【academistプロジェクト】古文書を翻刻し、新しい江戸時代史像を描き続けたい!

教科書に理路整然とまとめられた歴史的事実を見ると、私たち人間の歴史はあたかもすべて理解されているように思えてしまう。しかし、歴史的事実として明らかになっていることはそれほど多くなく、さらに史実と認められてもその捉えかたは時事刻々と変化するため、何度でも見直す必要があるという。今回、東海大学・馬場弘臣教授に「そもそも歴史学とは何なのか?」という基本的事項から、インターネット時代の歴史学研究の可能性について、詳しくお話を伺った。

ーー歴史学者の方々は、日頃どのようなことをされているのでしょうか。

歴史の教科書を読むと、歴史はすでに完成している印象を与えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。たとえば、坂本龍馬が暗殺されたことは有名ですが、だれに殺されたのかということは未だ明らかにされていません。私たちが歴史の授業で学んだことのなかには、詳しく知られていないことはたくさんあります。歴史学者の仕事のひとつは、当時の史料を集めてそれらを解読し、まだ知られていない事実を復元していくことなんです。

ーーなるほど。事実はどのような史料から復元するのでしょうか。

当時の書簡や日記のような一次史料と、それらが編纂された二次史料、さらにそれを書き直した三次史料などです。一次資料をもとにするのが最も重要なのですが、本当に一次資料かどうかを判断するのは、そう簡単ではありません。先日も、坂本龍馬が亡くなる5日前に出した手紙が発見されたというニュースがありましたが、よく調べてみるとこれまでの手紙と筆跡が違ったり、内容が不自然だったりするということで、偽文書であるという説もあります。もちろんそれに対する反論もあって、それほど真偽の画定は難しいのです。

ーー事実を復元するだけでも相当大変そうです。

また歴史学は、時代によって捉えかたが変わるという特徴を持っています。たとえば、江戸時代に貨幣経済を普及させようとした田沼意次をご存知でしょうか。彼は、当時は賄賂政治家などと呼ばれていたのですが、改めて見直してみると、時代の流れを正しく捉えて適切な施策を打ち出していたのではないかとも言われています。社会が豊かになると、歴史の捉えかたが変わり、人間に対する評価も変わるんですね。

ーー面白いですね。同じ事実を見ているのに、時代により評価が変わる……。

事実は変わらないのですが、現在を生きる私たち自身は日々変化しているので、歴史の捉えかたは変わります。だからこそ、歴史は何度も捉え直されなければなりません。

ーー歴史学では、どのようなときに論文が出版されるのでしょうか。

復元された事実をもとに、これまでにない新しい主張をするときです。新しい史料を提示しただけでは、残念ながら評価はされません。つまり、歴史学者は史料から歴史的事実を復元する「客観」的な仕事と、歴史的事実に意味を与えて論文にまとめる「主観」的な仕事を、共にこなしていくということになります。

ーーなるほど。論文と史料には、それぞれ異なる役割があるということですね。

歴史学会では「論文5年、史料100年」と言われています。時代により歴史の捉えかたは変わるので、どんなに良い論文だとしても、5年持てば良いだろうという意味です。一方で、史料は歴史的事実をまとめたものですので、きちんと残しておくことができれば、100年後の歴史学者たちが私たちの歴史を捉え直してくれるということになります。

ーー現在馬場先生は、「吉岡由緒書」を翻刻することで小田原藩の歴史を捉え直すクラウドファンディング・プロジェクトを進められていますが、この吉岡由緒書が史料にあたるわけですよね。

そうですね。吉岡由緒書を翻刻して刊行まで漕ぎつけることが、今回のプロジェクトの第一目標です。吉岡由緒書とは、小田原藩の中堅藩士であった吉岡家が、1642年に大久保家に仕官して以降、1871年の廃藩置県に至るまでの230年に渡り書き綴った小田原藩の記録です。現在、計5冊の吉岡由緒書を原稿に起こしているのですが、35万文字近くの分量になる予定です。

ーー気が遠くなる分量ですね……。吉岡由緒書のどのような記述に注目されているのでしょうか。

私が注目していることは、1703年に起きた元禄地震と、1707年の富士山の噴火に見舞われたなかで、小田原藩の体制がどのように立て直されてきたのかということです。体制を立て直すプロセスでは、さまざまな形で資金調達が行われて、何代にも渡る改革が進められてきたはずなんですね。そこで私は、吉岡由緒書に書かれている吉岡家の藩士に対する給与の記録を分析することで、このプロセスを解明し、幕政史や江戸時代史像を問い直す仕事をしていきたいと考えています。

ーーこれからは、あらゆる情報が電子で保存されていくため、歴史学者が使える情報量が圧倒的に増えるように感じます。今後、歴史学の研究手法はどのように変わっていくとお考えでしょうか。

史料の整理や解読を専門とする「アーキビスト」の役割が大きくなるように思います。これまでは、主に研究者が史料の発掘と整理をしていましたが、1980年中頃からアーキビスト運動が盛んになって、公文書館や文書館も建設されるようになってきました。これからは、研究者とアーキビストが両輪になって歴史研究が進んでいくことが望ましいと思っています。

ーー史実の数が増えるメリットがある一方で、デメリットとしてはどのようなことが考えられるのでしょうか。

情報が増えてくると、専門家以外の方々に何が史実なのかを納得していただくことが、現在以上に難しくなると思います。たとえば、新撰組などはあまりにも異説が多いのですが、新撰組が大好きな方々にそれが異説であると納得していただこうと思うと、なかなか難しいです。

ーー史実だけではなく、歴史学の考えかたを広めていくことも重要になると。

そうですね。そのためには、私たち歴史学者が資料や史実にもとづいて論理的に考えている様子を、継続的に発信していくことが重要だと思います。今回のクラウドファンディングは、研究費をご協力いただくことに加えて、さまざまな方と一緒に翻刻を行うことで、歴史学の考えかたをより深く知っていただきたいという思いもあります。

ーー将来的には、専門家も非専門家も一緒に研究を進める「オープンサイエンス」の取り組みもできるのではないでしょうか。

私のような文字史料を基本として扱う研究については、それも可能かもしれませんね。古文書のテキスト化やネットでの流通の実現が期待できますので。すでに京都大学が進めている「みんなで翻刻」のような試みが、もっと広がっていけばと思っています。

ーー最後に、馬場先生が研究を通じて最終的に明らかにしたいことがあれば、教えてください。

最終的には、自分が何者でどうしてこの世界にいるのかということを知りたいです。そのためには、人々がどういう仕組みのなかで生きてきたのかということを、明らかにしなくてはなりません。私の研究対象は小田原藩ですが、この「藩」という組織も江戸時代にしかないんですよね。それは一体なぜなのでしょうか。今回のプロジェクトで、江戸時代史をもう一度捉え直していくことで、理解を深めていきたいと思っています。

研究者プロフィール:馬場弘臣(ばば・ひろおみ)東海大学教育開発研究センター教授

1958年福岡県八女郡生まれ。1987年東海大学文学研究科博士課程修了。文学修士。小田原市史、南足柄市史、大磯町史、真鶴町史、横須賀市史、益子町史、龍ケ崎市史など各地の自治体史編纂事業を担当。2007年東海大学教育研究所准教授、2013年同教授、2016年現職。専門は、日本近世史。小田原藩政史、災害史、地域史、交通史、水利史、幕末維新史等々さまざまな分野を研究。ホームページはこちら

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この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。