レーザーがどんどん強くなっている

1960年に歴史上初めて動作するレーザー装置が誕生してから、60年が経ちました。レーザー光は、太陽光や電球の光とは異なり、非常に真っ直ぐ進むなどの役立つ性質を持っており、今日ではレーザーポインタなどで日常的に使われています。

レーザーポインタは、誤って目に入って深刻な事故にならないように、その強度が法律によって制限されていますが、研究の最前線では最大強度は年々強くなっています。1985年にチャープパルス増幅法という技術を発明し、レーザーの飛躍的な高強度化を実現したMourou博士と Strickland博士が、2018年のノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しいです。

研究の最前線ではレーザーの強度が強くなると同時に、こうした強いレーザーを使って初めてできるさまざまな応用についても活発に研究が行われています。

レーザーで「見る」から「操る」へ

光は昔から、ものを「見る」ために使われてきました。日常生活でいえば、ロウソクの光や電球の光が無ければ暗闇の中で、ものを見ることはできません。科学的な例では、(電気を通す)金属と(電気を通さない)絶縁体の違いを「見る」ことが挙げられます。金属と絶縁体の違いを判定するためには、本来は電池と導線を対象につないでみて、電流が流れるかどうかをテストしてみるべきです。ですが、金属と絶縁体には、金属光沢があるかどうかという違いもあります。つまり光を当ててみて、その反射の様子を「見る」ことで、物質の状態を知ることができるわけです。

金属と絶縁体を「見分ける」
金属の硬貨(左)には金属光沢があるが、絶縁体のプラスチック消しゴム(右)には金属光沢がない。

このように光で物質を「見る」ときは、光は十分に弱く、光が当たることで物質の状態は本質的には変わらないことが暗黙のうちに仮定されています。ところが、当てる光が最先端の超高強度レーザーになると、事情は変わってきます。近年では、絶縁体にレーザーを照射して、瞬時に金属へと変化させることができます。また、レーザー照射によって超伝導状態を作り出せたという報告もあります。レーザーの高強度化によって、単にものを「見る」だけでなく、ものを「操る」という新たな潮流が生まれています。

レーザーによる物性(物質の性質)操作のうち、レーザー電磁場の時間的な周期振動を積極的に利用して、物質の望ましい性質や機能(電気伝導性・磁性など)を人工的に作り出す技術は、特にフロケ・エンジニアリングと呼ばれ、近年活発に研究が行われています。名前の由来は、その理論的背景にフロケの定理という数学的理論があるためです。

フロケ・エンジニアリングの概念図
物質にレーザーなどの周期駆動を行う状況は、実効的に新機能を持つ別の物質とみなすことができる(フロケ理論)。これをもとに、望む新機能を実現するための物質・レーザーの組み合わせをデザインする方法がフロケ・エンジニアリングと呼ばれる。

散逸はどう影響するか?

フロケ・エンジニアリングの基礎理論は、レーザー電場や磁場によってどのような物質制御が可能かを判別しますが、この理論の適用範囲はこれまで主に散逸のない理想的な孤立系に限られていました。

しかし、身の回りのほぼすべての物質は、その周りの環境(空気など)とエネルギーのやり取りをしており、環境へのエネルギー散逸の影響は避けられません。フロケ・エンジニアリングを通常の物質を含む広範な物理系に拡張していく際の指針となる、散逸を伴う周期駆動系の基礎理論は未発達でした。周期駆動された個別の散逸系においては理論解析が行われてきたものの、高度な計算を必要とし、幅広い対象に適用可能な公式は得られていませんでした。

散逸のある系を周期的に駆動し続けると、やがて駆動によるエネルギー注入とエネルギー散逸の釣り合った非平衡定常状態が実現します。この非平衡定常状態に望ましい性質を持たせることが、散逸系のフロケ・エンジニアリングです。

非平衡定常状態の概念図
散逸のある量子系は外部環境に余剰エネルギーを排出できるため、長時間のレーザー照射によってエネルギー注入とエネルギー散逸が釣り合った非平衡定常状態に達する。一方、散逸のない量子系では注入されるエネルギーが溜まり、興味深い性質が失われた高温の状態になってしまう。

散逸量子系の定常状態

本研究では、リンドブラッド方程式と呼ばれる幅広い散逸量子系のダイナミクスを記述する方程式を出発点として、一般的な周期外場中の散逸系の包括的な解析を行いました。散逸のない系で用いられる高周波展開という理論手法をリンドブラッド方程式へ拡張して適用することで、非平衡定常状態を記述する一般的な公式を発見しました。

この公式は、レーザー周波数が高い状況において非常に良い精度で非平衡定常状態を記述します。これまでの散逸を含まない理論ではしばしばフロケ・エンジニアされる物理量の値が過大評価されていましたが、今回の公式を応用することで、散逸の効果を取り込んだ物理量の現実的評価が可能となります。また、この公式を用いて非平衡定常状態を求めることは非常に簡単で、レーザー中の物理系に対する通常のコンピュータ・シミュレーションに比べて高い実用性があります。

また、本研究ではダイヤモンドのNV中心1のモデルにおいて、この公式が非平衡定常状態の時間平均・ゆらぎ、および対称性を正しく再現することを確認しました。そのなかで、特に散逸のない系では時間反転対称性により禁止される物理量2が、散逸の効果によって発現する様子も正しく再現することを明らかにしました。このことは、散逸が単にフロケ・エンジニアリングを妨げるだけではなく、散逸を積極的に活用した新たなエンジニアリングが可能であることを示しています。

さまざまな物質機能をレーザーで操る未来へ

レーザーなどの周期駆動によるエネルギー注入と、外部環境へのエネルギー散逸が釣り合った非平衡定常状態の解析は一般には難しい問題ですが、高周波領域においては本研究成果によってその一般的な解が得られました。このことは、散逸の避けられない実際の物質の性質をレーザーなどで制御するフロケ・エンジニアリングの指針を確立するための第一歩といえます。

これを足掛かりとして、非平衡物理学に関わる基礎・応用研究を進展させることが期待できます。我々は、今回の公式をより微視的なレベルへ進展させる基礎研究や、本公式による新しいフロケ・エンジニアリングの提案などの応用研究を進めていく予定です。

脚注
1. ダイヤモンドのNV中心
炭素原子からなるダイヤモンドの中に存在する格子欠陥のひとつ。本来炭素原子がある位置に、窒素原子(N)と空孔(Vacancy)が隣接し、この複合欠陥が量子力学的に振る舞うことが知られている。この量子力学的性質は室温でも持続することから、量子デバイスへの応用などが活発に研究されている。

2. 時間反転対称性により禁止される物理量
自然界には、コマの回転など、時間反転(動画を逆再生)すると向きが反対になるさまざまな物理量が存在する。これらの物理量は、熱平衡状態など時間反転で不変な状態においては、厳密にゼロであることが要請される。

参考文献
Tatsuhiko N. Ikeda, Masahiro Sato, General description for nonequilibrium steady states in periodically driven dissipative quantum systems, Science Advances 6, eabb4019 (2020).
DOI: 10.1126/sciadv.abb4019

この記事を書いた人

池田 達彦, 佐藤 正寛
池田 達彦, 佐藤 正寛
池田 達彦(いけだ たつひこ/写真左)
東京大学物性研究所 助教
2015年東京大学大学院理学系研究科にて博士(理学)を取得後、日本学術振興会海外特別研究員(ハーバード大学)を経て、2016年より現職。
専門:統計物理学、物性基礎論、光物性。
webサイト:https://sites.google.com/site/tnikeda/

佐藤 正寛(さとう まさひろ/写真右)
茨城大学大学院理工学研究科 准教授
2005年東京工業大学大学院理工学研究科にて博士号(理学)取得。日本原子力研究開発機構の博士研究員、理研の基礎科学特別研究員、青山学院大学理工学部助教などを経て、2016年から現職。
専門:物性理論(スピントロニクスや光物性など)、統計物理学、非平衡物理学
Webサイト:http://sugar.sci.ibaraki.ac.jp/index.html