光に反応する分子

私たちには、なぜ身のまわりのものの色が見えるのでしょうか。それは、その物質を構成する分子が光を吸収しているからです。分子はその分子に特有の波長の光を吸収します。物質に吸収されなかった光が目に届いて、私たちは色を感じることができるのです。たとえば、草や木の葉は人間には緑色に見えます。これは、葉に含まれるクロロフィルという分子が青色や赤色の波長の光を吸収しているためで、クロロフィルに吸収されなかった緑色の光が目に届いて、私たちは色を感じることができます。

光を吸収すると形や性質が変わる分子も存在します。このような分子のひとつに、アゾベンゼンがあります。このアゾベンゼンという分子は、染料や顔料に広く用いられ、一般に流通している染料の60%はアゾ染料です。私たちが着ている衣服などの染料としても広く用いられています。アゾベンゼンは、紫外光を吸収するとトランス体からシス体に変化します。それに伴って、形が大きく変わります。トランス体は平面構造をしていますが、シス体は平面ではなく、より立体的な構造をしています。シス体はトランス体よりもエネルギー的に不安定なので、放置しておくと元のトランス体に戻ります。シス体に可視光を照射することでも、トランス体に戻すことが可能です。光によって形が変わる分子は、アゾベンゼン以外にもジアリールエテンやフルギド、スピロピランなど、数多く知られています。

光で曲がる結晶とは

光によって分子の形が変わる反応を利用して、光によって変形する材料が開発されてきました。材料としては、高分子やゲルなどの柔らかい材料がよく用いられています。たとえば、アゾベンゼンを含む高分子膜をうまく設計すれば、光によって高分子膜が曲がることが知られています。

一方、結晶は原子または分子が3次元的に周期的に配列した集合体です。身近なところにも、氷や食塩、水晶など数多くありますが、一般的に固い・割れやすいというイメージがあります。そのため、光などの外部刺激で結晶を変形させることは不可能であると考えられていました。しかし、2007年にジアリールエテン結晶が光によって曲がることが初めて報告され、それまでの既成概念を覆しました。その報告以降、さまざまな結晶の光屈曲に関する研究が盛んになり、これまでに数多くの報告がなされています。

このような光で動く材料は、分子の小さな変化(Åオーダー)を材料の目に見える変形(µm~cmオーダー)として増幅できる系であるため、エネルギー変換の観点から興味深いと考えられています。また応用の観点からも、通電のための配線や電極が不要となり、機械の小型化・ 軽量化が可能になると考えられます。これまでの金属部品を組み合わせた機械とは違い、材料自体が変形できるため、フレキシブルデバイスやロボットへの応用にもつながると考えられます。

光で結晶がねじれながら曲がる

このような背景のもと、私たちは、キラルな分子を用いれば、光によって結晶がねじれるように動くのではないかと考えました。「キラル」とは、ある物がそれ自身の鏡像体とは重ならない関係にあることを言います。たとえば、右手と左手は互いに鏡像体ですが、重なることはなく、キラルな関係です。また、らせん(ねじれ)にも右巻きと左巻きがあり、それらは互いに重なりません。分子の場合は、不斉炭素をもっているとキラル分子となり、右手系の分子と左手系の分子が存在します。

この着想をもとに、キラルなアゾベンゼン分子からなる非常に薄い結晶を作製し、ガラス針の先端に固定した結晶に紫外光を照射しました。その結果、結晶がねじれながら光源から遠ざかる方向に曲がることがわかりました。紫外光を照射しつづけている限り曲がったままですが、光照射を止めると、数分後に元のまっすぐな形に戻りました。このねじれ屈曲は、結晶表面でのトランス体からシス体への光反応に基づいて起こり、可逆的に繰り返すことができます。これまでにも光を当てるとねじれる結晶は数例報告されていましたが、キラルな分子を使った系においては初めての報告です。

なぜ、ねじれながら曲がるのか

次に、なぜ結晶がねじれながら曲がるのかを考察しました。そこでまず、トランス体からシス体に変化した場合の分子構造を計算によって求めました。これは、実験的にシス体の構造を決定することが困難であったからです。計算の結果、シス体になるとa軸方向には短くなり、b軸方向には長くなることが推定されました。光の当たった結晶表面でこの分子構造変化が起きると、光の当たった結晶表面では全体として、幅方向(a軸)は短くなり、長さ方向(b軸)は長くなると推測できます。一方、光の当たっていない反対側の面ではこの変化は起きていません。結果として、光の当たった表面において長さ方向に長くなることが結晶の屈曲につながり、幅方向にも短くなることがねじれを誘起したのではないかと考えられます。

今後の展開

方向性としては2つあります。ひとつは、新しい材料探索です。新しい分子設計を通して新たな材料を開発したり、熱などの他の外部刺激も利用してより複雑な動きを創出することが期待されます。もうひとつは、材料特性の評価です。材料力学では、ひずみと応力という物理量で材料の変形を評価します。金属材料のような硬い・変形が小さい材料に関する特性は研究されてきましたが、有機材料のような柔らかい・変形が大きい材料に関する報告はあまりなく、知見を蓄積していく必要があります。このような研究を通して、将来的には、光などの外部刺激で動く材料を利用して、電気が好ましくない環境下での応用や、アクチュエータやスイッチ、ロボットへの応用が期待されます。

参考文献
T. Taniguchi, J. Fujisawa, M. Shiro, H. Koshima, T. Asahi, “Mechanical Motion of Chiral Azobenzene Crystals with Twisting upon Photoirradiation”, Chem. Eur. J. 22, 7950-7958 (2016).

この記事を書いた人

谷口卓也
谷口卓也
早稲田大学先進理工学研究科先進理工学専攻 一貫制博士課程4年。2017年度より日本学術振興会特別研究員(DC2)。早稲田大学リーディング理工学博士プログラムに所属し、「エナジー・ネクスト」をテーマとして、外部刺激で動く新しい材料の開発を目指して研究しています。