見る方向や光の偏光によって色が変化する物質 ‐ 重い遷移金属元素を含む物質が生み出す新たな機能性
私たちの身のまわりには色があふれています。たいていのものはどの方向から見ても同じ色に見えますが、ここでは、見る方向によって色が変わるという不思議な性質を持つ物質について紹介します。
無機物質の色がつく理由
太古の昔から私たちは宝石の美しい色に魅了されてきました。さまざまな色の宝石がありますが、どのようにこれらの美しい色は表れるのでしょうか? 光は波の性質を持っており、私たちの目で見える光(可視光)は380~750nmという波長をもちます。波長が違う光はそれぞれ異なる色に対応しており、そのエネルギーも異なります。宝石のような無機物質が色をもつ原因は多くの場合、結晶の中にある電子が特定のエネルギー (つまり特定の色)をもつ光を吸収するためにおこります。電子がよりエネルギーの高い状態に飛び移る(これを「励起」といいます)ことができるとき、そのエネルギー差に対応した光が吸収されます。
たとえば、ルビーは透明なアルミニウムの酸化物に少しだけクロムという元素が入っています。クロムの電子は緑色の光を吸収することでエネルギーの高い軌道に移り、残った赤色がルビーの色として私たちの目に届くわけです。クロムでは電子軌道に電子が中途半端に入っているため、高いエネルギーにある電子の詰まっていない軌道に電子を励起することができます。
このような光による電子の励起はいつでも起こるわけではなく、光の偏光(光が振動する方向)と電子軌道の形(対称性)の関係によって決まります。つまり、ある偏光をもった光の吸収は起こるが、違う偏光では起こらないということがありえます。結果として、見る方向によって色が変わってもおかしくありません。実は、この性質は「多色性」として知られており、鉱物学では鉱物を識別する際などに利用される性質です。多くの鉱物がこの性質を示すものの、トルマリンやアイオライトのように限られた物質だけが大きな色の変化を示します。今回の私たちが合成した新物質は、天然に存在する最も劇的な色の変化を示す物質に匹敵するほどの鮮やかな多色性を示しました。
5d遷移金属の可能性
色の原因である電子は、s軌道、p軌道、d軌道とエネルギーの低いほうから順に決まった軌道に入ります。電子がd軌道に入っている元素を遷移金属元素といい、鉄や銅など馴染み深い周期表の第4周期の元素は3d軌道に電子が入るため3d遷移金属元素と呼ばれます。先ほど出てきたクロムも3d遷移金属元素です。そして、その下にある原子番号の大きい第5、第6周期の元素をそれぞれ4d、5d遷移金属元素と呼びます。
地球上に豊富に存在する3d元素に比べて、白金やレニウムといった5d元素は希少であり、化学反応を起こしにくいため、これまであまり研究が行われていませんでした。しかし、5d遷移金属元素は3d元素と異なり、スピン軌道相互作用という相対論的な効果が強くはたらき特殊な性質が現れるため、近年大きな注目を集めています。私たちも5d遷移金属元素を含む化合物の合成に取り組んでいたところ、偶然に強い多色性を示す物質が合成できました。
多色性のメカニズム
今回の研究で私たちが発見したのは、見る方向や光の偏光方向によって劇的に色が変化するレニウムの化合物(組成式Ca3ReO5Cl2)です。この物質の結晶をピンセットで回転させると色が緑から茶色へと劇的に変化する様子を観察できます。
光吸収の測定と5d電子の状態を計算した結果、やはりこの物質でもレニウムがもつ5d電子によって光が吸収され色をもつことがわかりました。この物質中ではレニウムは化学結合を作るためRe6+という正の電荷をもった状態になっており、レニウムのまわりには負の電荷をもった酸素O2−と塩素Cl−が結合しています。レニウムの5d電子の状態はまわりの酸素や塩素の結合状態に大きく影響されます。私たちはレニウムのまわりに酸素がピラミッド型に結合することが、多色性を示すのに重要であることをつきとめました。
ピラミッド型に酸素が結合するのは珍しいのですが、今回は負の電荷を持ったイオンが酸素と塩素の2種類あり、塩素が酸素が結合するのを邪魔しているためこのような結合になったと考えられます。3d元素でもピラミッド型に酸素と結合するものが存在しますが、多色性は見られません。両者の違いは、3d電子よりも5d電子のほうが酸素に強く影響されることが原因であることもあきらかになりました。
5d化合物の示す新たな性質の発見に向けて
このように、私たちは5d遷移金属元素を含む新しい化合物を見つけることで、そこで現れる劇的な多色性という性質を発見しました。5d遷移金属元素を含む物質の研究はまだまだ始まったばかりです。今後研究がすすみさらに新しい物質が発見されれば、今回のような驚くような性質をもった物質の発見が期待されます。
参考文献
Daigorou Hirai, Takeshi Yajima, Daisuke Nishio-Hamane, Changsu Kim, Hidefumi Akiyama, Mitsuaki Kawamura, Takahiro Misawa, Nobuyuki Abe,Taka-hisa Arima, and Zenji Hiroi, ““Visible” 5d orbital states in a pleochroic oxychloride”, J. Am. Chem. Soc., 2017, 139, 10784-10789. DOI: 10.1021/jacs.7b05128
この記事を書いた人
- 東京大学 物性研究所 物質設計評価施設 助教。奈良県出身で、東京大学で博士号(科学)を取得後、米国プリンストン大学博士研究員などを経て現職。新しい無機化合物を合成し、その構造や物性を研究しています。最近は、原子番号が大きな元素を含む化合物、特に遷移金属酸化物の示す物性や機能性の開拓に取り組んでいます。