植物と聞いて、どのようなイメージが思い浮かぶでしょうか。私たち動物と異なり動かない、静的な生物と思っている方も多いのではないかと思います。たしかに植物は、手足を持つわけではなく、動物のように動き回ったりはしません。しかし、動いて移動できないからこそ、植物は周囲の環境を敏感に感知し、柔軟に対処する必要があります。たとえば、植物も常に病原菌の脅威に曝されており、病原菌の存在を認識し、免疫応答を発動することで病原菌をはねのけています。今回のコラムでは、私たちが明らかにした植物の免疫応答の新しい一面をご紹介したいと思います。

植物の持つ自然免疫

免疫と聞くと、抗体などを思い浮かべる人もいると思うのですが、植物は抗体を作ることはできません。ではどのような免疫システムを持つかといいますと、細胞表面に病原菌を感知するセンサーを設置しており、このセンサーが病原菌を認識すると、免疫応答が発動します。この免疫システムは、哺乳類を含め他の生物にも幅広く保存されており、自然免疫と呼ばれています。

病原菌も「衣食住」を求めている?

病原菌は宿主に感染し、増殖します。しかしなぜ病原菌は、宿主に感染する必要があるのでしょうか。理由はたくさんあると思いますが、病原菌も生活に必要とされる「衣食住」を求めているのではないかと私たちは考えました。衣に関しては、細菌やカビは細胞膜や細胞壁を自前で有しているので、特に「食と住」を求めていると考えると、病原菌にとって宿主というのは、まさにヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家と言ったところかもしれません。

お菓子とは違いますが、病原菌は宿主から糖を摂取しています。植物は光合成により、空気中の二酸化炭素から糖を合成することができます。炭素というのは生命活動を営むうえで非常に重要な元素ですが、植物以外の生物は、他の生き物を食べることでしか炭素を獲得できません。そして植物に感染する病原菌も、炭素を得るために植物から糖を摂取しています。その摂取方法は戦略的に練られていて、たとえば病原細菌のイネ白葉枯病菌は、イネの細胞を操作し、細胞内に蓄えられている糖を強制的に細胞外へ排出させることで糖を摂取するというおもしろい例も報告されています。

糖を隠し、病原菌から身を守る

このように病原菌が植物から糖を盗んでいる一方で、植物はその暴漢を黙って見ているだけなのでしょうか。私たちは植物も何かしら対抗策を持っているのではないだろうかと考え、研究をスタートしました。

病原細菌の多くは、葉の表面に空気の出し入れを行うために空いている穴である気孔から葉の内部に侵入し、植物細胞の隙間で増殖します。そこで植物は、糖を細胞内へ回収することで、病原菌に糖を見つかりにくくしているのではないかと仮説を立てました。

植物病原細菌の多くは気孔から葉に侵入して植物細胞の隙間で増殖する

細胞は膜に囲まれているため、そのままでは糖は細胞内には入りません。糖を細胞内へ運ぶには、膜に埋め込まれている糖輸送体と呼ばれるタンパク質が働く必要があります。以前私たちは、植物細胞の糖の取り込みには、STP1とSTP13という2つの糖輸送体が主に関与していることを報告しました。そこでまずはじめにSTP1とSTP13の遺伝子を破壊した植物に細菌を感染させ観察すると、STP1とSTP13のない植物では、ある植物に比べて細菌の感染がより広がることがわかりました。

STP1とSTP13遺伝子を破壊した植物では病原細菌の感染が促進した

このことは、細胞外部の糖を取り込む糖輸送体の働きが、病原細菌の増殖を抑えることに大事であることを示しています。私たちの仮説を支持する結果が得られたため、次に、植物の免疫応答と糖輸送体の関係性についての解析を進めることにしました。

実験では、植物の免疫応答を活性化させ、糖の取り込み活性の測定を行いました。その結果、免疫応答が活性化すると、糖の取り込み活性が増加することがわかりました。これは、植物は病原菌が来た際に、細胞外部の糖を積極的に回収していることを意味します。またその糖の取り込み活性の増加は、糖輸送体STP13の働きによるものであることもわかりました。

さらに、STP13は植物細胞表面に設置されている病原菌センサーと結合し、リン酸化という修飾を受けることを見出しました。そしてそのリン酸化によって、STP13の糖の取り込み活性が増加するという結果も得られました。以上より、病原菌が侵入してきた際にはセンサーが活性化し、リン酸化によりSTP13の糖の取り込み活性を増加させることで細胞外の糖を回収して細胞の中へ隠していることがわかりました。

病原菌が侵入してきた際には病原菌認識センサーが活性化し、リン酸化により糖輸送体STP13の糖の取り込み活性を増加させることで細胞外の糖を回収して細胞の中へ隠している

なぜ糖が減ると、病原菌の感染力が弱まるのか?

糖は病原菌の栄養となるため、糖がない状況では、病原菌は増殖しにくくなります。しかし糖の役割は栄養としてのみではなく、細胞のスイッチとしての働きもあることが知られています。病原菌は、宿主の免疫応答を抑える病原性因子を分泌しています。病原性因子は通常は分泌せず、宿主に感染した際にのみ分泌します。植物に感染する細菌の場合は、糖がスイッチとなり病原性因子を分泌するということが知られていました。そこで植物細胞が細胞外の糖を回収することは、細菌の病原性因子の分泌の抑制に繋がっているのではないかと考えました。そして実際に、糖輸送体STP13がリン酸化されて糖の取り込み活性が上昇することで細菌の病原性因子の分泌が抑えられるということがわかりました。

以上の結果より、植物は細胞外の糖を隠して病原菌が糖を摂取しにくい状況を作ることで、病原菌に栄養を与えないようにして、さらには病原性因子の分泌を抑えることで、病原菌の感染力を弱めているということがわかりました。

おわりに

今回は、植物が病原菌に糖を渡さないようにしていることがわかりました。しかし共生菌には、植物は糖を渡していることが知られています。それでは、植物はどのように病原菌と共生菌を区別して、糖を渡したり渡さなかったりの制御をしているのでしょうか? このような点も大変興味深く、今後の研究で明らかにされていくことが期待できます。

参考文献

  • Yamada K, Saijo Y, Nakagami H, Takano Y. Regulation of sugar transporter activity for antibacterial defense in Arabidopsis. Science 354(6318): 1427-1430. (2016)
  • Yamada K, Kanai M, Osakabe Y, Ohiraki H, Shinozaki K, Yamaguchi-Shinozaki K. Monosaccharide absorption activity of Arabidopsis roots depends on expression profiles of transporter genes under high salinity conditions. J. Biol. Chem. 286(50):43577-43586. (2011)

この記事を書いた人

山田晃嗣
山田晃嗣
徳島大学大学院生物資源産業学研究部 特任助教。東京大学大学院農学生命研究科 博士課程修了後、独マックスプランク研究所 博士研究員、京都大学大学院農学研究科 日本学術振興会特別研究員PDを経て2016年5月より現職。植物を用いて宿主・病原体間の攻防の研究をしています。