音と色の共感覚

音や音楽を聞くと色を感じる脳の現象を「共感覚」といいます。共感覚を持つ人は周りには少ないかもしれませんが、F.リスト、N.リムスキー=コルサコフ、J.シベリウス、エドワード・ヴァン・ヘイレン、佐渡裕など、古今東西、音楽家には比較的多くみられます。共感覚の特徴として、色の感覚には個人差が大きいことが知られています。つまり、ニ長調などの調性の色についてリストとリムスキー=コルサコフの意見が合わなかったように、音と色の対応には一定の法則はなく、でたらめに決まっているようです。これは、共感覚による知覚体験が個人に特有で、普遍性がないことを意味します。O.メシアンは、自らの共感覚に基づいて作曲をしましたが、他の共感覚者や(共感覚を持たない)私がその曲を鑑賞して得られる印象は、メシアンの意図したものとは、おそらく異なるでしょう。

しかし本当に、音と色の対応には、何の規則もないのでしょうか。アルファベットに色を感じるタイプの共感覚では、文字と色の対応はでたらめだと以前は思われていましたが、多数の被験者を集めて統計学的な傾向を調べたところ、Aは赤、Bは青に感じられやすいなど、ある程度の法則があることが判明しました。音と色の共感覚については、まだ、少数の共感覚者を対象としたものが散発的にあるのみで、十分な検討がされていません。そこで15名というこれまでにない多くの共感覚者を集めて、音と色の関係を、あらためて詳しく調べてみました。

ピッチの螺旋モデル

音楽についての共感覚にもいろいろな種類があり、たとえば特定の曲や、調性や、和音などに色を感じる人がいます。ここでは、音楽の基本要素である単音の音高知覚(ピッチ)について、色の感覚を調べました。

音楽では、音の基本周波数が2倍になると、1オクターブ高い同じ音と見なされます。つまりピッチは、低い音から高い音が、単純な一直線ではなく、螺旋状に並んでいると考えることができます。これをピッチ知覚の螺旋モデルといいます。このとき、円状に並ぶドレミなどの音の種類を「ピッチクラス」と呼びます。互いにオクターブ関係にある音を、縦串でまとめた概念です。そして、この縦方向の次元に対応する知覚を「ピッチハイト」と言います。普通の意味での音の高さにあたる概念です。

ピッチの螺旋モデル。ピッチの知覚は、ピッチクラス(pitch class)とピッチハイト(pitch height)の2つの成分を持つと考えられる。ピッチクラスはピッチクロマ(pitch chroma)とも呼ばれる。同じピッチクラスに属する音はオクターブ関係にあり、似たように知覚される。

ここで、ピッチに対する共感覚も、ピッチハイトとピッチクラスの2つの成分に分けて考えることにします。まず、ピッチハイトと色の共感覚では、高い音は明るく、低い音は暗く感じられることが、以前からよく知られています。これは、文化を問わない普遍的な現象で、チンパンジーにもこの共感覚があるようです。一方、ピッチクラスと色の共感覚については、ほとんど調べられていません。そもそも、ピッチの共感覚を2つの成分に分ける発想が、我々の研究に独自です。つまりこれまでは、ピッチを螺旋ではなく一直線に並べる方式で、色との関係をとらえようとしていたのです。

ピッチクラスの色

しかし、ピッチクラスに対する色を調べようとして音を聞かせると、そこには必ずピッチハイトの情報も含まれてしまいます。そこで私たちは、「“ソ”に感じる色を教えてください」のように、言葉で指示することにしました。これにより、音高情報をはぎ取った“ソ”という概念(つまりピッチクラス)に対する色を調べられます。被験者には、パソコンの色を選ぶツールで、つまみをマウスで自由に動かしながら、自分の感じる色を作成してもらいました。これを、ドからシまでのすべての音について、ランダムな順番で行い、作成された色はRGB(色の3原色)の数値で記録しました。このテストは1日に2回行い、さらに約3か月後にも再び2回行い、計4回分のRGBの数値を、被験者ごとに平均しました。その結果が下の図です。

共感覚者15名の選んだ色を〇、全員の色の平均を□で示した(色を感じられない音は〇を省略してある)。個人差はあるものの全体の傾向として、ドの赤からシの紫まで、音階には虹のような色が付いている。

選んでもらった色には、個人差がありました。しかし、被験者間で色の平均値を計算して、全員に共通するパターンを探ると、ドは赤、レは黄色など、ドレミファソラシの七つの音と虹の七色が、ほぼその順番で対応する、隠れた法則が明らかになりました(ただしファは、このルールから逸脱しているように見えます)。

さらに、この図をよく見ると興味深いことに気付きます。ド#とレ♭は、異名同音といい、名前は違いますが同じ音です。このような場合、色は同じになりません。ド#はドに似て赤っぽく、レ♭はレに似て黄色っぽい色になっています。つまり、ピッチクラスに対する色の感覚は、音名に影響されるのです。心理学実験で詳しく調べると、音を聞いて色を答えるよりも、音名を聞いて色を答える方が、反応が速いことがわかりました。色は音そのものよりも、音の名前と強く結びついているのです。とするとこの現象は、音に対する共感覚というよりは、音名に対する共感覚と理解した方が良さそうです。

なぜ虹の七色か?

なぜこのような結びつきが生じるのか、原因は不明です。「レはレモンのレ」や「ソは青い空」など、誰もが小さい頃に歌う「ドレミの歌」が影響している可能性はありますが、ドの赤やシの紫など説明できない部分も残るので、決定的な説明にはなりません。子供のピアノ教室でドは赤などと鍵盤に色シールを貼ることがありますし、おもちゃの楽器の鍵盤には虹の配色のものが多いので、小さい頃にこういったものを見た経験が影響したのかもしれません。しかし、何故そもそも音楽の先生や玩具メーカーがこの配色にしたのか、という問題が出てきます。こういった疑問に答えるには、文化や言葉の違う海外でも同じ結果が得られるのか、調べる必要があります。

音楽は音の芸術です。しかし音楽を聴いていると風景を連想したり、つい身体を動かしたくなったりするなど、音楽には音の範疇には留まらない、多感覚的な体験を引き起こす力があります。共感覚はその極端な例と言えるでしょう。共感覚の解明は、我々の脳が何故どのように音楽に心を動かされるのかという未解明の難問に、ヒントを与えてくれるかもしれません。

参考文献
Itoh K, Sakata H, Kwee IL, Nakada T. Musical pitch classes have rainbow hues in pitch class-color synesthesia. Scientific Reports 7(1):17781, 2017. doi: 10.1038/s41598-017-18150-y.

この記事を書いた人

伊藤浩介
伊藤浩介
新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター特任准教授。京都大学大学院修了、博士(理学)。専門は認知脳科学。機能的MRIや脳波を使って、ヒトや動物(霊長類)の知覚や認知の仕組みや、その進化を調べています。ヒトはなぜ、音楽のような動物の生存に役立ちそうにないものを進化で獲得したのか、その謎を解きたいと思っています。趣味はオーケストラでのクラリネット演奏とクラフトビールの飲み歩き。