【academist挑戦中】「海底に突き刺さった潜水艦は伊58か?」

日本の海中ロボット研究の第一人者である東京大学の浦環(うら・たまき)名誉教授は、30年にわたって自律型海中ロボットの研究開発を行い、約20台の先鋭的なロボットを世に送り出してきました。浦名誉教授はこれまでの経験を生かして、五島列島沖に沈む潜水艦を特定し、その現在の姿を明らかにする「伊58呂50特定プロジェクト」を進めています。「Show your results!」をモットーに、これまでロボットを使ってさまざまな成果を残されてきた浦名誉教授の研究哲学を探るべく、お話を伺いました。

ロボットが「成し遂げたこと」を見せろ!

——浦先生は東京大学生産技術研究所(東大生研)を2013年に定年退職された後も、フィールドロボティクスを専門分野として、現在も精力的にご活動されていますね。フィールドロボティクスとはどういう分野なのですか。

宇宙と原子炉の中と海の中は、人が簡単に行ける場所ではないですよね。そういうところにロボットが行くということ、つまり何かあったときにロボットを助けに行けないところに行くのです。研究室の中で動くロボットは何かあったときにすぐに助けに行けるし、うまくいかなかったところを直しながら開発していくことができるけれど、海の中ではそういうことは絶対にできませんね。海は、原子炉や宇宙よりも身近にあるぶん、やんなきゃならない仕事もたくさんあります。だから自律型ロボットが役に立つ仕事をするべきであると信じて、これまで研究してきました。

——自律型海中ロボット(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)の特徴を教えてください。

海中ロボットの主流は、ケーブルを繋げて操作する遠隔操縦ロボットのROV(Remotely operated vehicle)です。ROVを使うとリアルタイムに物を見ることができるので、いろんなところで活躍して新しい発見をしています。だけどROVは、たとえば3000mの深さに行こうと思ったら、3000mのケーブルを繋げなきゃいけないんです。そうなると広いところは泳げないし、自由がない。だから僕らがやってきた海中ロボットの研究では、思いきってケーブル無し、つまりAUVで行こうというわけです。AUVは、自分でセンシングして、考えて、すべての行動を自分で決めなければなりません。

でも、AUVは海では助けにいけないから、チャレンジングなテクノロジーを試してみようとするのは大変です。チャレンジに失敗はつきものです。失敗すると怒られちゃうから、みんな怖がってやりたがらない。だからいつまでたっても研究が進まない。それを克服して、僕らは30年間ずっとやってきたわけです。

浦環研究室で開発された海中ロボットたち (九州工業大学社会ロボット具現化センターWebサイトより)

——特にAUVの研究を始められた当初は、ご苦労も多くあったのではないでしょうか。

最初は大変でした。AUVを乗せる船を借りるためには、実績が求められます。でも船がないと実績はできませんよね? つまり「月に行ったことがないと、月に行かせてあげませんよ」みたいなことを言われるわけですよ(笑)。そこにどうやって風穴をあけるか、最初の15年くらいは苦労しましたね。実際に役に立つような海中ロボットを作っていくためには、まずは自分たちの実績をつくることが重要です。

実績をつくるということは、ダイバーがやっていることをそのまま同じようにロボットにやらせているようじゃダメ。ロボットにしかできないことをさせるんです。実現すると「おぉ、すごいじゃないか!」と言ってもらえるようなものを準備しなくちゃいけない。それができると「うちの船でもっと先のことをやってみない?」とか「一緒に研究しない?」と言ってもらえる流れができてくるんですよね。

——ロボットを利用することでしか出せない実績をつくる必要があるということですね。

海中ロボットの研究を始めた1984年から延々と構想を語ってきて、実際にロボットをいくつかつくっていたんですけど、みんなが「すごいね」と言ってくれるような成果をあげたのは2000年。静岡県伊東沖にある手石海丘の調査でした。

手石海丘は1989年の海底噴火によってできた海底火山です。これを「アールワン・ロボット」というAUVにサイドスキャンソナーを付けて調査したところ、直径200mほどの火口を捉えることができました。AUVにはケーブルが付いていないから、潜水艦のように安定して走ることができます。そうすると海底がすごく綺麗に見えるんです。ケーブル式のロボットで撮影すると、ケーブルのひっぱり加減によって、ロボットがふらふらしてしまい、海底面がギザギザした画像になってしまいますからね。これは、いろんな人が仰け反って驚くようなとても素晴らしい成果でした。

手石海丘のサイドスキャンイメージ (東京大学生産技術研究所浦研究室Webサイトより)

——1984年に海中ロボット研究に着手されて、成果が出たのが2000年。16年というのは、なかなか長い道のりです。

フィールドロボットの難しさは、うまくいかなかったときに、ソフトウェアを少しだけ変えてみるとか、ハードウェアを少しだけ直してみるということができないところです。ハードウェアはがっちりしていて、ソフトウェアはきちんと仕事をするものじゃないと、怖くてフィールドには行けません。

僕らは長年の研究でソフトウェアの能力と信頼性を積み重ねてきました。海上テストをしたり、観測に行ったりして、非常にブラッシュアップされています。そうすると、ハードウェアが完成したとたんに、前のロボットのソフトウェアを入れて、パラメータを少し変えただけで、海へ持っていけます。これが重要です。ロボットのハードウェアだけができても、海に持っていくことはできない。なぜなら、ソフトウェアのバグがとれていないからです。ソフトウェアのバグは、最終的には海の中でしかとれないからです。もちろんプールでもテストはできますが、海の中は外乱が多いし、環境が違う。実際の環境では、思いもよらないことがたくさん起きるんです。

——長年の技術の積み重ねが重要な分野なんですね。

今年6月には、日本海とオホーツク海へズワイガニとキチジの調査へ行っていたんですが、そこでは僕らが開発したAUV「TUNA-SAND」の妹分である「ほばりん」というAUVを使いました。「ほばりん」は、海上技術安全研究所のAUVですが、「TUNA-SAND」のソフトウェアをほぼそのまま移植しているんですよ。「TUNA-SAND」のソフトウェアは2007年から10年間くらいずっと働いていて、いろんなところを改良してデバッグができているから、ハードウェアさえできれば、そのソフトウェアを入れることですぐに海に潜らせることができます。

6月の調査でも4回潜らせました。1回の潜行にだいたい5〜6時間かけますが、すべて全自動で動くんです。海に入れて、海底に着いたときに、ポジションアップデートという位置確認のコマンドを1回送るだけ。あとは全部ロボットが自分で動いてくれる。それを安心してできる技術を持っているのは日本中で僕らのチームだけです。他の人たちにはできない。

——2000年の手石海丘の調査の後も、2004年の「r2D4」によるロタ海山の熱水プルームの観測、2010年の「TUNA-SAND」によるベニズワイガニの分布の撮影など、さまざまなロボットを使って数多くの成果を残されていますね。

僕はいつも「Show your results!」と言っています。「ロボットを見せるのではなく、お前のロボットが成し遂げたことを見せろ!」と。ロボットがただ歩きまわっただけでは、それはResultsじゃないんですよ。「歩きまわって溝に落っこちていた女の子を見つけて助けました」ということだったら、それはResultsです。「海を1000m潜って、その辺をずっと走り回って写真を撮りました」ということだけでなく、そこにある海底火山やメタンに群がるカニの群れなど、人がこれまで想像もしなかったことを見せるのが、フィールドロボティクスでは大事なんです。

海底に突き刺さる巨大潜水艦

——そういう意味では、現在クラウドファンディングにチャレンジされている「伊58呂50特定プロジェクト」の潜水艦が海底に突き刺さっている画像も、誰も見たことのない衝撃的なものでした。

海底に突き刺さる潜水艦はサイドスキャン調査で見つかったものなので、ロボットの成果ではないのですが、やっぱり迫力がありますね。誰も見たことはないでしょう。これが撮影されたということは、今まで僕が培ってきた海中技術が役に立ったものだと思っています。海中技術と一口に言っても、AUVだけでなく、遠隔操縦のROVもあるし、今回使ったサイドスキャン、「しんかい6500」に代表される有人潜水船など、いろいろあります。このなかのどの技術が、自分のやりたいことにいちばんフィットしているかということを考えなければならないわけです。

たとえば今回、曳航式のサイドスキャンソナーでなく私たちのAUVのひとつである「AE2000a」が行けば、もっときれいな画像が撮れたはずなんです。しかし、少し大きな船が必要なので、お金がかかり、実現するのは難しいです。プロジェクトの予算や欲しいデータを考えて、適材適所なものを選ぶ必要があるんですね。僕らはいろいろと実績を積んできているから、できることとできないことがはっきりわかっています。技術の長短をよくわかっている僕が、必ず成功するように、こうしようというんです。それは30年間、海中ロボット研究をやってきたことの積み重ねの成果かなぁと思っています。

海底に突き刺さる巨大潜水艦

——「伊58呂50特定プロジェクト」を立ち上げられたのはどうしてですか。

五島列島沖に生き残った旧日本軍の潜水艦が沈んでいるということを知ったのは、日本テレビが僕のところに相談しにきたときです。2015年の調査で海底に沈む24艦が発見されて「伊402」だけはそのどれであるかが明らかになりました。伊58もその24艦のうちのどれかであるということはわかっているけど、特定はできていません。

戦争の歴史と造艦の技術、運用していた人たちの思いをきちんと掘り起こすにはモニュメントが必要です。レプリカではなく、沈没した潜水艦の本物があれば、戦争についてまじめに考える基になるはずです。伊58は、技術的にも、戦争を考えるうえでも重要な艦です。だから、伊402が見つかったときに、なんとか伊58も発見しようと心に決めたのです。

——そして浦先生は、今年1月に社団法人ラ・プロンジェ深海工学会を立ち上げられ、5月のサイドスキャンソナーを用いた調査で、海底に突き刺さる巨大潜水艦を発見されました。

これは実は、日本テレビのデータには無かったものなんです。日本テレビの調査は船の底に取り付けた音波探知機で上から見下ろすような形で行うもので、垂直に立っていると海底から数十メートル離れた場所のデータが取れてしまいます。それを、魚か何かを捉えたノイズだと思ってしまっていたわけです。

日本テレビが撮影した五島列島沖で発見した海没潜水艦24隻の位置。No.16とNo.17のあいだに突き刺さった潜水艦が存在していた。No.23はノイズであることがわかった (c) 日本テレビ

サイドスキャンソナー調査では、17番を調査し、その先には次の16番がいるはずだから、「まっすぐ進んでそのまま16番も見よう」と言っていました。そのとき、海底に突き刺さる潜水艦がだんだん見えてきて、「え、これ何?」って(笑)。今までこんなところにこんな風にあると思っていなかったものが出てきて、おまけに立ってるんだもん。本当にびっくりしましたよ。

クラウドファンディングのリターンのひとつ「伊58呂50Tシャツ」を着用した浦先生

楽しそうだと思ったら、すぐに食いついてみる

——浦先生はロボットの技術や海を軸に、さまざまな活動をされているように見えます。

僕は、何かがぶら下がっていたときにそれに食いついて、そこからさらに展開していくっていうことが好きなんです。もともと僕の研究テーマは、船舶の安全輸送に関するものでした。45年ほど前に、貨物船「ぼりばあ丸」「かりふぉるにあ丸」の沈没事故が起こりましたが、その原因を究明するため、貨物である鉄鉱石や石炭が悪さをしたのではと考えて研究をしていました。その応用として海底にくい込む錨の研究もやっていました。でも、そういう安全研究って、大切なんだけど、なんか暗いじゃないですか。そんなあるときに、当時の東大生研の先生に、「浦くん、海中ロボットをやろうよ」って言われたので、錨の研究をしていたこともあり、「あぁ、楽しそうですね」と食いついてプロジェクトの提案書を書いたのです。つまり、海中ロボット研究を始めたのも、楽しそうなものに食いついた、というのがきっかけなのです。

——楽しそうだと思ったら、すぐに食いついてみるということを大事にされているからこそ、さまざまな成果が生まれてくるんですね。

好奇心があっても、食いつかなくちゃダメなんです。でも、ただ食いついただけでは普通の人。自分のポテンシャルやバックグラウンドを生かして、どんどん発展させていくから、誰にもできないことができるようになるのです。でもそれはなかなか難しいことなんですよね。食いつくと失敗するんじゃないかとか、自分はまだビギナーで何も知らないから、専門家に笑われて何もできないんじゃないかとか、いろいろと考えてしまうわけですよ。これがひどく問題なんです。

——新しいことを始めるには、やはりそういった不安やリスクを感じてしまいます。

何か新しいことをしようとおもったときに、最初から世界一にはなれないんですよ。最初はみんなビギナーなんだから。でもビギナーとして食いつくと、新しいニッチを獲得できるかもしれない。それが僕の主張なんですよね。僕は潜水艦のビギナーだったけど、ビギナーだからといって恥ずかしいことはない。「知らないのに伊58なんてよく探せますよね」って言われるけど、「知らないことばっかりだから教えてよ」って平気で言える。これがすごく大事なことなんですよ。

知らないからこそ、楽しそうなことに食いついていって、その分野の人がいつも考えていることとは違う視点でやっていくことができる。だから僕は今、キチジの専門家にもなっているし、ベニズワイガニの専門家にもなっているし、熱水鉱床の専門家にもなっているんです。そうして世界が広がると、楽しいでしょ?

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浦先生のクラウドファンディングチャレンジでは、8月11日までに500万円を集めることを目指しています。ご支援のほど、どうぞよろしくお願いします!

浦環先生プロフィール
一般社団法人ラ・プロンジェ深海工学会 代表理事/東京大学名誉教授/九州工業大学社会ロボット具現化センターセンター長などを兼任
1977年、東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了。工学博士。同大学講師、助教授を経て、1997年に教授へ。2013年に同大学を定年退職。バラ積み貨物の輸送など船舶の安全輸送、アンカーの研究を端緒に、海中をくまなく探査・観測する自律型海中ロボット研究開発へと研究対象を発展、海中ロボット学を創生し、関連する海中海底工学等を包括する総合的「海」研究を推進している。

【academist挑戦中】「海底に突き刺さった潜水艦は伊58か?」

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/