【academist挑戦中】「顕微鏡のなかのミクロな世界を3Dプリンタで出力する!」

現在、academistのクラウドファンディングプロジェクト「顕微鏡のなかのミクロな世界を3Dプリンタで出力する!」に挑戦中の慶應義塾大学先端生命科学研究所 ガリポン・ジョゼフィーヌ特任助教。2次元の切片データから、ディープラーニングを用いて3Dデータを作成することでこれを実現しようとしている。

しかし、ガリポン特任助教はもともと、RNAに関する「ウェット」な研究を行っていたという。RNAの実験とディープラーニングを活用した3Dプリンタの研究は、一見つながりがないようにも思えるが、ガリポン特任助教はいつ、そしてなぜ、3Dプリンタに興味を持ったのだろうか。そして、3Dプリンタで実現したい世界とは、一体どのようなものなのだろう。

RNAの研究者が3Dプリンタに興味をもったきっかけは?

——現在3Dプリンタの研究でクラウドファンディングをされていますが、もともとはRNAに関する研究をされていたそうですね。これまでの研究経歴を教えてください。


博士号を取得するために私が日本に来た当時はちょうど、RNAの研究がホットになりかけていた時期だったんですよ。タンパク質へ翻訳されない、それまでゴミだと思われていたような物質「ノンコーディングRNA」が、どうもたくさんの遺伝子の制御に関わっているらしいということがわかりつつありました。今では当たり前の話になりましたが、当時は非常に興味深いトピックだと思い、私はドクター時代に所属していた研究室でRNAの研究テーマを立ち上げ、ストレス耐性に関わるようなノンコーディングRNAについて研究をしていました。

——そこから3Dプリンタに興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか。RNAと3Dプリンタって、あまり関係がないように思えるのですが……。

関係なさそうですよね、私も気になっています(笑)。ドクターを取った後、別の研究室へポスドクとして移ったときにも、RNAの研究を行っていました。それまで私はずっと「ウェット」な実験をやってきたので、プログラミングやバイオインフォマティクスができる隣の席の子を見て、「コーヒーを飲みながらサーバーにジョブを投げてるの、かっこいいなぁ……」と思っているような人でした。

私と同世代の人たちって、まだあまりプログラミングの授業がなかったんですよね。でも今から大学に入る子って、私とそこまで年齢の差がないのに、みんなやっているんです。そういう背景もあり、プログラミングができるようにならなきゃいけないと思って、バイオインフォマティクスの研究室に移ったんです。

——「ウェット」だけでなく「ドライ」な実験もできるようになったということですね。

その後、東京大学の新しいリーディング大学院プログラムの特任助教として採用され、文系の学生に最先端の生物学のおもしろさを理解してもらえるような授業を作る仕事をしました。いろいろな授業を開発していくなかで、東京大学総合文化研究科の渡邊雄一郎先生と一緒に3Dデータが取れる顕微鏡の画像を見ていたときのことです。なにげなく「これ、せっかくの3Dだから、3Dプリンタで出したらおもしろくない?」っていう話をしたんですよ。ただ、渡邊先生はそこまで期待してなかったと思うんですよね。でも私、なんだかミッションを与えられたような気持ちになって盛り上がってしまって……それで、1か月でこっそり開発してみて、できてしまったんですよ。

——1か月でですか!? すごいスピード感ですね……。

で、それをでっかく印刷して、渡邊先生がいないあいだに、机の上に「できました」というメッセージと一緒に置いておいたら、ものすごいびっくりされたんですね。

——それはびっくりしますよ(笑)。でも、これが3Dプリンタとの出会いだったわけですね。

現在所属している慶應義塾大学先端生命科学研究所に移ってからは、細胞で印刷できたらおもしろいのではと考え、3Dバイオプリンタにも興味を持ちはじめました。3Dバイオプリンタはすでに市販されていますが、高価なうえにブラックボックスなところがあります。でも、もともと3Dプリンタって、オープンソースのムーブメントから生まれたものなので、私は3Dプリンタのルーツに戻って、そのバイオプリンタバージョンを作りたいと思ったんです。

3Dバイオプリンタは魔法の技術ではないので、何をどこに塗ればいいかをプリンタに教えるための3Dデータが必要です。その次に必要なのは、細胞やハイドロゲルといった材料。もちろん、機械がないと印刷できません。つまり、3Dデータ、材料、機械という3つの技術が必要になります。今はまず、3Dデータに着目して研究を進めているところです。

クマムシの3Dデータと3Dプリンタ

顕微鏡で見えたそのままの世界をプリントする

——クラウドファンディングのプロジェクトページを見ると、これまでに共焦点レーザー蛍光顕微鏡、電子顕微鏡、ミクロCTという3種類の異なる顕微鏡データを3Dプリンタで出すことに成功されたとあります。顕微鏡で見たものを3Dプリンタで出力するまでには、具体的にどういう作業が発生するのでしょうか。

顕微鏡はその種類によって得られるデータの形式が違いますが、最終的には3Dプリンタが読めるようなSTL形式のデータに転換する必要があります。たとえば共焦点レーザー蛍光顕微鏡では、レーザーをサンプルの上から下まで通すことによって、光学切片という画像ファイルが500枚程度得られます。この画像は、人にとってはとてもわかりやすいのですが、機械にとってはわかりづらいものなんです。3Dプリンタで出力するためには、塗るか塗らないか、0か1の情報が必要です。しかし、この画像を白黒に置き換えて表示すると、ノイズの入った汚い画像になってしまいます。

シロイヌナズナの葉の蛍光顕微鏡画像(左)と、これを白黒に置き換えて表示した画像(右)。ノイズが入っていてどれが大事な部分なのかがわかりづらくなってしまう
Image credit: Carrie Metzinger Northover, Bergmann Lab, Stanford University.(カリー・メツィンガー・ノーソーバー博士、ベルグマン研究室、スタンフォード大学より)

人間はぱっと見ただけで、それが何であるのかわからなくても、どの部分が大事だとか、どれがノイズだとかいうことをなんとなく判断できるのですが、3Dプリンタのデータとして利用するには、どこが欲しくてどこがいらない情報なのかをすべてコンピュータに学ばせる必要があります。現状では、500枚の画像のノイズを全部手作業で削らなければなりませんが、機械学習でそれを自動化することができれば、さまざまなデータがすぐに出力できるようになるので、いろんな人が喜ぶと思っています。

——今回、クラウドファンディングで着目されている光学顕微鏡ではどうでしょうか。

共焦点レーザー蛍光顕微鏡などは最先端の機器なので、高価で使える人が限られるんですよね。しかし、東急ハンズでも売っているような一般的な光学顕微鏡でも3Dデータが得られる技術があります。それがミクロトームです。ミクロトームを使って物理的に標本を切ると、数ミクロンの薄い切片が何枚もできます。それをガラスプレパラートの上に乗せて光学顕微鏡で観察します。こうすると、標本の中身の構造まですべてわかります。18世紀からある技術なので、世界中の博物館にミクロトームの標本がたくさんあるのですが、今は展示をする以外に使い道がないんです。ですが、ミクロトームの標本の切片データが500枚あれば、元の標本の3Dモデルをコンピュータで計算できるはずなんですよね。

ミクロトームで薄い切片を作っている様子

——ディープラーニングの技術は、ミクロトームの標本から3Dデータを作成するまでの作業のうち、どの部分に使われるのですか。

切片は、人の手作業によってそれぞれ得られるわけですから、ガラスプレパラートに乗せた際に、それぞれ少しずつ回転していたり形が変わっていたりします。そこで私は、ディープラーニングを使って、人間の手作業で発生した切片ごとの回転度や変形を自動で直せるようにしたいと考えています。

——クラウドファンディングで集まった研究費の使い道を教えてください。

ディープラーニングを行うには、まず正しい答えのデータセットを用意する必要があります。現在は、MRIスキャンのデータを利用して、ランダムに角度を回転させたトレーニングデータを作っています。このトレーニングデータは、何度回転させたのかという「正解」がわかっているデータなので、これをコンピュータに学ばせることで、回転を自動で直せるようにできています。しかし、正解がわかる(元の回転度が記録されている)ミクロトームのデータセットはまだ少ないので、まず、MRIスキャンではなくミクロトームのデータを取る必要があります。ミクロトームという装置自体を買うと高いので、薄切片を取る作業を外注する予定です。さらに、このプロジェクトを実現するためには、かなりのコンピューティングパワーが必要です。予備データで結果は出せているので、処理能力の高いマシンを手に入れることができれば、もっと発展させていけると期待しています。これができれば、正解がわからない18世紀〜現在までのミクロトームデータからも正確な3次元モデルを計算することが可能になります。

——ミクロトームの標本から3Dプリンタでデータを出力できるようにするためには、このほかにどういった技術が必要になりますか。

まずは、それぞれのガラスプレパラートを顕微鏡の中に入れて自動スキャンをかけ、標本をデータ化するという作業が必要です。また、そうして得られるデータは、大きな画像に切片がいくつか入っているようなものになるので、どこに画像があるのかを機械学習で認識させるステップが必要になるかもしれません。現在開発している回転度を直すというステップは、すでに標本がデータ化されていることが前提ですね。なので、これからいろいろなステップの技術を開発していかなければなりません。でも、まずは2次元の切片データから3Dモデルを正確に計算できるようにならなければ、何もはじまりません。

——ガリポンさんは、3Dプリンタを利用することで、どういう世界を実現できたらよいと考えていますか。

3Dプリンタを使っている人たちは、自由に好きなものをデザインできる楽しさを感じていることが多いと思いますが、私はどちらかというと顕微鏡データそのものをそのまま出すということに興味を持っています。そこには芸術的な面もあると考えています。たとえば、建物と同じサイズでプリントして、自分が細胞の中に入れるような作品を作ってみたい。あるいは、お菓子の付録についてくるようなおもちゃで、少年が母親に恥ずかしい思いをさせるような「超リアル微生物シリーズ」として超キモい作品も作ってみたいです(笑)。サイエンティフィックじゃないかもしれないですが、そういったところにも興味があるんですよ。さらに先のことを言うと、普通のPCと普通のプリンタをUSBでつないで印刷できるように、顕微鏡と3Dプリンタを直接つないで、バイオプリンティング(再生医療、科学教育、アートなど)・バイオミメティクス(生物模倣)の分野に応用できればと考えています。

——とてもわくわくするお話です! 研究の発展が楽しみです。ありがとうございました。

研究者プロフィール
慶應義塾大学先端生命科学研究所 ガリポン・ジョゼフィーヌ特任助教

2002年 公立ラエンネック高等学校卒業(フランス)
2006年 パリ第5大学薬学生物学部生物科学科卒業(フランス)
2008年 パリ第5大学大学院医学部細胞生物学専攻細胞学専修修士課程修了(フランス)
2013年3月 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了 学位取得 博士(理学)
2013年9月 パリ第6大学大学院複雑系科学専攻博士課程修了(ジョイント学位)
2013年6月〜2014年4月 東京大学大学院理学系研究科 特任研究員
2014年4月〜2015年9月 東京大学大学院総合文化研究科・IHSプログラム 特任助教
2015年10月より 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科/先端生命科学研究所 特任助教

文武両道主義ということで、格闘技の履歴も紹介します。

2009年 ヨンソンテコンドー千葉オープン大会 一般女子バンタム以上級第1位
2010年 全韓国大学サークルテコンドー選手権大会 一般女子ライト級第2位
2016年 極真空手田畑道場入部、これから実戦空手のオープン大会で頑張ります。

【academist挑戦中】「顕微鏡のなかのミクロな世界を3Dプリンタで出力する!」

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/