日向坂46と絶対音感

今年リリースされた日向坂46の『ドレミソラシド』という曲が、絶対音感を持つ人のあいだで話題になっています。「ド、レ、ミ」という歌詞なのに、メロディーの音高が「ミ♭、ファ、ソ」なので、合っていなくて気持ち悪いというのです。こんなことにすぐに気付いてしまう彼らの脳の仕組みは、いったいどうなっているのでしょう?

絶対音感は、“参照音がなくても音高(ピッチ)の音名を答えられる能力”と定義されています。「ド」などの基準音を先に聞いてから次の音の音名を答えるのは、音高を“相対的”に判断するので、相対音感です。それに対して、自らの長期記憶を使い、基準音を参照することなく “絶対的”に音高を同定するのが、絶対音感です。

研究で、絶対音感があるかどうかを調べるには、相対音感を使えないようにするために、音階のようなわかりやすい順番ではなくでたらめに音を聞かせて、音名を答えてもらいます。それでも、ゆっくり考える時間があると相対音感が使えてしまうこともあるので、テスト音は数秒程度の短い間隔で次々と提示します。

このような工夫を凝らした検査で9割以上正解できれば、正確な絶対音感があると判断できます。白鍵の音だけわかるといった状態だと6割程度の正答率になり、これは弱い絶対音感です。ドやラといったいくつかの特定の音がわかるくらいでは、1-2割程度の正答率にしかならず、絶対音感があるとはみなされません。

ちょっと関係ないですが、名探偵コナンは、絶対音感があるのに音痴です。この設定を不思議に思う人がいるようですが、絶対音感は、音の音名がわかる能力ですから、歌の上手い下手とは関係ありません。

音の音名がわかる = 音高を言語化できる

音の音名がわかるということは、音高を言語化できるということです。周波数の高低に沿って音高は連続的に変化しますが、音楽で使われる音は、周波数が階段状にとびとびの音階になっています。そして、その階のひとつひとつに、ドレミなどの言語ラベルが付いています。ですので、絶対音感で音名がわかるとは、聞こえた音が、脳の中で階段状に仕分けられて音名と結びつく、ということです。

これは、虹を見て七つの色の名前がわかるのと、似ていなくもありません。もっといえば、さまざまな“水たまり”を沢や池や沼や湖などの分類に区切って名前を付ける作業とも、似ていなくもありません。このように、自然界の連続的なものを人為的に有限個に区切って、名前を付けるという作業は、言語の基本的な機能のひとつです。そういう意味では、絶対音感は、言語機能の一種とみなすことができます。

絶対音感では、この音と音名の言語的な結びつきが、本人の意思とは関係なく、自動的に起こってしまいます。日向坂46の『ドレミソラシド』が気持ち悪いのも、これが原因です。ミ♭の音を聞けば、絶対音感を持っている人の脳は、即座に否応なく「ミ♭」という言葉を感じてしまいます。それにもかかわらず、「ド」という歌詞が聞こえるので、不一致による違和感が生じてしまうのです。

この違和感が生じているときの脳活動を、記録したことがあります。日向坂46の曲のように音高と音名が一致しない歌声を聞くと、左半球の聴覚野が反応しました。これは、まさに言語の処理にかかわる場所です。絶対音感と言語の結びつきが、実験でも示されたのです。

「ド」と言いながらミの高さで歌うなど、音名と音高が一致しない歌声を聞くと、左の聴覚野(言語野)が反応する。

絶対音感の持ち主は、言葉のように音を聞いている?

絶対音感が音高の言語化だとすると、絶対音感のある人では、音楽の音もまるで言葉のように聞いている可能性があります。このことを、N1cという脳の反応に注目して調べてみました。

N1cは脳の聴覚野から発生する電気的反応で、脳波で測定できます。楽器の音のような“非言語音”に対するN1cの大きさは、左右の脳で同等です。しかし、/da/のような“言語音”に対するN1cは、左脳で大きくなります。左の聴覚野が、言語の処理にかかわるからです。

そこで、絶対音感のある音楽家、絶対音感のない音楽家、音楽訓練を受けたことのない(そのため絶対音感もない)非音楽家の3グループの被験者に、「ド」の高さの“非言語音”を聞かせて、N1cの大きさの左右差を調べました。被験者は実験のあいだずっとゲームをしていましたので、とくに注意して音を聞いていたわけではありません。

すると、絶対音感のない音楽家や、非音楽家では、N1cの大きさに左右差はありませんでした。これは、予想通りの結果です。しかし、絶対音感のある音楽家では、この“非言語音”がまるで“言語音”であるかのように、N1cは左半球の方が大きかったのです。

しかも興味深いことに、絶対音感のある人たちでN1cの左右差が生じた原因は、左のN1cが大きいのではなく、右のN1cが小さいことが原因でした。右半球の機能を抑制することが、絶対音感には重要なのかもしれません。実際、絶対音感のある人の聴覚野の大きさは、右半球で縮小していることが知られています。

ドの高さの純音刺激を聞かせて、聴覚野から発生するN1cという脳反応を左右の脳半球から記録した。絶対音感のない音楽家や、音楽訓練歴のない非音楽家では、左右のN1cの大きさは同等だったが、絶対音感のある音楽家のN1cには、左優位の左右差があった。

まとめ

絶対音感は、一般には、特別な音楽的能力だと思われています。しかし、音が脳でどのように処理されているのかという脳機能の観点から見ると、絶対音感はむしろ脳の言語機能とのかかわりが深いことがわかります。絶対音感の脳メカニズムには、まだまだ不明なことも多いですが、その解明には、脳の言語機能の理解が鍵になりそうです。

参考文献

  • Itoh K, Suwazono S, Arao H, Miyazaki K, Nakada T. “Electrophysiological correlates of absolute pitch and relative pitch.” Cerebral Cortex 15(6):760-9, 2005. DOI: https://doi.org/10.1093/cercor/bhh177
  • Matsuda M, Igarashi H, Itoh K. “Auditory T-complex reveals reduced neural activities in the right auditory cortex in musicians with absolute pitch.” Frontiers in Neuroscience 13:809, 2019. DOI: https://doi.org/10.3389/fnins.2019.00809

この記事を書いた人

伊藤浩介
伊藤浩介
新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター特任准教授。京都大学大学院修了、博士(理学)。専門は認知脳科学。機能的MRIや脳波を使って、ヒトや動物(霊長類)の知覚や認知の仕組みや、その進化を調べています。ヒトはなぜ、音楽のような動物の生存に役立ちそうにないものを進化で獲得したのか、その謎を解きたいと思っています。趣味はオーケストラでのクラリネット演奏とクラフトビールの飲み歩き。