用できない解析モデルと先行研究の低解像度の数値衝突計算結果よりも確からしいと考えたからです。
我々は慎重な計算に基いて人工粘性の影響を受ける物質を取り除いて、衝突によって放出される物質の速度と経験した最大衝撃圧を求めました。筆者の当初の思惑に反して低衝撃圧にも関わらず、火星脱出速度を超える速度まで加速されMM条件を満たす物質が存在することを確認しました。これは衝撃物理学の原理だけでは説明できない未知の加速メカニズムが存在していることを示唆していました。
そこで数値計算中でMM条件を満たす物質の衝突後の履歴を詳細に解析しました。その結果、高い衝撃圧を経験した深部の物質が、地表面付近の低い衝撃圧しか受けない物質を心太(ところてん)式に押し出すことによって、最終的に火星を脱出できる速度まで緩やかに加速することを見出しました。この新発見によって火星隕石における岩石学と衝撃物理学の間の矛盾を解決し、火星隕石放出過程を力学的に説明することができました。我々はこの新しいメカニズムを「後期加速メカニズム(Late-stage acceleration)」と名付けました。
惑星科学・宇宙生物学へのインパクト
我々の「後期加速メカニズム」の新発見は、火星隕石放出過程だけでなく惑星科学・宇宙生物学の諸問題へ応用が可能です。高い衝撃圧を受けていない物質が従来考えられてきたよりも容易に惑星間を移動できることを示唆しています。低衝撃圧しか受けていない岩石中ではウィルスや微生物が生き残る可能性があります。生命体が惑星間を移動している可能性(いわゆるパンスペルミア仮説)に新展開をもたらすものでありましょう。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は次世代惑星探査計画として火星衛星サンプルリターン計画(MMX)を掲げています。火星の衛星であるフォボスには火星から放出された物質が堆積している可能性があり、その量が十分に多ければ、一度のサンプルリターンミッションで火星衛星物質と火星物質の両方を回収できる可能性があります。探査機に搭載する回収装置を検討するためにはフォボスの土壌に火星物質がどの程度混合しているか、をそれなりに精度よく推定しておく必要があります。今回の新発見は火星への天体衝突によって火星を飛び出しフォボスに到達した放出物の量が従来推定値よりも多かった可能性があることを示唆します。
参考文献
Kosuke Kurosawa, Takaya Okamoto, and Hidenori Genda, Hydrocode modeling of the spallation process during hypervelocity impacts: Implications for the ejection of Martian meteorites, Icarus, 301, 219-234, 2018.
この記事を書いた人
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千葉工業大学 惑星探査研究センター 研究員。専門は惑星科学、特に高速度衝突現象。なぜ地球は生命溢れる惑星に成長したのか、に興味を持って惑星科学の研究者になりました。地球惑星システムを語るときに高速度天体衝突は惑星表層場をパルス的に加わる擾乱として位置づけられ、平均場では起こり得ない激しい物理・化学過程を駆動します。このような刹那的・確率的な現象が地球の進化を決めていったのではないかな?と考えて衝突研究を行っています。
千葉工業大学では高速度衝突実験施設の管理運用を担当しています。二段式水素ガス飛翔体加速装置を駆使して高速度衝突に伴う物理・化学過程の理解を深めるため、さまざまな実験を計画しています。
趣味はギター(アコギもエレキも)を弾くことです。LUNA SEA好き。