「ウミガメ」と聞くと、テレビなどで観たその産卵風景などを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。私たちにとって身近な動物のように思えるが、ウミガメがどこで生まれ、どのように成長しているのかということは、実はあまり知られていない。今回、ウミガメの青春時代の生態について研究に携わり、現在クラウドファンディングで研究費を募っている東京大学大学院・木下千尋さんにお話を伺った。


ーそもそも、ウミガメは陸生のカメと何が違うのでしょうか。

大きな違いは、居場所です。ウミガメは海に、その祖先となるカメは陸に住んでいます。もともと陸に住んでいたカメが、居場所を少しずつ海に移していき、ウミガメに進化したと言われています。ウミガメはカメとは異なり、泳ぐためのヒレを持っていたり、水圧に応じて変形する甲羅を持っていたりなど、海洋で生きるのに適した体をしています。

ーウミガメは一般的にどのような一生を送るのでしょうか。

まず、大人のメスが砂浜で卵を産みます。私の研究対象であるアカウミガメやアオウミガメと呼ばれる種類では、1年で平均100個前後の卵を、3回から4回に分けて産むんです。1シーズン中に、2〜3週間の間隔でたびたび同じ砂浜を訪れ、産卵を繰り返します。

ー孵化したウミガメたちは、どのように過ごすのでしょうか。

生まれたばかりのウミガメたちは、一斉に沖を目指して動き出します。これはフレンジーと呼ばれている行動で、「とりあえず動いて沖の方に行かなきゃ!」というような興奮状態になり、2〜3日間休むことなく沖に向けて泳ぎ続けるんです。

Photo by Tomoko Narazaki

ー生まれた直後から大変ですね……。なぜ、このような行動を?

沿岸域にいると、カモメや大型の魚に食べられちゃうんです。ウミガメの死亡率はこの時期が最も高くなっています。捕食者の少ない沖に逃れることができれば、ウミガメはクラゲなどの浮遊生物を食べて大きくなって、再び沿岸域に戻ってきます。そして卵を産める状態のメスは、産卵のために上陸します。

ー大きくなれば、カモメや大型の魚には食べられないというわけですね。

そういうことです。ウミガメは自分自身の成長率を最大化するように、本能的に動いていると考えられます。沿岸域ではカロリーの高いエサを食べられるけれども敵が多く、沖合域では敵は少ないもののカロリーの少ない餌しか食べることができません。体の大きさに応じて、2つの海域を行き来しているということになります。

ー沿岸域に残り続けるハイリスク・ハイリターン狙いのウミガメもいそうですね(笑)。

オーストラリアにいるヒラタウミガメは、沖合には出ずに、沿岸で過ごしているようですよ。生まれた子供のサイズがほかのウミガメよりも比較的大きいみたいです。おそらく沿岸にいても大丈夫だと判断しているのだと思いますが……、明確な答えは出ていません。

ー生まれてから数日間と産卵上陸時は、ウミガメを直接観察できるということですね。

そうですね。一方で、ウミガメが子供から大人になるまでのプロセスについては、観察が難しいため調べるのが大変で、全然わかっていないんです。私がクラウドファンディングで実現したい研究は、まさにここの部分です。今回の研究では、識別するための番号が書かれ胸ビレにつける「識別タグ」と体内に挿入する「PITタグ」、そして海中のウミガメの様子を記録する「ビデオカメラ」を用いることで、ウミガメが何年かけて大人になるのか? 何をしに三陸に来ているのか? ということを明らかにしたいと思っています。

ーこの研究テーマは、いつ頃から進めているのでしょうか。

三陸にウミガメがきていることに気づいたのは、実は2005年からで、指導教官の先生と先輩方が地元の漁師さんたちと一緒にウミガメの調査フィールドを開拓してくださいました。最初はウミガメの形態計測モニタリング調査にはじまり、「いつ、どんなウミガメが三陸にくるか?」を明らかにし、私が調査に参加した2015年あたりからは、食性を1ヶ月以上遡って調べたり、水温が低い三陸沿岸域での消費エネルギーを調べるなど「なぜウミガメが三陸にくるか?」の部分に焦点をあてて調べています。おそらく三陸沿岸域は、太平洋におけるアカウミガメとアオウミガメの生息域の北限です。「なぜ三陸にくるか?」の部分が解明されれば、ウミガメが1億1000万年もの間生きてこられた環境適応能力を明らかにするのに、大きなヒントになると考えられます。そのためには、長期のモニタリング調査が重要です。

ーウミガメに付ける装置を見せていただけますか。

ウミガメの活動度が数値化できる加速度計、泳ぐ速さが取得できるプロペラ、水温計、深度計と、12時間録画できる水中カメラをこの赤い浮力体にとりつけます。ウミガメの頭全体がしっかりと映るように角度を整えます。この模型のカメは小さいですが、本番はもっと大きいウミガメにとりつけて、装置によって行動が妨げられないように配慮しています。

ただし、ウミガメは放した場所に戻ってきてくれるわけではないので、装置を回収するためにひと工夫が必要です。この浮力体には切り離しタイマーも一緒にとりつけており、たとえば、1週間後に切り離すという形で設定できるんです。1週間経ったら、浮力体がウミガメから離れて、浮力によって上昇し、海面を漂う。すると、カメラと逆サイドについている発信機から電波が発信され、船で回収することができます。ちょっとアナログな方法かもしれませんが、回収率は100%なんですよ。

ーこの装置全体でどれくらいの費用がかかるのですか。

加速度計や水温計、ビデオカメラなどをすべて合わせると300万円くらいします。ウミガメは400m近くまで潜るため、水圧に耐えれるようにする必要があり、どうしても高価になってしまいますが、回収できれば繰り返し使うことができます。最近は、装置の性能がどんどんよくなって、軽くて安くて記録時間の長いものが開発されてきています。

ーウミガメの行動を記録することで、どのようなことがわかってきたのでしょうか。

たとえば、いままでアカウミガメは冬に冬眠すると言われていたのですが、太平洋のアカウミガメは冬眠せずに活動的であることがわかりました。現在は、代謝速度や体温を調べることで、なぜ同じ種類なのに冬の行動様式が違うのかを調べています。このように、行動を記録する「バイオロギング」の研究手法は、今まで人間が観察できなかった動物の行動を調べるのに非常に良いツールだと思いました。

ー動物全体だと、たくさんのバイオロギング研究がありそうですよね。

そうですね。ウミガメのほかにも、海鳥や魚、クジラなどがあります。滑空している海鳥の飛行経路から海上の風を推定したり、マンボウが海面と海中を行き来する理由を解明したり、動物の行動にはちゃんと理由があるんだなあと感心します。バイオロギングの研究はもともと、動物の動きを追うことがメインだったのですが、最近では、異分野融合を視野に入れたテーマも考えられています。たとえば、ウミガメが50から300mまで潜る時に、深度に応じた水温を記録することができます。つまり、ウミガメを用いて海中の鉛直方向の水温分布を知ることができるのですが、気象学の知見と組み合わせると、気象予測に役立つ可能性もあるのではないかと言われています。

ー海中の水温分布って、測定されていないんですか。

現在は、アルゴフロートという観測機器を使って測定しているのですが、測定間隔が10日間とすこし間が空いてしまうようです。でもそうすると、2~3日で急激に発達する爆弾低気圧などに対応することはできません。ウミガメだと1日毎のデータがとれるので、アルゴフロートの欠点を補える可能性があります。

ー動物のリアルタイムの行動を追うために発達したノウハウが、ほかの分野の弱点を補う可能性があるということですね。

そうですね。気象学の専門家の欲しいデータと、動物が記録できるデータは重複する部分も多いかと思います。うまく分野が融合できれば、動物の行動データが社会実社会に役立つようになるかもしれません。

ー海外の「CHIMP&SEE」というサイトでは、一般の人たちがアフリカの森に仕掛けられた数千台のビデオカメラに映る映像をリアルタイムで分析することができます。分析といっても実際に行う作業はシンプルなのですが、将来的にはウミガメの研究も似た形で進められるように感じました。

衛星でウミガメの動きをリアルタイムで捉えられるようになれば、そのようなことも可能になるかもしれませんね。今はどうしても、甲羅に取り付けた装置にデータを溜め込むタイプしかないので。一度仕組みができてしまえば、私たち生態学のコミュニティにも、気象学のコミュニティにも、民間企業にもメリットが出ると思いますので、新しい研究の形が一気に発達していくのではないでしょうか。

***

木下千尋さんのクラウドファンディング・チャレンジ、現在の支援総額は577,820円、達成率96%です。ぜひ応援をお願いします!

研究者プロフィール:東京大学大学院大気海洋研究所の博士課程前期2年で、岩手県沿岸域を中心にウミガメの研究をしています。ウミガメは温暖な海域に生息するイメージの強い動物ですが、水温15℃以下の低水温でも生き延びることができ、北は北海道まで目撃例があります。外温動物であるにもかかわらず、さまざまな環境に適応できるウミガメの不思議さとタフさに魅了されました。その仕組みを解き明かそうと、漁師さんから引き取ったウミガメの計測や実験を日々行っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。

この記事を書いた人

柴藤 亮介

アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。