「物理はひとつだということを、ひしひしと感じました。」ーーそう語るのは、原子核物理学の分野でノーベル物理学者・湯川秀樹博士以来の問題を解き明かした理化学研究所 数理創造プログラム プログラムディレクターの初田哲男博士だ。湯川博士の「中間子論」で幕を開けた原子核物理学。そこから70年の歳月を経て、ようやく一周したのではないかと初田博士は主張する。これまでの原子核物理学の歩みと今後の方向性について、詳しくお話を伺った。

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ーー初田先生は、いつごろから物理学に興味を持ちはじめたのでしょうか。

小学校高学年のころに、湯川秀樹さんの著書「旅人」を読んだことがきっかけです。この本には、湯川さんが「中間子論」を発見するまでのことについて書かれていて、実は私がこの本を読んだときの感想文が残っているんです。このころから原子核や素粒子に興味があったのですが、中学、高校と進むにつれて、宇宙の起源やブラックホールへと興味が移りました。大学入学時は宇宙物理学を志そうと思っていたものの、大学初年度の講義で物質の構造を調べることに興味を持ち、大学院では原子核理論研究室に入りました。

ーー中間子論は、湯川博士が日本人初のノーベル賞を受賞した理論として知られていますが、どのような理論なのでしょうか。

原子核は、陽子と中性子から構成されていて、一番小さい原子核は陽子と中性子を合わせて2個、大きい原子核ではそれらが200数十個集まり作られるのですが、なぜそれらが結合して原子核が形成されるかということは、20世紀初頭までは理解されていませんでした。何かしらの強い力により結合することはわかっていたのですが、その正体は明らかにされていなかったんです。

それを解明したのが、湯川さんです。1935年に湯川さんは、陽子と中性子、陽子と陽子および中性子と中性子のあいだに「中間子」がキャッチボールされることで力が発生し、原子核が形成されるということを理論的に予言しました。この中間子は実験的にも確認されて「π中間子」と名付けられました。その後、それまで原子物理学とされていた分野が、陽子やπ中間子などの性質を調べる素粒子物理学と、原子核の性質を調べる原子核物理学の2つに分かれていくことになります。原子核物理学の礎を築いたとともに、新たな素粒子を予言する動きを生み出した湯川さんの功績は、非常に大きなものでした。

ーー原子核の性質を調べる研究では、その後はどのようなテーマが扱われてきたのでしょうか。

19世紀に、物質どうしを化学的に反応させることにより、新しい物質を作ったり分解させたりすることが行われてきましたが、原子核物理学でも同様に、核融合や核分裂に関する実験が進められるようになりました。核融合では、太陽のような恒星が燃え続ける理由を探る基礎研究が、核分裂では、原子炉など応用寄りのテーマが行われました。また、原子核に刺激を与えると、原子核自体が変形や回転、振動する状態になり、さまざまな構造を持つようになります。このような原子核自体の性質を調べる研究は、現在でも実験と理論の両面から行われています。

ーー理化学研究所には、113番目の元素「ニホニウム」を発見したRIBF(仁科加速器研究センター)もありますが、原子核の性質を調べるためにも使われているのでしょうか。

もちろんです。RIBFでは、中性子が多くて陽子の少ない「中性子過剰核」を作れるようになりました。これのどこが面白いかというと、中性子が多い原子核は日常には存在しておらず、もしできたとしても直ちに崩壊してしまいます。しかし、超新星爆発が起きている環境は例外で、短時間ではありますがここでたくさんの中性子過剰核ができているんですね。つまり、中性子過剰核の理解が超新星爆発の理解へとつながるため、RIBFを活用することで、超新星爆発の研究が進む可能性があるということです。

ーー原子核の理解が宇宙の理解につながるという点が面白いですね。一方で、素粒子物理学はどのように進展してきたのでしょうか。

1960年代初めまでは、陽子やπ中間子はこれ以上分割できない「素粒子」であると考えられていたのですが、加速器実験が進むと、何百種類もの素粒子のようなものが発見されるようになりました。その過程で、陽子やπ中間子は素粒子ではなく、さらに小さな粒子「クォーク」でできていると考えられるようになります。原子核が陽子や中性子でできているのと同様に、陽子や中性子はクォークでできていて、クォークの組み合わせにより多種多様な粒子ができているということです。

ーー陽子や中性子よりも小さいとなると、観測が難しいように思えますが、実験でクォークは見つかったのでしょうか。

当初はクォークの存在を仮定していただけでしたが、1970年頃にスタンフォード大学で行われた加速器実験で、クォークを直接取り出すことはできないけれども、クォークの存在を間接的に裏付けることができるとわかりました。この実験結果は、ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さんが提唱した「量子色力学」で説明できることもわかり、そこからクォークの力学の研究が本格的にはじまりました。

ーー量子色力学の基本的な考えかたについて、教えてください。

陽子や中性子は3つのクォークからできているのですが、クォークどうしはそのまわりにいる粒子「グルーオン」の交換により結合しています。湯川理論では、陽子や中性子のあいだにπ中間子の交換が生じることで核力が生じると考えるのですが、よくよく考えるとπ中間子もクォークでできているため、陽子や中性子のあいだに働く核力は、クォークの言葉で理解できるはずです。それを実現するための手段が、量子色力学です。ただし、これは相当難しい理論で、未だに解析的に解くことはできず、その解法は数学のミレニアム問題のひとつにも設定されています。

ーー解析的に解けないということは、クォークやグルーオンから陽子やπ中間子の存在を説明することはできないということでしょうか。

解析的には解けないのですが、コンピュータで数値的に解くということは、ある程度の精度でできるようになりました。陽子の質量であれば誤差1%以下の精度で予言できるようになったんですね。私の仕事も、この流れのなかで進めてきたものです。

私たちは、量子色力学を数値的に解くことで、陽子や中性子が近付くと斥力が、離れていると引力が発生することを示しました。近付いたときに斥力が働いて、適当な大きさで原子核が安定に存在できるということは、湯川さんの理論では説明できないんですね。原子核の「斥力芯」の存在を理論的に明らかにしたというのが、私たちの仕事です。

ーーこの研究アイデアは、どのような過程で得られたものだったのでしょうか。

原子核物理学の未解決問題に斥力芯の導出があるということは、大学院生のころからずっと頭にありました。当時の指導教官が核力の専門家で、斥力芯を導出できたらすごいよと言われ続けていたんです。1990年代に、クォークの性質を大規模数値計算から理解できる可能性があることを知り、核力の性質を数値的に調べたら面白そうだなと、ぼんやりと考えていました。ただ、これは物理学の問題ですので、アイデアがあるだけではダメで、定式化をして計算機に乗せるところまでやらなくてはいけません。

そんななか、2005年の日本物理学会で大変興味深い研究発表を聴きました。π中間子のあいだに働く力を格子量子色力学という方法で計算するというものです。その話を聞いた瞬間、この計算方法は核力の問題にも使えるのではないかとピンときたんです。そこで、京都大学の青木さんと当時東京大学の研究員だった石井さんと3人で議論をはじめて、1年ほどかけて式に書き下しました。定式化の部分は大変でしたが無事に完成し、石井さんを中心に数値計算を進めました。

ーー結果はどうだったのでしょうか……?


2006年の夏に、石井さんが数値計算の結果を持ってきてくれました。図を見たときは、手が震えましたよ。横軸が距離、縦軸が力の大きさを表したグラフだったのですが、短距離での斥力芯がきちんと出ているんです。「ええっ!」と思いましたね。「ついに湯川以来の問題が解けた。これが答えだ!」と。あのときの感動は、今でも鮮明に覚えています。

初田プログラムディレクターが見た瞬間「手が震えた」という最初の結果(2006年7月22日)。核子(陽子、中性子)間の距離rが小さくなるとポテンシャルエネルギーV(r)が大きくなり、距離が大きくなるとポテンシャルエネルギーが小さくなる。これは、短距離で斥力が働いていることを意味する。

その後行ったより精密な計算で、短距離の斥力だけでなく、遠距離での引力も得られることがわかり、大急ぎで論文にまとめ、2007年に米国物理学会の Physical Review Letters 誌 に発表しました。この論文は、全自然科学分野から選ばれるNature 誌の Research highlight 2007 の21論文のひとつになりました。

ーーこれだけ大きな仕事をされる際には、研究過程で想定外のこともあったかと思うのですが、実際はどうだったのでしょうか。

想定外に良かったことは、2005年に高エネルギー加速器研究機構に導入された新しい計算機を、3か月間優先的に使えたことです。そこで一気に計算を進めることができましたから。さらに、ここでの計算結果は、2007年ごろから本格化した次世代スーパコンピュータ(現在の京コンピュータ)を作るときにも素核宇宙(素粒子・原子核・宇宙)分野での具体的な計算事例として取り上げられて、現在も京を使えています。私たちの定式化を用いて京ではじめて計算した成果も、現在論文にまとめているところです。

ーー初田先生たちの仕事によって、原子核物理学の研究はどのように変わったのでしょうか。

未知の力を予言できるようになりました。核力に関する実験は進んでいるのですが、陽子や中性子の仲間であるハイペロンと原子核のあいだや、チャームクォークを含んだ粒子と原子核のあいだに働く力などに関する実験は、東海村にある大強度陽子J-PARCという加速器施設で今後大きく進展すると期待されています。ミクロな立場から原子核の性質を調べて、実験に提言できる手段ができたので、今後の研究の方向性がより明確になりました。湯川さんの中間子論から70年が経ち、ようやく一周したと感じています。

ーー素粒子・原子核は一度は二手に分かれた分野ですが、理論と実験の発展により、素核宇宙の研究者たちが共同で研究する風潮も出てくるのではないでしょうか。

原子核物理学の目標のひとつに、元素の起源を知りたいということがあります。現在は、鉄より重い元素は、超新星爆発あるいは中性子星の合体によりできたのではないかと考えられているのですが、私は後者に注目しています。なぜかというと、超新星爆発は100年に1回くらいしか観測されないのですが、中性子星の合体は5年に数回は見つかると考えられているからです。中性子星は合体すると重力波を出すので、そのデータをもとに中性子星の構造も調べることができるんですね。

そうすると、原子核・素粒子物理学の研究者は、斥力の強さを見積もることで中性子星の半径を求めたり、その物性を調べたりすることができます。一方で宇宙の研究者は、中性子星の合体から爆発、元素合成が起こる過程を京を使って解析するなど、役割分担しながら研究を進めることができます。最終的には、元素の起源や中性子星の構造の理解が進み、上手くいけば中性子星が合体する様子やブラックホールの形成過程が可視化されるかもしれません。中性子星の合体による重力波のデータが出てくれば、素核宇宙の研究者の連携がより一層強くなり、一気に宇宙や物質の起源に関する理解が深まると思います。

ーー異分野融合は難しいとよく言われていますが、素核宇宙が連携する接点のようなものがあれば、教えてください。


京が大きな役割を果たしました。最初、京の利用用途には、素核宇宙の分野はいずれも入っていなかったんですね。なんとか説得して仲間に入れてもらったのですが、生命科学やエネルギー、ものづくりなども含め、当初はすべての科学分野から5分野だけが優先的に利用できたので、さすがに素核宇宙が別々に、というわけにはいきません。それを機に、素核宇宙がみんなで一緒に研究する雰囲気が出てきました。あのとき、京に素核宇宙のような基礎科学が組み入れられたことは、分野の発展に大きな役割を果たしています。

ーー素核宇宙に限らず、さまざまな分野の物理学者が共同で取り組む研究が進めば、よりたくさんの研究アイデアが形になる機会が増えるように感じます。

中性子星の構造論と関連する冷却原子系の分野や、凝縮系物理学の研究者とは一緒に仕事をすることもあります。私の研究室に在籍するポスドク研究員は、冷却原子系の研究と中性子星の研究を同時に走らせたりしていますよ。まだまだこれからできることもたくさんありますが、研究を積み重ねていくなかで、物理はひとつだということをひしひしと感じるようになりました。

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研究者が異分野交流を行う機会はあまり多くないが、一度機会ができれば互いが抱える課題を共有し、協働して問題解決を進めていくという話が最も印象的だった。「物理はひとつである」という言葉には、研究者は専門分野だけに捉われずに研究領域全体を眺めてみようというメッセージが含まれているのかもしれない。後編では、初田プログラムディレクター率いる数理創造プログラム「iTEHMS」についてお届けする。物理学のみならず、数学・化学・生命科学・工学・計算科学・情報科学・社会科学などにまたがる分野横断的研究を進める新たな組織を作ろうとしている氏の取り組みに、ぜひご注目いただきたい。

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初田哲男(はつだ・てつお)プログラムディレクタープロフィール
1958年大阪市生まれ。1986年3月京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻博士課程修了。理学博士。京都大学大学院理学研究科 助教授、東京大学大学院理学研究科 教授、理化学研究所 主任研究員などを経て、2016年より理化学研究所 数理創造プログラム(iTHEMS) ディレクター。専門は、ハドロン物理学の理論および数理生物学。iTHEMSのホームページはこちら

この記事を書いた人

柴藤 亮介

アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。