分子マシンとは?

20xx年、とあるメーカーの生産現場では、半導体部品ではなく、大腸菌に作らせたタンパク質部品を試験管の中で混ぜ合わせ、新しい超小型コンピューターの製造を開始ーー。そう遠くない未来に、このような場面が当たり前のように見られるかもしれません。

2016年のノーベル化学賞を受賞した分子マシンの開発は、化学合成技術を駆使して有機分子にナノメートルスケールのスイッチやベアリングを実装し、きわめて小さな分子を操作することで動きや力を作り出すもので、大きな人工機械のミニチュア版を作るという従来の考え方とは一線を画した発想に基づいています。このような技術はまだ基礎研究の段階ですが、将来的には、全く新しい原理に基づいたコンピューターや、生体内で狙った部位にだけ働きかけて治療を行う分子ロボットなど、多様な応用を生むと期待されています。

生物は既に超高性能な分子マシンを持っている

一方で、私たち自身の体をよく見直してみると、ヒトをはじめとした生物自体が未解明の原理に基づいて動くマシンであり、驚くほどの数と種類の分子マシンで出来ていることに気づきます。なかでも、生物分子モーターは、生体内の通貨と呼ばれる ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解することで一方向に動く分子マシンで、筋肉の動きや細胞分裂など、生物のほとんどの動きを担っています.実際には、生物分子モーターには、回転モーターと並進モーターの二種類がありますが、ここでは並進モーターについてお話します。

生物分子モーターの大きさは、だいたい数十ナノメートル、つまり、人間の髪の毛の太さがだいたい50-80マイクロメートルですから、そのさらに千分の一という驚異的な小ささです。間違いなく世界で一番小さな自律型マシンでしょう。ここで自律型と言ったのは、生物分子モーターが、自分で周りの環境からエネルギー源である ATP を取り込んで前に進むことが出来るからです。その意味で、これは言わば物凄く小さな自動車です。このような自動車が確実に前に進むことは、実は簡単なことではありません。生物分子モーターが動いているのはナノメートルスケールの世界ですから、水分子が熱運動で激しく動くことによって1秒間に1兆回も衝突してくるような激しく揺れ動く世界であり、言ってみれば竜巻だらけの嵐の中で目的地に向かって運転するようなものです。

生物分子モーターが動く仕組み

生物の教科書を読むと、分子モーターの動作原理が既にだいたいわかっているかのように書いてあります。これまでの研究では、生物分子モーターは、細胞内に張り巡らされた、言わばレールとなる細胞骨格フィラメント構造に結合し、ATPを加水分解する前とした後で、大きく構造を変えるように設計されていて、この構造変化が、テコのような構造によって大きく増幅され、この動きとフィラメントとの結合が巧妙に共役することで、うまく一方向に動いていると説明されてきました。

そうだとすると、私たちは新しい生物分子モーターをデザインして創ることができるはずですが、実際にはこのような精密な動きをタンパク質の中にプログラムすることは困難です。技術的な困難もありますが、それ以上に、どのようにデザインすればよいかというもっとも基本的な指針すら立てられていません。人工機械の設計の考え方からは、ランダムな熱運動のようなものは”ノイズ”であり、大きなエネルギーを投入して抑え込むべきものでしたが、分子マシンのスケールでは、個々の分子に投入できるエネルギーの大きさに対して、熱運動が決して無視できない大きさを持っているのです。

新しい生物分子マシンを創ることで、その設計原理を理解したい

これまでのように、たった1回の進化の歴史の産物である既存の生物分子モーターを分析する研究だけでは、個別の生命活動に適した構造や機能を理解することはできても、ナノメートルスケールにおける一方向性運動の本質に迫ることは容易ではありませんでした。この原理を明らかにするためには、既存の生物分子モーターの分析に加えて、単純な機能を持つ要素を組み合わせることによって、目的とする機能を創り出すような構成的な研究手法が効果的です。

そこで私たちは、もう一度基本に立ち返り、生物分子モーターの主な動作を便宜的に3つに分けて考えてみました。ひとつ目は、レールとなるフィラメントとの立体特異的な結合を行うこと、2つ目は、ATP加水分解により適切なタイムスケールで結合・解離を繰り返すこと、3つ目は、この結合・解離のプロセスのどこかでフィラメントの一方へ動きのバイアスを持つことです。

このような動作をすべて持つ分子マシンを人為的に設計して作りたいのですが、現状では、所望の機能をもつタンパク質モジュールを一から設計して作る技術はありません。そこでまず、これらの3つの要素をもつ機能モジュールを自然界から選び、これを組み合わせることによって生物分子モーターになり得るか、という問いを立てました.

単純な一方向運動には精密なタイミング合わせは必要なかった

私たちは、上記の3つの要素のうち、フィラメントとの立体特異的な結合以外の機能を、生物分子モーターの一種、ダイニンを用いて実現することにしました.具体的には、ダイニンが本来レールとしている微小管との結合部位を、ダイニンとは無関係なアクチンと結合するタンパク質モジュールに置き換えました。

もし、微小管との結合部位がATPを加水分解する本体部分と密接に共役する必要があるならば、まったく無関係なアクチン結合部位に置き換えたときに簡単に運動能を失うであろうと予想されました。ところが、予想に反して、この新規分子モーターはアクチン繊維を滑らかに一方向に動かすことができた、つまり、新しい分子モーターとして十分に機能できたのです。

この結果からは、生物分子モーターの作動原理として従来想像されていたものよりもシンプルな原理の存在をうかがわせます。

さらに私たちは、これらの機能モジュールの立体的な組み合わせ方を変えるだけで、運動方向が逆転したモーターを簡単に作製できることを発見しました。

得られた知見をもとに運動モデルを検討した結果、私たちが作製した新規分子モーターは、熱運動の嵐を乗り越えるためにATP加水分解や結合・解離機能などのタイミングを精密に合わせることで対応しているのではなく、むしろ比較的単純なメカニズムによって、熱運動によるランダムな動きを一方向に整流することで運動を実現しているという可能性を提案しました。

今後の展望

所望の機能を持った新たな分子マシンを設計しようとすると、従来提案されてきたモデルでは難易度が高過ぎます。このようなマシンは数十億年の進化を経なければ不可能だ、と半ば諦めの気持ちも出てきます。しかし、熱運動を一方向にバイアスするだけであれば何とか設計が可能だと考えます。今後も、生物を動かしている分子マシンを真似て新しい生物分子マシンを創ることで、その設計原理を理解したいと考えています。

たとえば、今でこそスマートフォンやGPSナビのような技術が日常的に使われていますが、これは数十年前には誰も真面目に予想していなかったと思います。同様に、今はまだアイディアとして人々の頭にないけれども、数十年もすれば当たり前のように使われる技術の中核に、このような新しく設計された生物分子マシンが存在するかもしれません。

  • 参考文献
    A. Furuta, M. Amino, M. Yoshio, K. Oiwa, H. Kojima, and K. Furuta, “Creating biomolecular motors based on dynein and actin-binding proteins.”, Nature Nanotechnology, doi:10.1038/nnano.2016.238 (2016).
  • T. Torisawa, M. Ichikawa, A. Furuta, K. Saito, K. Oiwa, H. Kojima, Y. Y. Toyoshima, K. Furuta, “Autoinhibition and cooperative activation mechanisms of cytoplasmic dynein.”, Nature Cell Biology 16(11): 1118-1124 (2014).
  • M. Peplow, “The tiniest Lego: a tale of nanoscale motors, rotors, switches and pumps.” , Nature 525(7567): 18-21 (2015).

この記事を書いた人

古田健也
古田健也
2008年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。2008年 東京大学大学院総合文化研究科日本学術振興会 特別研究員PD、2009年 独立行政法人 情報通信研究機構 専攻研究員を経て、2013年4月より 独立行政法人 情報通信研究機構 主任研究員。新しい生物分子マシンの設計・製造の研究などに従事しています。