「地球最後のフロンティア『深海』に研究者は何を見る?」高井研博士vs浦環博士のトークイベントレポート
地球に残された最後のフロンティアであると言われている「深海」。世界トップレベルの研究者たちは、そんな深海という極限環境をどのように見ているのでしょうか。7月26日、海洋ロボット開発の第一人者であり、現在クラウドファンディングに挑戦中の浦環博士と、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研博士が深海探査の真髄と魅力について語り尽くすバトルトークが東京大学生産技術研究所にて開催されました。
※当日の様子は、こちらから見ることができます。
深海には、「生命とはなにか」に迫る手がかりがある!
イベントはまず、高井博士による「この夏に薦める『にわか』と思われないための深海ネタ集」と題された講演からはじまりました。高井博士は、「生命圏と非生命圏の境界を知ることで、『生命とは何か』にせまることができる」と語ります。
深海には120℃をこえる高温環境や1000気圧をこえる高圧環境など、想像を絶する環境が広がっています。しかし、そんな過酷な環境であっても、それぞれの環境に合わせて微生物は生息していることを高井博士は発見しました。深海には生命の限界や起源を知る手がかりがあるといいます。
今、高井博士は、世界で最も深い地点であるマリアナ海溝にただ潜るだけではなく、その海底を縦断する、つまり、深海を点ではなく線で見ることで、深海の真の姿を明らかにしようとしています。さらに将来は、このような知見を活かし、木星の衛星であるエウロパや土星の衛星であるエンケラドスなど、海があると考えられている星々を探査し、地球外生命の研究を行いたいと語りました。
信頼性のある無人潜水艇の利用が、深海探査には不可欠
続いて、浦博士が「独断と偏見による最新海洋工学トピックス」と題して、深海探査の難しさについて熱く語りました。浦博士はまず、アメリカのROV(遠隔操作型無人潜水機)「Remora6000」が、2009年に墜落したエールフランス機のフライトレコーダーを4000mの深海底から回収したことや、「Remora6000」のほか「かいこう」や「ドルフィン-3K」といったROV、深海曳航調査システム「ディープ・トウ」が、1999年に打ち上げられたものの失敗に終わったHIIロケット8号機のエンジンを約3000mの深海底から発見・回収したことを例にあげたうえで、これからの深海探査には、ROVだけでなく信頼性のあるAUV(自律型無人潜水機)の利用が不可欠であることを説明しました。
また、広大な海を探査するためには多数の無人機を同時に展開しなくてはいけません。しかし、そのためには、いかに素早くロボットを投入できるか、それぞれのロボットの位置を計測できるか、常にロボットにコマンドを送れる状況にあるのか、トラブルで浮上してきたらどうするのか、など、クリアすべき課題は多いと語ります。浦博士は、2012年には3機のAUVの同時展開に、2016年にはAUV3台とASV(洋上中継器)の同時展開に成功しました。今後は、IoTの技術も活かすことで、さらに多くのAUVを展開し、自律的に海底を探査できるようにしたいと主張しました。
もし自由に探査できるとしたら、どこの海を見たい?
それぞれの講演の後は、「サイエンスバトルトーク」が繰り広げられました。テーマのひとつは「どこでもドアがあればどこの海域を探査したい?」。浦博士は、「インド洋の熱水域である『エドモンドフィールド』に行きたいですね。ここには、私が開発に携わったAUV『r2D4』が眠っているのです(深海探査中、通信が途絶え、ロストしてしまったのです)」と、その当時を回想しながら語りました。
一方、高井博士は、「紅海を探査してみたいです。紅海の海底は、熱水だけでなく油が湧き出しています。さらに塩分濃度が高いという特徴も併せ持っています。生物にとっては三重苦の環境なのです。ここに生息する微生物は、まさに『King of “M”』といえるでしょう。究極の極限生物を発見できると思います」と、笑いを取りながら将来の研究への展望を語りました。
深海を、研究だけではなく、レジャーにも活かしたい!
イベントの後半では、質疑応答の時間が設けられました。「深海生物は食べることができるのか?」という話題の後、「深海生物に”食べられる”というのはいかがでしょうか?」という質問が投げかけられました。この質問に対して高井博士は、「私は、『深海埋葬』を実現したいと思っています。海への散骨ではなく、深海の海底に沈めてもらい、熱水噴出孔の成分になりたいですね。また、深海は研究だけでなく、レジャーにも活かしたいと考えています。500mくらい潜れる有人潜水艇を大量に建設し、深海旅行がもっと身近に行えるようにしたいと考えています」と、深海に対する研究以外の面での夢を語りました。
また、「今後、どれほどの数のAUVが同時展開できるようになるのでしょうか?」という質問もありました。この質問に対して浦博士は「これは、それぞれのAUVの信頼性に関わってきます。たとえ、それぞれのAUVの信頼性が99%だとしても、10機同時に展開すると、10%の確率で帰ってこない機体が出てきてしまいます。かといって、信頼性の高いものをつくろうとすると、非常にコストがかかってしまうのです」と難しい問題であることを解説しました。高井博士も、「信頼性を上げることだけが解ではありません。逆に、ロストすることを最初から織り込んで、ロストしても探査が問題なく行えるような機体を開発するという方向性もあります。トータルデザインで考えないといけないのです」と付け加えました。
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6500mよりもさらに深いような「超深海生命圏」のほとんどは、西太平洋、つまり日本近海にあります。日本は、深海探査に非常に恵まれた国なのです。日本の科学をもっと世界にアピールしていくために、さらに深海研究に力を入れていく必要があると感じました。今後の深海研究から目が離せません。
現在、浦博士は、五島列島沖に沈む「伊58」と考えられる潜水艦などの姿を明らかにし、バーチャルミュージアムをつくるために、クラウドファンディングに挑戦しています。ぜひご支援ください。
この記事を書いた人
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アカデミスト株式会社プロジェクトプランナー。医療情報専門webサイト編集者。
京都大学大学院薬学研究科博士前記課程修了。修士(薬学)。科学雑誌出版社でサイエンスライターとして雑誌編集に携わった後、現職。現在は、医療AI、オンコロジー領域を中心に取材・執筆活動を行う。