現在クラウドファンディングに挑戦中の国立極地研究所・植竹淳研究員は、氷河微生物生態学を専門としており、世界各国の氷河を訪問し、現地の微生物の調査研究を行っている。一方で、今回の研究プロジェクトは、東京スカイツリーの地上高458m地点で微生物を集めてそれらの種類を明らかにするという、氷河とは一見関係のなさそうな研究である。スカイツリーと氷河の接点は、どのようなところにあるのだろうか。

国立極地研究所・植竹研究員


ー国立極地研究所に「極地」という言葉が含まれているのですが、そもそも「極地」とは何を指しているのでしょうか。

一般的には、北極と南極を指すことが多いです。ただ、広義の意味では、第三の極地として「高山」が含まれることもありますね。

ー実際、どのような国の極地に訪問されたのでしょうか。

ロシア、中国、アメリカ、ブータン、チリ、コロンビア、ケニア、ウガンダ、ノルウェー、デンマーク(グリーンランド)……くらいですかね。インドネシアにはまだ行けていないので、そのうち行きたいとは思っています。

ー極地での作業内容について、教えてください。

研究をはじめたころは、アイスコアという筒状の昔の氷を掘削していました。アイスコア中の微生物に注目して、100年から1000年スケールの気候変動を復元しようとする研究を進めていたのですが、さまざまな微生物を見ているうちに、実際に生きている微生物に興味が湧いてきたんです。氷河表面には、たくさんの微生物がいることに気付いたので、アイスコアの研究と並行しながら氷河の微生物の観察を進めていました。

ー氷河に微生物がいるかどうかって、肉眼でわからないような気がするのですが……。

それが、わかるんですよ。微生物のいる場所って、黒っぽくなっているんです。この色は、微生物が作った有機物を、他の微生物が分解することでできた腐植の色です。私は微生物の生息するところがすごく気になってしまい、一般的に美しいと言われている氷河の写真を見ても、汚いところばかりに目がいってしまうんですよ(笑)。


ー植竹先生の専門とする「氷河微生物生態学」は、何を明らかにする分野なのでしょうか。

たとえば、微生物活動で氷河に黒っぽい部分が増えると、太陽光の反射率が低下するので、氷の減少が顕著になると考えられています。このように微生物が引き起こす氷河の環境変化を調べる研究もあれば、微生物群集構造そのものの変化や、微生物どうしのコミュニケーションに注目する研究も考えられています。また、光の届かない氷河の内部には、酸素のない状態で生きられる微生物がいて、氷河内部の岩を風化させたりしています。氷河表面と氷河内部において、微生物の振る舞いや微生物が生態系に及ぼす影響を研究する分野が「氷河微生物生態学」であると私は考えています。

ーその分野が、スカイツリーでの研究と結びつくということなのでしょうか。

そうですね。氷河は年々移動していき、氷がなくなった場所はやがて土壌になります。その土壌が乾燥すると、土壌を構成していた微生物たちは風に乗って別の場所に移動し、雨や雪と一緒に地面に落ちるはずです。つまり氷河は、その周辺だけではなく、遠くの微生物生態系に何かしらの影響を与えたり、または与えられたりしているのではないかと考えられるんですよね。

これを検証するためには、氷河の上でも大気を捕集し続ける必要があるのですが、極地の大気に含まれる微生物量は少ないため、十分な微生物が捕集できない可能性があります。また僻地ということもあり、電源の確保が難しいという問題も生じてしまいます。将来的にはそういう研究も進めていきたいのですが、そもそも私たちの住む街の大気に含まれている微生物についてすら、あまり研究が進んでいないのが現状です。そこでまずは人の集まる都会でやってみようと考え、スカイツリーでの研究を始めました。

ースカイツリーのような高い場所の空気を集める理由について教えてください。

スカイツリー上空458m地点には、長距離輸送されてくる微生物が多いのではないかと予想しているからです。長距離輸送された微生物と、海や山から飛んできた微生物が混ざったものを確保できる場所が、スカイツリーだと考えています。


ー微生物をどのように捕まえ、分析するのでしょうか。

1分間に15リットルの空気を、72時間継続して引っ張ります。そこで吸引した微生物の全てが、設置したフィルターの上に乗っているということになります。その後、フィルターごと溶液に入れて、物理的に壊します。まず、小さなガラス玉が入ったチューブに、フィルターを入れます。チューブを振ると、玉がボコボコと試料に当たって、細胞やフィルターが破砕されます。そして溶液中に出てきたDNAを抽出して、遺伝子を増幅し、増幅した遺伝子を次世代シーケンサーという装置で読んで、微生物種の割合を予想していきます。

ー微生物種の割合がわかったとすると、どのようなことが言えるのでしょうか。

それは、出たとこ勝負です(笑)。得られた情報から、何に価値があるのかを見つける必要があります。たとえば、捕獲された微生物種の時間変動や、温度、風向きなどのような環境データを利用して、特定の微生物種が春に多いのか、冬に多いのか、あるいは両方なのか、というようなタイプ分けをすることができたりします。それを評価するための準備も同時に進めていきます。

ー今回、植竹先生と一緒に研究体験できるリターンがありますが、どこまで一緒に進められるのでしょうか。

遺伝子を抽出し、増幅するところまでは試していただけるかなと思います。次世代シーケンサーで遺伝子を読むところも一緒にできれば良いのですが、この作業は一発勝負なんです。試薬をひとつ買ったら、一回で終わるハイリスクな作業になるので、そこは私たちが担当します。

ー研究者と一緒に研究ができる点が面白いですよね。

研究で解明されたことを伝えるよりも、一般の方々からのフィードバックをもらいながら進めていきたいです。たとえば、個々の家庭からのアンケートをとることで、どのような条件で家庭内の微生物叢が決定されるのかわかるようになるかもしれません。そのためには、世帯に何人住んでいるのか、男女比はどうか、ペットはいるか、部屋の掃除は何日置きにしているのか、掃除機は何を使っているのか、空気清浄機は使っているか、換気扇はどの頻度で使っているか、窓は一日どれくらいの頻度で開けているのか……、細かいところまで聞く必要があります。

ーたしかに、そこまでデータを取らないと意味がなさそうです。

逆にその辺りの情報が集まれば、窓を頻繁に開ける人のところには実は外から微生物が入ってきていますよとか、空気清浄機はあまり意味ないですよとか、そういうことがわかるようになります。また、部屋の中にいる微生物の半分は居住者由来で、残りは外から入ってきているのではないかと思うので、日本の南から北まで満遍なく調べることができたら、外から入った微生物の地理的分布を見ることができます。実験量は膨大になるので、今のところはただの妄想ですが、インパクトがあり意義のある研究になると思います。まずは第一歩となる実験を、クラウドファンディングを通じて成功させたいですね。

ー今後、実現していきたいことがあれば、教えてください。

氷河と大気の両分野で研究しているので、両者をつなぐ全球的な研究を行いたいです。グリーンランドのような極地であろうとアフリカのような熱帯であろうと、氷河は温度が低く保たれ、栄養も少ないなど、共通した特徴を持ちます。地球全体をふわふわと舞っていた微生物たちが、落ちた先の氷河のタイプでセレクションされて、たとえばある国ではこの種の微生物が増えるけど、こちらの国では増えないというようなことを調べることができるので、氷河は研究を進めるうえで理想的な環境であると考えています。このような大気の研究は、まだまだ発展途上なのですが、方向性としてはズレていないと思うので、今の課題を拡大させてもっと大人数で取り組んでいきたいです。

ーテクノロジーの進化も、研究を後押ししそうですよね。

そうですね。今使っている次世代シーケンサーを用いる研究スタイルは、5年前にはなかったものです。これから5年後には、今時間をかけていることがすぐ実現できる可能性は大いにあり得ます。ただひとつ変わらないのは、微生物を採取するという行為です。たとえば、ロボットが微生物を1000件の家で採取するということは、まだなかなか考えにくいですよね。スカイツリーでの実験にしても、24時間連続で大気を集めることは、効率化で時間の短縮などできませんし。

となると、どこでどのようなサンプルをどの程度捕獲するのかというような、サンプリング戦略の立て方が、これからのフィールド研究で重要となると考えています。違いが出るところで実験を行う必要があるんです。もしかすると今回の私の研究も、「極地研なのにスカイツリーで研究やってるよ……」と思われているのかもしれませんが、自分の頭のなかでは、氷河と大気のつながりは間違いなくあるので、これをちゃんと可視化をして、データで示していきたいと思っています。

研究者プロフィール:国立極地研究所、国際北極研究センターで特任研究員として勤務しております。南極、北極及び世界各地の高山をフィールドに、氷河に生息する微生物たちとそれらが引きを越す環境への影響などをメインの研究テーマとしています。最近、熱帯から極域まで様々な地域を旅して、見つけてきた微生物に関するエピソードを著書にまとめました。

この記事を書いた人

柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。