2018年2月、アメリカのSpaceX社が世界最大の打ち上げ能力を持つ大型ロケット「ファルコン・ヘビー」の打ち上げに成功した。ファルコン・ヘビーは、将来的に火星への植民を想定して開発が進められている。火星探査への関心が高まるなか、人類が火星に居住することを想定した研究がアメリカ・ユタ州ウェイン郡の砂漠で行われていることをご存知だろうか? 同砂漠にある「MDRS(Mars Desert Research Station)」と呼ばれる施設では、世界各国の研究者たちが2週間ずつ滞在し、擬似火星実験を行っている。本稿では、2018年3月にMDRSでの実験にCREW191として参加した「Team Asia」のメンバー・名古屋大学全学技術センター 岡本渉技師にMDRSでの生活や模擬火星実験の詳細についてお話を伺った。

——まずは擬似火星実験が行われているというMDRSについて教えていただけますか。

MDRSは、アメリカ・ユタ州にあるハンクスビルという街の北西11kmほどに位置しており、グランドジャンクションの空港から砂漠のなかを車で3~4時間ほど走ったところにあります。アメリカのNPO「火星協会」によって2006年ごろより運営されており、2週間おきにさまざまな国から研究チームがやってきて、自分たちが普段進めている研究の延長線上のテーマについて実験を行っています。

施設には、居住区である円筒状のハブのほか、植物を育てるグリーンハブや小さな科学実験室などがあります。居住区は火星輸送用のロケットで実際に運べる大きさと形になっており、2階建てですが人が住むにはギリギリのスペースで、チームメンバーの6名だけで一杯になってしまいます。

——Team Asiaのメンバー構成を教えてください。

日本人6名とインドネシア人1名で構成されています。極地建築家である村上祐資さんがチームリーダーです。村上さんは第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員として昭和基地に滞在するなど、極地での経験が豊富な方で、トラブル対応の際の判断力が素晴らしいですね。MDRSの近くに住んでいる管理者の方には「Team Asiaは史上最高に統率のとれたチームだった」と褒められました。それだけ、トラブル対応がうまくいっていたということです。

——MDRSでメンバーのみなさんはどのような生活をしているのですか?

朝のミーティングから始まり、固定施設や水・電力供給系、ソーラーパネルなどのチェックをして、ハブの掃除を行います。日中は船外活動(EVA)のミッションを行い、夕方には火星協会の担当者に1日のミッションについてインターネットを介して報告します。

——MDRSでは”擬似火星”の実験を行われています。模擬火星とはいえ、重力や気温など実際の火星環境とは異なる部分も多いと思いますが、MDRSで実験を行う意義は何でしょうか。

実際に自分が火星にいる状態をイメージしながら実験ができることでしょうか。MDRSのある砂漠は赤茶けていて、火星に近いような雰囲気があります。またダミーとはいえ、宇宙服を着ることで行動にかなりの制約を受けます。重い宇宙服を着て、分厚い手袋を装着して、砂漠の厳しい環境の中で細かい作業を行うことは、非常に難しいです。体力的にも厳しく、普段何気なくできていることが、MDRSでは当たり前にできないんです。

たとえばローバーを運転するにしても、宇宙服を着た状態では後ろを振り向くことができません。ローバーはバックミラーが付いていないので、バックをするのにも、車を転回させるにしても、人が立って誘導しなければならないわけです。

——実際にやってみないとわからない部分は多そうですね。

雰囲気が火星と似ている場所で模擬宇宙服を着て実験を行うことで、名古屋にいたときには得られなかったインスピレーションを得ることができますし、「実際の火星ならここはもっとこうしたほうが良い」といったような想像力が働いていたように感じます。

また、生活面においてもMDRSは特別な環境です。2週間とはいえハブの狭い空間にメンバー7人が詰め込まれて生活しているわけで、日本で暮らしているときには想像できないような負荷がかかります。こうした火星で想定される生活の上に立って実験を行うというのは、普段とはまったく違った世界だと思います。

——岡本さんは今回のミッションでどのようなデータを獲得されたのでしょうか。

今回の私のミッションは、PM2.5の観測とドローンを使った地形調査を行うことでした。PM2.5については、固定金属ボックス型、ドローン搭載型、個人携帯型の3種類の測定器を持ち込み、滞在期間中のデータ測定を行いました。ドローン搭載型の装置は審査を通過することができず飛ばすことができなかったので、固定金属型ボックス型のものと一緒に地上観測用として利用しました。

また、ローバーでフィールドワークへ出かけるときに個人携帯型の測定器を持ち運ぶことで、さまざまな地点のデータを取得しました。この測定器ではGPSデータも取ることができるので、どこにどのくらいのPM2.5があるかということをマップ上に落とし込むことができます。まだ解析の途中ですが、サボテンなどが植生しているところでは少し数値が高いことがわかってきています。

——火星で同様の実験を行うときとの違いは、どのようなものが考えられますか?

今回はPM2.5の計測を行いましたが、火星においては重力が地球の1/3だったり、PM2.5ではなくPM10のほうが多かったりと、違ったものが影響してくると考えています。いずれにしても、今後は周りの微小粒子の飛散状況を個々人が把握できるような装置の開発を進めていく予定です。究極的には、誰でも気軽に測定器を利用できて、いつでもデータを確認できるような世界にしていきたいですね。

——ドローンを使った地形探査はいかがでしたか?

今回はソーラーパネルと水のトラブルがあったことで時間が取れず、ドローンを飛ばすことができたのは最終日のみでした。ただ、MDRSのハブの周辺のみではありましたが、ドローンを飛ばして2次元の写真をたくさん撮影し、3次元モデルに焼き直せるだけのデータを得ることはできました。クラウドファンディングが成功したら、3次元の地形図を作成するためのソフトウェアを購入したいと考えています。

——火星での地形探査において、地球とは異なる特徴はありますか。

地下空洞が非常に重要であることですね。火星の地表面は、昼夜の温度差が激しく宇宙放射線も降り注ぐなど非常に厳しい環境ですので、人間が生活するには、地面によって遮蔽された火星の地下空間が適していると思われます。したがって、火星居住を考えていくにあたっては、地下空洞の利用を考えていく必要があります。そこで現在私は、佐世保高専の研究者と一緒に地下空洞探査のための技術研究にも取り組んでいるところです。将来的に火星の地下空洞探査につながるようなドローン開発をどんどん進めていきたいですね。

研究者プロフィール:岡本渉 技師
日本火星協会所属
筑波大学自然学類物理学科卒
高エネルギー加速器研究機構放射光施設 文部技官
真空紫外領域のビームライン(固体物理)、医学系ビームラインに携わる。
2009年より名古屋大学技術職員、科学技術交流財団兼務(主任技術研究員)
あいちシンクロトロン光施設の建設・立ち上げを行う。粉末X線回折ビームラインでユーザー実験を担当。
2016年より、名古屋大学全学技術センター計測・制御技術支援室 観測技術グループ 技師
アジア一円にPM2.5計測器を設置する。ドローンを使ったPM2.5およびガス計測に挑戦中。また、月や火星を見据えたCAVE探査にも挑戦中。

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/