現在、「遺伝子組み換えカイコで「リソソーム病」の治療薬を作りたい!」でクラウドファンディングに挑戦中の徳島大学・伊藤孝司教授。最近、光るシルクなどで話題を呼んでいるカイコですが、いったいどのようにしてカイコから薬を創製していくのでしょうか。今回、academist Journalでは、伊藤教授の研究の現状と課題、最新の研究成果、創薬の実現へ向けたビジョンについて、インタビューを行いました。

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ーまずはじめに、「リソソーム病」について教えてください。

私たちの身体を構成する細胞の内部には、細胞内外から取り込まれた生体分子を分解する小器官「リソソーム」が存在しています。リソソームの内部には、70種類くらいの加水分解酵素が含まれており、各々の酵素はそれぞれ遺伝子からコードされてできています。もし、遺伝子に突然変異が起こってしまうと、酵素の活性が欠損してしまい、本来リソソーム内部で分解されるはずの生体分子が分解されなくなってしまいます。その結果、たとえば肝臓や脾臓が大きく腫れたり、心臓の心筋細胞に生体分子が溜まり心不全を起こしたりなど、さまざまな全身性の症状が現れてしまうのです。このような一群の病気を、リソソーム病と呼んでいます。

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ーということは、突然変異を起こした遺伝子を元に戻すことができれば、リソソーム病は根治できるというわけですよね。

そうですね。受精卵の段階で変異を持つ遺伝子を発見し、それを正常な遺伝子と入れ替えることができれば、原理的にはリソソーム病は根治できるはずです。先日、徳島大学でもブタのゲノム編集に成功するなど、遺伝子組み換え技術は日々進歩していますので、将来的には根本的に治癒が可能になるかもしれません。もちろんゲノム編集には、技術面や倫理面における課題もまだまだありますので、それだけに頼ることはできないのですが。

ー現在はリソソーム病はどのように治療されているのでしょうか?

これまでリソソーム病は不治の病とも言われてきたのですが、1990年代に入り「ヒトリソソーム酵素」を補充する酵素補充療法が臨床応用されるようになり、それが一定の実績を残しています。ただし、現在の酵素製造法では、1人の患者さんを1年間治療するのに3000万円程度かかってしまうため、すべての方が治療を受けられるわけではありません。そこで酵素を安く大量に、安全に作る方法はないかと考え、カイコに注目しました。

ーカイコに注目した理由を教えてください。

まず、日本にはカイコを大量飼育できる技術があるからです。カイコが2万頭程度あれば、1人の患者さんを1年間治療するのに必要な酵素をまかなうことができます。2万頭と聞くと、多いと思いますよね(笑) でも、昔はひとつの養蚕農家で50万頭ほどのカイコを飼育していた経緯があるので、実はそれほど多いわけではありません。カイコは飛ばないので逃げられることもなく、家畜化された昆虫として大量飼育しやすいんですよね。養蚕業は残念ながら低迷しているのですが、新しい高機能シルク(絹糸)、医療用タンパク質などを大量生産できる点は、生物として大変優れているように思います。

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次に、安全性の面からも、カイコが適しているのではないかと考えています。カイコには、ヒトに感染するウイルスやバクテリアなどの病原体が報告されていません。また、酵素には「糖鎖」が付加されているのですが、遺伝子組み換えカイコから精製した酵素には、昆虫の持つ特異的な糖鎖や糖残基が含まれていないため、患者さんに投与しても免疫応答が起こりにくいと予想できます。哺乳類の培養細胞にリソソーム酵素を大量に作らせるのはなかなか難しくて、コストもかかってしまうんですよね。

ー付加されている「糖鎖」には、何か役割はあるのでしょうか?

先ほどご紹介した酵素補充療法は、糖鎖の働きなしには実現しません。なぜなら、酵素に付加される糖鎖の末端に付加された「マンノース6-リン酸」というタグが患者さんの細胞表面で認識されることで、酵素が細胞内部に取り込まれ、リソソームまで運ばれていくからです。ただ、マンノース6-リン酸は、哺乳類の細胞で作られた酵素の糖鎖の末端には付加されているのですが、カイコを含めた昆虫の細胞由来の酵素には付加されていないんですよね。ですので、何かしらの技術で、糖鎖の末端にマンノース6-リン酸を付加してやることが必要です。最も単純な方法は、マンノース6-リン酸が付加された糖鎖を持つ酵素を発現する遺伝子組み換えカイコを作ることなのですが、昔からチャレンジしているものの、これがなかなか上手くいきませんでした。

しかし最近、「エンドグリコシダーゼM」という酵素を使う別の方法により、この問題を解決しました。この酵素は、糖鎖とタンパク質の結合部付近の構造を認識して切断したり、もともと付加している糖鎖と外から加えた糖鎖を挿げ替えたりする機能を持ちます。今回の場合で言えば、遺伝子組み換えカイコから精製したマンノース6-リン酸を持たない糖鎖が付加された酵素と、マンノース6-リン酸を持つ糖鎖、そしてエンドグリコシダーゼMの3者を混ぜ合わせることで、マンノース6-リン酸が付加された糖鎖を持つ酵素ができる、という理屈になります。そして先日、無事に糖鎖の挿げ替えに成功しまして、2016年9月の日本糖質学会で発表してきました。

プロジェクトページには、遺伝子組み換えカイコから精製したヒトリソソーム酵素が患者さんの皮膚の線維芽細胞で治療成果をあげたため、次なるステップとしてマウスを用いた実験を行うと書かれていましたが、両者の実験の違いはどのようなところにあるのでしょうか。

線維芽細胞を用いた実験では、患者さんの皮膚由来の線維芽細胞を実験室で培養し、投与した酵素が本当に生体分子を分解するのかということを調べました。ただ、あくまでも細胞の代謝機能などは人工的に維持しているものですから、それ以上のことはなかなかわからないんですよね。線維芽細胞の実験で、酵素の有効性を確認することはできたので、次のステップとしてマウスの実験を行うことになります。マウスの臓器に取り込まれた酵素が実際に生体分子を分解することができるのか? というようなことを調べていく予定です。

ーマウスを用いた実験が成功した場合、どのような流れで実用化につながっていくのでしょうか。

実はまだ、遺伝子組み換えカイコ由来の酵素が医薬品として使われている実例はありません。実際に医薬品として認められるには、薬として安全に使えることを保証するGMPグレードという基準を満たさなければならないのですが、それは大学だけでできることではないんですよね。ですので、たとえばベンチャー企業を作り、そこでGMPグレードを満たす薬を作って、実際に使えるようになった段階で大手製薬企業がその企業を買収し、実用化を目指していくという流れになるかと思います。最近では、アイデアから臨床試験までをシームレスにつなぐ仕組みを国が整備しており、まさにオールジャパンで進められている研究だと私は思っています。

ー実用化に向けて、まずはクラウドファンディングを成功に導きたいですね。

そうですね。日本の伝統である養蚕技術と、日本発の遺伝子組み換えと糖鎖工学技術、そして国のシステムを最大限に活かせるようにするためにも、まずはクラウドファンディングに成功して前進したいと思います。

伊藤先生のクラウドファンディング・チャレンジ、現在支援総額883,140円、達成率88%です。ぜひみなさんのご支援をお待ちしています!

この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。