「基礎研究の裾野を広げなければ、応用研究への発展性はありません。」そう語るのは、順天堂大学医学部の小松則夫教授だ。小松教授は血液内科医として働く傍ら、20年以上に渡り基礎研究に取り組み、2016年に発表した論文が国際専門誌『BLOOD』のトップ10に選ばれるなど、重要な成果を残している。医学に結びつく基礎研究というのは、どのようなものなのだろうか。現在「血液のがんの発症メカニズム解明に挑む!」でクラウドファンディングに挑戦中の小松教授に、詳しくお話を伺った。

ーー血液のがんが発症する原因について教えてください。

一般的には、遺伝子の異常によって発症します。なぜ遺伝子に異常が起きるのかということは完全には明らかにされていないのですが、遺伝子の異常が起きることでがんになるということはわかっています。たとえば、私たちの身体を構成する細胞の核内には染色体があり、染色体上にはさまざまな遺伝子が存在しているのですが、稀に染色体の一部が別の染色体の一部と入れ替わってしまうことがあります。このような「相互転座」と呼ばれる現象が起きると、正常な状態では存在しないような遺伝子ができてしまい、細胞が増え続けてしまうことがあります。

ーー細胞の増加をどうにかして止めなくてはいけないわけですね。現在は、どのような治療法で対応されているのでしょうか。

これまでのがん治療薬は、がんではないところにも影響を与えてしまうようなものだったのですが、最近では、がんの原因となる分子病態を理解することによって、がんをピンポイントで治す方法に変わってきています。たとえば慢性骨髄性白血病では、これまでは骨髄移植でしか患者さんを救うことができなかったのですが、がんをピンポイントで攻撃する分子標的薬を使うことにより、約9割の患者さんが10年間生きられるようになりました。これはとても画期的なことです。病気を引き起こしている分子病態を解明することが、創薬に直接つながっていくのです。

ーー小松先生はこれまでにどのような研究をされてきたのでしょうか。

私は20年以上にわたり、基礎研究を進めてきました。最も重要な成果は、「UT-7」という細胞株を作ったことです。細胞株というのは、身体の外でも永遠に生き続ける細胞を指します。たとえば白血病では、血液中の造血細胞が増殖し続けているのですが、患者さんの造血細胞を身体の外に出して培養しようとすると、だいたい2週間くらいで死んでしまいます。ところが運が良ければ、一部の細胞は試験管の中で生き続けることができるんですね。私はそれを人工的に作ることに成功しました。

ーーUT-7 の特徴について教えてください。

UT-7やそれに由来する細胞株は、サイトカインがないと死んでしまうところが大きな特徴です。サイトカインというのは、免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で、さまざまな種類があることが知られているのですが、血液を作るためには、サイトカインのひとつである造血因子が必要です。造血因子には、赤血球の産生を促進する「エリスロポエチン(EPO)」や、血小板を増やす因子である「トロンボポエチン(TPO)」などがあります。私は前者がないと死んでしまう細胞株「UT-7/EPO」と、後者がないと死んでしまう「UT-7/TPO」を作りました。これらはUT-7をもとにした「亜株」と呼ばれているのですが、このような特徴を持った細胞株は非常に珍しく、世界一の性質を持っていると自負しています。

ーーこれらの細胞株を利用すると、どのような研究ができるのでしょうか。

たとえば、UT-7/EPOを使うと、EPOを加えたときに細胞内でどのようなことが起きるのかを調べることができます。EPOのない状況でUT-7/EPOを培養しておいて、そこにEPOを加えると、細胞が息を吹き返したかのようにブルブル震えるんですよ。この現象から、EPOがその受容体と結合した後に、細胞表面から核内にどのようにシグナルを取り入れていくのかということを調べることができます。

ーー現在クラウドファンディングで研究費を募られているプロジェクトにも、UT-7が関係してきているのでしょうか。

関係しています。先行研究で、血小板が増える本態性血小板血症などの疾患では、カールレティクリン(CALR)遺伝子変異というものが見つかってきました。この遺伝子変異が腫瘍化に関係していると考えられていたのですが、なぜ腫瘍化が起きるのかという分子病態は明らかにされていませんでした。私たちは腫瘍化の原因を明らかにするために、変異型のCALR遺伝子をUT-7/TPOとUT-7/EPOのそれぞれの細胞に導入しました。ここからがポイントです。これらをTPOやEPOがない状況で培養するという実験を行ったところ、UT-7/TPOは増殖したんです。TPOがない状況なので死んでしまうと思っていたのですが、なぜかどんどん増えていくんですね。これはつまり、通常はTPOが存在しているときのみに活性化するTPO受容体が、変異型のCALR遺伝子から発現したタンパク質により異常な活性化を受けることで、細胞が腫瘍化したと考えることができます。

ーーこの研究成果は、昨年論文発表されたと伺いました。

はい。嬉しいことに今回の論文が、2016年の『Blood』誌のトップ10に選ばれたんです。Bloodは、血液関係の国際専門誌では最高峰の雑誌と言われていて、年間1000報以上の論文が掲載されます。私の作ったUT-7とその亜株をもとに、研究室のスタッフが腫瘍化のメカニズムの分子病態を明らかにしたということが、国際的に評価されたのではないかと思います。基礎の基礎となるUT-7を発見してから長い時間が経ちましたが、ようやく創薬への光明が見えてきたように思います。

ーーところで、UT-7 は小松先生が狙って発見されたものなのでしょうか。

もともとある細胞株を処理する過程で、サイトカインと思われるタンパク質を発見しました。どんな物質だろうと思い1年間かけて純化したのですが、それが既に知られている「GM-CSF」という造血因子だったんです。未知のタンパク質であれば、そこからさらに研究を進めることができたのですが、既知のタンパク質を必死に純化していたということになりますので、その結果を知ってからは半分死んだような気持ちでした。

そんなある日、患者さんの骨髄を研究に使えることになりました。研究を進めるために骨髄を培養していたところ、ほとんどが1ヶ月くらいで死んでしまったんです。どうしたものかとアレコレ考えていたその時、冷蔵庫の中に私が純化したGM-CSFがたくさん残っていることに気付きまして、どうせ使う予定もないしもったいないからこの細胞にかけてみようと思ったんですね。そしたら、ほとんど死んでいた細胞たちが元気になって、増え出したんです。これがUT-7の誕生のきっかけになりました。

ーーもし捨てていたら、この発見はなかったということですね。

ラッキーな発見でしたね。当時は私もGM-CSFの件で落ち込んでいましたし、細胞たちもほとんど死にかけていたのですが、GM-CSFをかけたことでいろいろな意味で「起死回生」しました。起死回生といえば、ウルトラセブンじゃないですか。最初はその細胞株にウルトラセブンという名前をつけたのですが、当時のボスに品がないからやめなさいと言われまして(笑)。でもどこかにウルトラセブンを残したいと思い、UT-7と命名しました。30歳前後の出来事でしたが、研究人生の一番のターニングポイントでしたね。

ーーUT-7 のような基礎研究のなかで生まれた発見があったからこそ、現在創薬に向けて研究を進めることができているわけですよね。

医学分野の基礎研究の成果は、最終的には患者さんに還元されるべきものです。でもどのように還元できるかなんて、研究している段階ではわかりません。創薬の場合では、薬の候補となる分子をたくさんスクリーニングしていくなかで、ほんの一部だけが実際の薬になります。確実にデータになることや、目先の結果が見える研究だけをやっているだけでは、研究に発展性はありませんよ。研究アイデアが結果に結びつくかどうかなんて、やってみなければわからないこともありますから。基礎研究では常に裾野を広げ、いろいろな可能性が育つ土壌を作ることによって、良い研究が生まれてくるのではないかと私は信じています。

ーークラウドファンディングは可能性を広げるひとつの方法かもしれませんよね。

今回クラウドファンディングに挑戦して良かったと思ったことは、研究費の部分はもちろんなのですが、患者さんから「私も支援しましたよ!」「研究に参加している意識を持てました。」というようなコメントをいただけたことです。患者さんと一緒に研究を進めていこうという一体感を覚えることができて、気が引き締まると同時に、とても嬉しく思いました。

ーーこれからの目標について、教えてください。

基礎研究をもとに薬を作って、薬を患者さんに届けて、患者さんたちを笑顔にしていくことです。これは医者としての最高の喜びです。実現のために全力で研究に取り組んでいきたいと思います。

研究者プロフィール:小松則夫教授
順天堂大学大学院医学研究科血液内科学主任教授。1981年、新潟大学医学部を卒業。自治医科大学医学部血液科に23年間在籍。2004年、山梨大学医学部血液内科(現血液・腫瘍内科)の初代教授に就任。2009年から現職。日本血液学会の機関誌である「臨床血液」編集長。骨髄増殖性腫瘍患者・家族会(MPN-JAPAN)医学顧問代表。自ら樹立した白血病細胞株「UT-7」やその亜株を用いたサイトカイン細胞シグナル伝達機構の研究に取り組み、2016年にはこれらの細胞株を用いて変異型calreticulinによる骨髄増殖性腫瘍の発症メカニズムを世界に先駆けて解明した。「人材こそ宝」をモットーに、Physician-Scientistの育成に努めている。

小松先生を中心とした研究チームが挑むクラウドファンディング、現在セカンドゴールの150万円を目指して挑戦中です。残り期間は24日。ぜひ、プロジェクトページをご覧のうえ、応援をよろしくお願いいたします。

この記事を書いた人

柴藤 亮介

アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。