電子の秩序とは?

私たちの身の回りの物質は電子を持っています。これらの電子は一斉に整列し、秩序だった状態をとることがあります。たとえば、磁石は電子の自転運動(スピン)が整列した状態を利用しています。

最近、私たちの研究グループは、第6周期の遷移元素であるレニウム(Re)を含む物質の中で、電子が四極子秩序という複雑な秩序を形成することを観測しました。このような秩序は、10年前に理論で予想されていましたが、観測が難しいため今まで見つかっていませんでした。

四極子秩序は、原子番号の大きな遷移元素中の電子が持つ、特殊な性質と密接にかかわっています。この性質は、スピントロニクスなどの分野で利用されており、本研究によって理解が深まると、よりよい材料の設計指針を立てたり、新しい動作原理を提案したりすることにつながると期待されます。本稿では、四極子秩序とはどういうものか、私たちがどのように四極子秩序を観測し、この観測によってどのようなことがわかったのかを紹介します。

電子の作る「隠れた秩序」

孤立した原子では、電子は自転運動(スピン)しながら原子核の周りの軌道を回転運動しています。これらの回転運動によって電子はあたかも小さな磁石のように振る舞います。小さな磁石である電子のスピンが一斉に同じ方向にそろうと、物質全体として磁石の性質を示します。物質中の電子はしばしばこのような秩序だった状態を取ります。

原子が孤立しているとき、スピン軌道相互作用と呼ばれる相対論的効果によって、スピンと軌道は互いに影響しあっています。しかし、物質中では、周りの原子から影響を受けるため、電子は自由に軌道回転運動できなくなります。これまで、遷移元素の電子も周りからの影響を受けて、スピンの性質しか持たないと考えられてきました。しかし近年、原子番号の大きな白金などの遷移元素では、軌道回転運動がスピンと強く相互作用することで、部分的に復活することがわかってきました。

スピンは磁石のN極とS極のように2つの極を持つため双極子と呼ばれます。スピンと軌道が影響しあうと、さらに多くの極を持つ「多極子」を作ることができます。

孤立した原子では、電子は自転運動(スピン)しながら原子核の周りの軌道を回転運動している。スピンによって電子は小さな磁石のような性質をもつ。このとき、磁石のS極とN極のように2つの極を持つため、双極子と呼ばれる。スピンと軌道が影響しあうと、4つの極を持つ四極子や8つの八極子など、多極子が形成されることがある。

遷移元素でも、部分的に復活した軌道回転運動によって多極子が作られ、それが一斉に整列することが2010年に理論的に予想されました。しかし、その後、多くの実験研究が行われたにもかかわらず、多極子の整列はこれまで観測されていませんでした。大きな問題点は、多極子の観測に適した物質が見つかっていなかったことと、観測が難しいことにありました。

双極子が整列すると、物質が磁石になるのでさまざまな方法で観測することができます。しかし、より複雑な多極子が整列しても、物質全体としては磁石としての性質を示さないため、測定手段が限られてしまいます。このような理由から、多極子秩序は「隠れた秩序」と呼ばれることもあります。

四極子秩序に必要な条件

私たちはこの「隠れた秩序」を観測するために、まず観測に適した物質を選ぶことにしました。スピンと軌道の相互作用が強い必要があるため、第6周期の遷移元素であるレニウム(Re)を含む物質に着目しました。もうひとつのポイントは、レニウムのまわりの対称性が高いことです。先ほど述べたように、物質中では周りの原子から影響を受けるため、電子は自由に軌道回転運動できなくなります。対称性が低いときは、強く周りからの影響をうけ軌道回転運動できませんが、対称性が高いと軌道回転が部分的に許されます。

私たちはこのような指針でさまざまな物質を調べた結果、ダブルペロブスカイト型の構造を持つBa2MgReO6という物質が、四極子秩序を示す有力候補であることを突き止めました。Ba2MgReO6ではReは6つの酸素に囲まれています。この6つの酸素は正八面体を形成しており、電子の軌道回転運動が部分的に許されます。

周期表の第3から第11族元素のあいだに存在する元素は遷移元素とよばれる。遷移元素は、d軌道あるいはf軌道が閉殻になっていないため、電子のもつ自由度によってさまざまな物性や機能を示す。本研究では、スピン軌道相互作用が強い第6周期の遷移元素のひとつ、レニウム(Re)に着目した。本研究で見出した、多極子の秩序を示す有力な候補物質Ba2MgReO6では、Re(紫色)は正八面体に並んだ6つの酸素(黄色)によって囲まれており、電子の軌道回転運動が部分的に許される。

実際、この物質で軌道回転運動が復活していることが、磁気モーメントの大きさを測定することでわかりました。磁気モーメントは磁石の大きさのようなものですが、Ba2MgReO6ではスピンだけの場合よりも磁気モーメントがかなり小さくなっていました。これは、スピンによってできた磁気モーメントが、軌道回転によって打ち消されたためだと考えられます。

Ba2MgReO6に対して詳細な測定を行った結果、電子の秩序が2回、異なる温度で起こっていることがわかりました。1回目の秩序は33K(-240℃)で、2回目はそれより15℃低い18K(-255℃)で起こります。2回目の秩序は、磁石としての性質が整列する双極子の秩序であることがわかりましたが、1回目の秩序は、実験室で行った測定では、どのような秩序かはわかりませんでした。

放射光X線で1兆分の1mを測る

理論との対応を考えると、Ba2MgReO6で起こる1回目の秩序は四極子の秩序である可能性が高いことがわかりました。四極子はレニウム原子上の電子の分布の偏りで、名前のとおり4つの極を持っています。電子の分布が偏ると、まわりの酸素を押しのけるので、結晶構造の変化を測定することで四極子がどのように整列しているかを観測することがでるはずです。そこで、私たちはBa2MgReO6の結晶構造を1兆分の1mという超高精度で測定することで、この「隠れた秩序」の観測を目指しました。

まずは、実験室の装置を用いて結晶の構造を測定しましたが、構造の変化はほとんど見られませんでした。この原因は、四極子の秩序によって引き起こされる変化が極めて小さいためでした。そこで、私たちは放射光X線を使って、非常に高精度な測定を行うことにしました。

この測定のためには、非常に純良な結晶を用意する必要がありました。というのも、結晶に乱れや欠損があると、観測しようとしているわずかな変化がぼやけてしまったり、隠れてしまったりするからです。私たちは試行錯誤の結果、非常に純良な結晶を作製することに成功し、大型放射光施設SPring-8と放射光実験施設フォトンファクトリーで放射光X線を使って結晶の構造を詳しく調べました。

測定の結果、1回目の秩序が形成される33K(-240℃)で、レニウムの周りにある酸素が1兆分の1m(1pm:ピコメートル)程度動いていることがわかりました。このような微小な結晶構造の変化は、四極子が一斉に整列することで起こります。

研究に用いたレニウム(Re)を含む化合物Ba2MgReO6の純良な結晶の写真(左)と放射光X線を使って明らかにした結晶構造の変化(中央と右)。非常に質の高い結晶を作製することで初めて多極子の観測が可能となった。四極子が整列する温度33Kから、結晶の構造が変化を始める。構造の変化を解析すると、レニウムの周りの酸素が1兆分の1m(1pm)程度動いていることがわかった。

スピンと軌道が絡み合った電子の示す「四極子の秩序」

詳細に酸素の動きを解析すると、八面体の真ん中にある4つの酸素が正方形からひし形に変形すると同時に、頂点の2つが八面体を引き延ばすような変形をすることがわかりました。前者はクローバー型の四極子が形成されたときに起こる変形で、後者はダンベル型の四極子によって引き起こされます。つまり、観測結果は2種類の四極子が共存していることを示しています。

さらに、測定の結果、2種類(クローバー型とダンベル型)の四極子は異なる並び方をしていることもわかりました。クローバー型の四極子は、同じ方向を向いて並んでいる層と90度回転したものが並んでいる層が交互に積み重なっています。これに対して、ダンベル型の四極子は、すべて同じ方向にそろって整列していました。

実験で観測された四極子の整列パターン。四極子ができることでレニウムの周りの酸素が矢印の方向へわずかに動く。同一平面上の4つの酸素の正方形からひし形への変形(左)はクローバー型、八面体が上下に引き延ばされるような変形(右)はダンベル型の四極子によってそれぞれ引き起こされる。クローバー型の四極子(左)は、同じ方向を向いて並んでいる層と逆を向いて並んでいる層が交互に積み重なる。一方、ダンベル型の四極子はすべて同じ方向にそろい整列する。

交互に積み重なったクローバー型の四極子の整列は、理論研究で予想されていたとおりで、理論のモデルが現実の物質の特徴をよくとらえていることが明らかになりました。一方、ダンベル型の多極子が共存していることは、予想されておらず、理論を超える知見が得られました。

スピンと軌道が影響しあう電子の世界

今回、非常に純良な結晶に対して、放射光X線を使った超高精度の測定を行った結果、遷移元素の電子が作る四極子の秩序を初めて観測することに成功しました。多極子の整列は、スピンと軌道が影響しあう電子の示す、もっとも基本的な現象のひとつです。現実の物質中で実際に整列パターンが観測されたことで、スピンと軌道がどのように影響しあっているのかが、より正確に理解できるようになります。

大きなスピン軌道相互作用は、原子番号の大きな遷移元素を含む物質に共通する性質であり、スピントロニクスなどの分野で利用されています。本研究で得られた知見は、スピン軌道相互作用に関連する新奇物理現象の発見だけでなく、よりよい材料の設計指針を立てたり、新しい動作原理を提案したりすることに寄与すると期待されます。

参考文献
Daigorou Hirai, Hajime Sagayama, Shang Gao, Hiroyuki Ohsumi, Gang Chen, Taka-hisa Arima, and Zenji Hiroi “Detection of multipolar orders in the spin-orbit-coupled 5d Mott insulator Ba2MgReO6Phys. Rev. Research 2, 022063(R) (2020)
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.2.022063

この記事を書いた人

平井大悟郎
平井大悟郎
東京大学 物性研究所 物質設計評価施設 助教。奈良県出身で、東京大学で博士号(科学)を取得後、米国プリンストン大学博士研究員などを経て現職。新しい無機化合物を合成し、その構造や物性を研究しています。最近は、原子番号が大きな元素を含む化合物、特に遷移金属酸化物の示す物性や機能性の開拓に取り組んでいます。