卵を守るオス – タガメの父親による卵保護行動はアリに対しても有効か?
昆虫の親による子の保護
私たちヒトを含む動物のなかには、子供を天敵から守ったり、餌を与えたりするような保護行動を示すものがいます。昆虫では、アリやハチのような真社会性に加え、一時的に卵や幼虫のみを保護する種(亜社会性)が知られています。親による子の保護行動がどのような過程で進化したのかを解き明かすことに、行動生態学や進化生態学を専門とする研究者は興味を抱いています。
よく考えてみてください。昆虫って卵を産んだ後に親がどこかへいなくなってしまう種が多いような気がしませんか? 献身的に親が子供の保護をすることは珍しい現象であり、なぜこのような行動が進化するのでしょうか? 親が子供の保護をするという行動は、社会性進化への第一歩です。ヒトを含む動物が社会性を発達させた背景を類推するうえで、たとえ昆虫であっても同じ地球上に誕生した生物について、親が子供の保護をする意義を知ることは重要なのです。
なかなか出会えなかったタガメの生態
タガメは日本最大のカメムシ目の昆虫で、水生昆虫としても日本最大です。鎌状の前脚で魚類や両生類、ときには爬虫類までも捕まえて食べてしまいます。農薬や環境の改変、人工照明の増加、大食漢ゆえに餌生物の減少が本種の個体数の減少につながり、現在は環境省の絶滅危惧種に指定されています。私の幼少期にはすでに身近な存在ではなく、憧れの昆虫でした。そのタガメの生態に興味を持ち、大学3年生からこれまでに採餌生態を中心に他種との種間関係について調べてきました。
タガメはオスが卵と孵化直後の幼虫をしばらく守ることが知られています。卵は70個ほどの塊で水上に産卵され、水分の補給が不可欠で、オスが卵に水をかけて世話をすることで卵の発育が進みます。さらに驚くべきことに、メスがオスの守っている卵を壊すことがしばしばあります。これは、メスによる“子殺し”行動であり、これによりメスは卵を守っていないフリーなオスを探す時間を節約していると考えられています。もちろん、オスは子殺しメスに抵抗し、卵を守り抜くこともあるようです。以上のように先行研究から、タガメの父親による卵保護の機能は、給水とメスからの防衛の2つが考えられていました。
父親は天敵から卵を守れるのか?
野外で観察をしていると面白いことに気づきました。タガメの卵が孵化するより前に、卵からオスがいなくなってしまうことがしばしば観察され、そういった卵はアリに襲われてしまうのです。水田やため池で調査をすると、岸辺近くの植物や水田の畔草に産卵された場合に、アリからの襲撃が頻発するようです。オスがいるとアリがやって来ないようなので、オスがアリの襲撃から卵を守っているのかもしれません。
このような仮説を検証するため、先行研究では、野外条件で実験的な親の取り除きが行われています。親が卵を守るカメムシ類やハムシ類で、“親を除去する処理区”と“親を除去しない処理区(対照区)”を作り、孵化率を比較するのです。 対照区に比べて“親を除去する処理区”の孵化率が低下すれば、親は天敵からの防衛に一役買っていると結論付けることができます。
タガメでもこの実験をしようと思いましたが、ひとつ問題が生じました。それは給水です。上で述べたように他の昆虫と違って、タガメの父親が卵に給水をすることが不可欠で、もし、父親がいなくなってしまうと卵が干からびて死んでしまうのです。そこで、屋内で実験を行うことにしました。屋内だと定期的に卵への給水(毎日決まった量の水を霧吹きでかける)が可能です。また、アリの飼育も可能なので、実験的にタガメの卵塊にアリが近づけるようなセットが組めます。
父親の防衛能力を検証する
私と学生の前田愛理さんと一緒に、以下の4つの処理区を作りました。“親あり+アリ接近”、“親なし+アリ接近”、“親あり+アリ接近なし”、“親なし+アリ接近なし”。“○○+アリ接近”の処理では、アリが卵に歩いて近づけるように、アリの巣とタガメの卵付きの棒をストローで連結するようにしました。
“親なし+アリ接近なし”処理区は、人工的な給水を行った場合の孵化率を比較するための処理です。もし、この処理区で著しく孵化率が悪いとすれば、たとえ“親なし+アリ接近”処理区の孵化率が下がった場合でも、単に「実験者の給水の仕方が悪いだけではないか!」、という批判に反論することができません。
さて、実験の結果はどうだったでしょうか。“親なし+アリ接近”処理区で卵の孵化率が平均で45.3%であったのに対し、他の3処理区ではおおよそ80%の孵化率で、これら3処理間で統計学的な違いはありませんでした。
この結果から、「タガメの父親がアリから卵を守り抜く」ことが証明されました。また、細かく観察していると次のようなこともわかりました。(1)“親あり+アリ接近”と“親なし+アリ接近”の処理区間で、アリの卵への接近率を比較すると、“親あり+アリ接近”よりも“親なし+アリ接近”の方が高い。(2)“親あり+アリ接近”処理区内でアリの接近を朝、昼、夕方、晩に観察すると、父親が卵に覆いかぶさるときよりも、父親が水中に戻っているとき(タガメの父親は定期的に水中に戻り自身への水分補給や採餌を行う)に、より多くのアリが卵に接近しやすい。以上の(1)と(2)を併せて考えると、アリは父親の存在自体を苦手としているようです。
驚きのアリ撃退法
実験を行うまで、体が大きなタガメに小さなアリが集団で襲ってくると、タガメは太刀打ちできずに、卵保護を放棄してしまい、その結果として「父親がいなくなった卵はアリに襲われる」となるのではないかと考えていました。ところが、今回の実験で確認されたこととして、アリが卵に近づいてきた際に父親が前脚でアリを払いのけることに加え、稀に青臭いバナナのような臭いを発することを確認しました。
実は陸生の亜社会性のカメムシ類でもアリなどの天敵の接近時に“カメムシ臭”で追い払うことが確認されており、まさにそれと同じようなことをタガメもしていたのです。陸生カメムシの臭い攻撃について文献を読んで知っていたので、臭いを嗅いだ瞬間に「アリを撃退するためだ!」と直感しました。一方、アリの接近がない、つまり“親あり+アリ接近なし”処理区では、父親は臭いを一切出しませんでした。さらに別の実験で、この臭いにはアリを寄せ付けない効果があることを確かめました。野外で父親不在の卵がアリに襲われる現象は、父親による育児放棄ではなく、何らかの理由で父親が不在となってしまった後に起こった悲劇だったようです。
タガメには中脚の付け根に臭腺があり、特にオスで大きいことが知られています。オスの方で大きい理由として、性フェロモンを放出する、卵の場所を見失わないように臭いの目印をつけるためとする説が提唱されていました。これに加え、私たちの研究でアリを撃退する際にも使われることがわかったのです。タガメを含む水生のカメムシ目は、もともと陸上で生活していたようですが、生活圏を求めて水生生活をする進化が起こったと考えられています。水生生活を始めるずっと前から、アリを撃退する術を持っていたのでしょうか。アリを臭いで撃退する習性は水中生活に進化したタガメも失うことなく、今も受け継がれた形質なのです。
参考文献
- Ohba S, Maeda A (2017) Paternal care behaviour of the giant water bug Kirkaldyia deyrolli (Heteroptera: Belostomatidae) against ants. Ecological Entomology in press
- Ohba S, Hidaka K, Sasaki M (2006) Notes on paternal care and sibling cannibalism in the giant water bug Lethocerus deyrolli (Heteroptera: Belostomatidae). Entomological Science 9: 1-5.
- 大庭伸也 (2002) タガメの卵塊における一斉孵化メカニズムとその意義.昆蟲ニューシリーズ 5: 157-164.
この記事を書いた人
- 長崎大学教育学部准教授。幼い頃から止水性の水生昆虫に興味がありました。タガメなどの水生カメムシの配偶や採餌に関する行動学的研究をはじめ、ゲンゴロウ類の生活史や行動などの研究をライフワークとし、最近はボウフラの捕食回避行動の解明とその教材化にも取り組んでいます。
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