旅行で訪れた異国の地で、現地の人びとと交流し、「こんな習慣があるのか」と驚いた経験が、みなさんにもあるかもしれません。たとえば挨拶ひとつとっても、ハグをされたりキスをされたりすると、日本で生まれ育った私などは、どぎまぎしてしまいます。そして翻って、挨拶は会釈が基本だと、私が当たり前に思って(思い込んで)いたのだと、気付かされます。このように、人は、自分の所属している集団の外に出なければ、自分自身について考え直すことが案外難しいものです。

では、日本人という集団ではなく、もっと広く、「人間という集団の外」はどこになるでしょう。その答えのひとつが、ヒト以外の霊長類です。なかでもチンパンジーは、遺伝的に最もヒトに近縁な種であるため、ヒトの進化の隣人として、多くの興味と注目を集めています。私はこれまで、合計で2年近く、アフリカに住む野生チンパンジーの集団を追いかけながら、「人間としての自分」を強く意識させられてきました。今回は、その一例として、つい先日発表した研究成果について、ご紹介したいと思います。

調査の一場面。現地の調査アシスタントと共に、チンパンジーを追いかける

ヒトの離乳時期は「早い」

ヒトの進化の過程を考えるうえで、特に、ヒトとその他の霊長類の「生活史(性成熟する年齢、初産の年齢、寿命など)」を比較することは、重要な方法のひとつです。先行研究により、「離乳時期の早期化」がヒトの生活史の特徴として挙げられます。狩猟採集などを生業としているヒトの集団を網羅的に調査した研究によれば、赤ちゃんがおよそ2.5〜3歳になった時期に、母親は授乳をやめるとされています。ヒトに遺伝的に最も近いチンパンジーの離乳時期は、お乳をくわえるのをやめる時期や、母親が次の子を妊娠する時期を基準に4〜5歳とされてきました。

赤ちゃんが早く離乳すると、母親はより短い間隔で次の子を妊娠することができます。つまり、「離乳時期の早期化」は、ヒトが多産になったことと関連付けられます。ヒトの祖先は、森で暮らし続けた類人猿の祖先とは対照的に、捕食者による危険が大きい開けた環境で暮らしていたと考えられており、ヒトの「離乳時期の早期化」は、こうした環境への適応と関係していると考えられています。

赤ちゃんにとっての離乳=栄養的自立の時期

一方、ヒトとチンパンジーでは、離乳時期を調べる方法が両者で異なっていることが問題点として挙げられます。ヒトは「母親からの聞き取り」のデータに基づいているのに対し、チンパンジーは「お乳をくわえなくなる時期」や「母親が次の子を妊娠する時期」など、主にフィールドでの観察から得られたデータに基づいてきました。こうしたデータでは、乳首をくわえているだけで実際にお乳を飲んでいない「甘え吸い」や、夜間に授乳している可能性を確かめることができず、赤ちゃんにとっての離乳時期、つまり「母乳への依存度を下げ、他の食物で栄養をまかなうことができる時期」を調べることができません。

しかし近年、長期にわたるフィールド調査の結果から、孤児が生き残ることができる境界の年齢が3歳前後であることがわかってきました。つまり、3歳以上の赤ちゃんは、母乳がなくとも生きていける可能性があります。また、多くの霊長類で離乳時期との一致がみられる第一大臼歯の萌出年齢が、野生チンパンジーでは3歳前後であることが明らかになりました。つまり、これらの最近の研究成果から、これまで考えられてきた「4〜5歳」より、チンパンジーの赤ちゃんは早期に栄養的に自立している可能性が示唆されます。

3歳近いチンパンジーの赤ちゃんが、操作の難しい食べ物を自力で食べている様子。お母さんが赤ちゃんの食べる様子を覗き込んでいる。その他の個体は毛づくろいしている

赤ちゃんの食べ方は3歳前後で大きく変化

そこで本研究では、タンザニアのマハレ山塊国立公園(以下、マハレ)でフィールドワークを行い、野生チンパンジーの赤ちゃんの食生活の発達変化を調べました。マハレは、京都大学を中心とした研究チームが、50年近くにわたって野生チンパンジーの観察を続けているフィールドです。野生のチンパンジーはオスが比較的人に慣れやすいのに対し、メスは人を警戒しやすいため、観察が難しいとされてきました。マハレは長期調査のおかげでチンパンジーが人によく慣れており、特に赤ちゃんの詳細な観察が可能であるという点で、世界でも有数のフィールドであると言えます。マハレでの2年近い観察の結果、チンパンジーの赤ちゃんは3歳前後において以下の3つの傾向を示すことがわかりました。

・より長い時間を採食に費やす
・消化の難しい「葉」をより長い時間採食する
・他個体からの分配なしに、自力で「物理的に処理の難しい食べ物」を採食する

横軸は月齢。点線は3歳を示している。 [A] 乳首接触時間割合の発達変化。従来の離乳の定義と同じ、4〜5歳で大きく減少する。 [B-1] 採食時間割合の発達変化。3歳前後で大きく増加し始める。 [B-2] 葉の採食時間割合の発達変化。3歳前後で大きく増加する。 [B-3] 操作の難しい食べ物を、他個体からの食物移動に依存する時間割合の発達変化。3歳前後で大きく減少する

食生活の変化は、赤ちゃん特有の問題の解決?

赤ちゃんは大人と違って消化器官や身体機能が未発達なので、赤ちゃんならではの食べ難さがあると言えます。植物の葉は一般的にタンパク質含有量が高く、野生チンパンジーにとって重要な食物です。しかし、葉はタンニンなど2次代謝物を多く含むため、消化器官が未発達な赤ちゃんにとっては多く食べられないものであると言えます。本研究結果から、3歳前後のチンパンジーの赤ちゃんは、葉を長時間食べることができるようになる、ということがわかりました。また、赤ちゃんは咀嚼器官などが未発達のため、たとえば硬い殻に覆われた果実など、自力で採食が困難な食物が存在します。本研究結果から、3歳前後の赤ちゃんは、そういった「物理的に処理の難しい食物」を、他個体からの食物分配を受けずに、自力で採食する時間割合が高くなる、ということがわかりました。

これらの結果をまとめると、チンパンジーの赤ちゃんは3歳前後において、赤ちゃんならではの食べ難さが緩和し、大人と同様の食べ方ができるようになる、と言えます。つまり、本研究は、「野生チンパンジーの赤ちゃんが、これまで考えられていた離乳時期よりもかなり早い段階で、母乳への依存度を大きく下げている」という予想を、行動学的見地から初めて支持したものと言えます。

人類進化への洞察:離乳という現象を捉え直す

これまで、「お乳をくわえなくなる時期は、赤ちゃんが栄養的に自立する時期と一致している」と、当たり前に考えられていました。しかし本研究は、この「当たり前」を見直す必要があることを示しています。そこで、この観点から先行研究を調べ直してみました。離乳時期について調べられている類人猿(チンンパンジー・ゴリラ・オランウータン)以外の霊長類では、「お乳をくわえなくなる時期」「赤ちゃんが栄養的に自立する時期」「母親が次の子を妊娠する時期」が概ね一致していました。しかし、類人猿においては、「お乳をくわえなくなる時期」と「母親が次の子を妊娠する時期」は一致するものの、「赤ちゃんが栄養的に自立する時期」がかなり前である可能性があります。本研究は、これまで「離乳」という言葉でひとくくりにされてきた、これらの時期のずれの存在を、行動から初めて示唆した研究と言えます。

翻ってヒトの特徴を考えると、ヒトは「赤ちゃんが栄養的に自立する時期」よりも前に、「母親が次の子を妊娠する時期」がくることが可能です。この特徴は、類人猿と比較すると、より特殊なものであるということがわかります。このヒトの特徴的な離乳方法について重要な役割を果たしているのは、やわらかく調理され、なおかつ母親以外の誰かが赤ちゃんに与えることができる「離乳食」の存在かもしれません。本研究成果は、ヒトの進化の過程を考えるうえで、赤ちゃんにどのような影響があり、また、赤ちゃんがどのような役割を果たしたかを考察するための足がかりになると考えています。

参考文献

Matsumoto, T. Developmental changes in feeding behaviors of infant chimpanzees at Mahale, Tanzania: Implications for nutritional independence long before cessation of nipple contact. American Journal of Physical Anthropology, 2017.

Tsutaya, T., Shimomi, A., Fujisawa, S., Katayama, K., & Yoneda, M. (2016). Isotopic evidence of breastfeeding and weaning practices in a hunter–gatherer population during the Late/Final Jomon period in eastern Japan. Journal of Archaeological Science, 76, 70−78.

Matsumoto, T., Itoh, N., Inoue, S., & Nakamura, M. (2016). An observation of a severely disabled infant chimpanzee in the wild and her interactions with her mother. Primates, 57, 3−7.

この記事を書いた人

松本卓也
松本卓也

総合地球環境学研究所・日本学術振興会特別研究員(PD)。2016年に京都大学理学研究科(人類進化論研究室)を博士後期課程研究指導認定退学後、現職。タンザニア連合共和国のマハレ山塊国立公園で、野生チンパンジーの行動観察をしている。人類進化の過程で赤ちゃんの果たした役割について、11ヶ月齢の息子(ヒト)と野生チンパンジーの赤ちゃんを見ながら考え中。個人HPはこちら