【academist挑戦中】ゾウリムシで細胞内共生の仕組みを解明する!

私たちが生きるために必須のエネルギーをつくるミトコンドリアも、光合成を行う葉緑体も、はるか昔に「細胞内共生」というしくみによって細胞内に入り込んだのではないかと考えられている。山口大学の藤島政博特命教授は、この細胞内共生がどのようにして成立したのか、そのメカニズムを解明するために、ゾウリムシ属の一種である「ミドリゾウリムシ」を用いて研究を進めている。細胞内共生の魅力とは何なのだろうか。現在,「ゾウリムシで細胞内共生の仕組みを解明する!」でクラウドファンディングに挑戦中の藤島教授に、共生がもつ奥深さと魅力について、余すところなく語ってもらった。

真核生物どうしの細胞内共生を研究できる唯一の実験生物

——藤島教授は今、どのような研究を行っているのでしょうか。

私は今、「細胞内共生」のメカニズムを解明しようと研究しています。私たちヒトの細胞の中には、ミトコンドリアがあります。また、植物細胞の中には葉緑体もあります。これらの細胞内小器官は、細胞内共生によってつくられたと考えられています。さらに、その後も細胞内共生が繰り返されてできた生物が多数みつかっています。このことからわかるように、細胞内共生は生物進化の原動力となっているのです。

しかし、なぜ細胞内共生がおきるのかは、ほとんどわかっていません。なぜなら、たとえばミトコンドリアの元となる生物が細胞内共生をおこしたのは、化石研究から約20億年前と考えられています。このように、ほとんどの生物では、宿主細胞と共生細胞の相互依存性が深く進行してしまっているため、両者を一時的に分離して、その後に再び混合して細胞内共生の再誘導を行わせることが困難なのです。

——では、どのようにすれば細胞内共生のメカニズムを調べられるのでしょうか。

現在、私は「ミドリゾウリムシ」というゾウリムシ属の一種を使って研究を進めています。ミドリゾウリムシは、「クロレラ」という単細胞の藻類を細胞口から飲み込み、細胞内共生をしています。この共生が成り立ったのはつい最近のことと予測されています。なぜなら、ミドリゾウリムシとクロレラはそれぞれが単独でも増殖する能力をまだ維持しているためです。そして、クロレラを除去した白色のミドリゾウリムシと緑色のミドリゾウリムシから単離したクロレラを混合すると、クロレラは大きな細胞口から食胞内に飲み込まれて、再び細胞内共生を成立させます。つまり、細胞内共生している状況と共生していない状況の比較や、細胞内共生の成立過程の細胞を作って比較することができるのです。

ミドリゾウリムシがすぐれている点はそれだけではありません。ミドリゾウリムシには、真核生物であるクロレラだけでなく、原核生物である「ホロスポラ」という細菌が共生している場合があります。このホロスポラは、クロレラとは異なり、もう宿主外では増殖はできません。しかし、数日は宿主外で生存できますので、ミドリゾウリムシと混合すると細胞口から食胞に取り込まれて細胞内共生を再び成立させることができます。つまり、ミドリゾウリムシを研究材料として使うことで、真核生物と原核生物の細胞内共生も、真核生物と真核生物の共生も、混合前と混合後の時間経過を追いながら研究することができるのです。しかもミドリゾウリムシの細胞表層は透明なため、顕微鏡で細胞内を隅々まで観察することができる、という点でもすぐれています。

——ミドリゾウリムシを研究材料とされたのは藤島教授が始めてなのでしょうか。

いえ、ミドリゾウリムシとその共生クロレラを使うと、実験室で細胞内共生を誘導できるということは、約50年前には知られていました。しかし、クロレラを除去した白色のミドリゾウリムシとクロレラを混合すると、クロレラは宿主の細胞口から食胞内に連続的に取り込まれて、あっという間に宿主は緑色になってしまい、何がいつ行われたのかを解明できないという問題がありました。これでは、細胞内共生が成立する瞬間をくわしく観察解析することができません。細胞内共生の成立機構を追跡することができないのです。約50年もの間、この問題を研究者は解決できないでいました。

しかしあるとき、私の研究室に所属したばかりの新4年生の一人(現、島根大学生物資源科学部生物科学科の児玉有紀准教授)が、細胞密度を調整したミドリゾウリムシとクロレラを混合した1.5分後に穴径15ミクロンのナイロンメッシュで混合液を濾過することで、ミドリゾウリムシの外液のクロレラを瞬時に除去することに成功したのです。この方法を用いることで、1.5分間に食胞内に取り込まれたクロレラの運命を時間経過にしたがって追跡することが可能になったのです。この手法が確立したことで、細胞内共生のまったく違う世界がみえてきました。

その後は、毎日が発見につぐ発見です。今までの通説をくつがえす実験結果を多数得ることができました。そのため、我々のミドリゾウリムシの最初の論文は多数の雑誌からリジェクトされるということが起こりました。最初は信用してもらえなかったのです。我々自身も、自分たちの実験結果に自信をもつためには、20回以上もの再現性を確認しなければ納得できないほどの実験結果でした。

大量のクロレラを細胞内で“飼う”ミドリゾウリムシ

ミドリゾウリムシの細胞内で消化されないクロレラの巧妙なしくみ

——クロレラと共生しているミドリゾウリムシと、していないミドリゾウリムシとでは、行動が変わったりするのでしょうか。

そうですね。たとえば、容器内を完全に水で満たして、ガス交換できないようにした密閉環境を2つつくります。そして蛍光灯の光をあて、一方ではクロレラが共生していない白いミドリゾウリムシを、もう一方では共生しているミドリゾウリムシを飼います。すると、クロレラと共生していない白いミドリゾウリムシは1週間程度で死んでしまいます。これは、酸欠と栄養不足が原因です。しかし、クロレラと共生しているミドリゾウリムシは、クロレラが行う光合成によって酸素と糖が供給されます。さらに、ミドリゾウリムシが呼吸で排出した二酸化炭素はクロレラの光合成で使用されます。その結果、このミドリゾウリムシは、1か月以上生きられることを確認しました。つまり、完全なリサイクル環境がつくられるのです。このように、クロレラと共生したミドリゾウリムシは、飢餓と酸欠のストレスに強くなります。

同じように、もし私たちも葉緑体と細胞内共生することができれば、あまりご飯を食べなくても生活できるようになるかもしれません。こういうことを言うと、夢物語のように思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません。というのも2010年に、あるサンショウウオが、藻類と共生していることがわかったのです。サンショウウオは、ヒトと同じく脊椎動物です。ヒトが藻類と共生し、葉緑体を獲得できる日も案外近いのかもしれませんね。

——それは、とても夢のあるお話ですね! しかし、ミドリゾウリムシの中のクロレラはなぜ消化されずにすむのでしょうか?

それは非常に面白い問題です。クロレラは、ミドリゾウリムシの中で「Perialgal vacuole (PV) 膜」とよばれる宿主の食胞膜由来の膜に包まれています。そして、このPV膜は食胞膜とは異なって宿主のリソソームが融合しないので、内部に存在するクロレラは消化を免れています。しかし、ミドリゾウリムシを飢餓状態におくと、共生クロレラの一部は消化されることも観察されています。つまり、クロレラは非常食としても利用されているのです。

——逆に、クロレラは、ミドリゾウリムシの中で増殖しすぎることはないのでしょうか。

はい。クロレラは、ミドリゾウリムシ内で増えすぎることもなく、減りすぎることもなく、ほぼ一定数に保たれています。つまり、非常に高度に制御されているのですが、その制御のしくみは未だわかっていないのです。先ほども述べたように、クロレラはPV膜に包まれています。このPV膜がミドリゾウリムシの細胞表層の直下に接着しているので、宿主が二分裂で増殖するときには、娘細胞に分配されることが保証されるようになっています。そのため、ミドリゾウリムシが細胞分裂をする時には、間違いなくクロレラも両者に分配されるのです。

現在、クロレラは20種類以上知られていますが、ミドリゾウリムシと共生できる種は3種類しかなく、他の種は共生できません。細胞内共生ができないこれらの種類のクロレラは、宿主の細胞表層直下に接着することができないことが原因のようです。

——藤島教授は、クロレラが共生していないミドリゾウリムシと、共生しているミドリゾウリムシとの遺伝子発現の比較をトランスクリプトーム解析で行っておられますね。今後、どのような研究を進めていこうと考えられていますか?

クロレラが共生する前と共生後のミドリゾウリムシで、その遺伝子発現が変化する遺伝子のなかには、細胞内共生の成立に必須の遺伝子が含まれていると予測されます。そのため、その遺伝子からつくられるタンパク質の存在場所や、量的な変化が生じるタイミングを調べたいと考えています。さらに、RNAiで特定のmRNAを破壊することで、そのタンパク質の機能を推測する予定です。

たとえば、クロレラは光合成によって酸素をつくります。この酸素からつくられる「活性酸素」は、細胞にとっては猛毒です。そのため、ミドリゾウリムシは活性酸素を無毒化する必要があります。もしかしたら、クロレラと共生したミドリゾウリムシの中では、活性酸素を還元して無毒化するためのタンパク質の量が増えているのでは、という可能性があります。

現在、共生によって発現が変化する遺伝子のタンパク質のはたらきを調べるために、合成ペプチドを抗原にして作成した抗体をつくり、研究を行なっているところですが、まだ抗体の種類が足りません。今回、クラウドファンディングを成功させることでさらに多くの抗体を作成し、さまざまなタンパク質のはたらきを解明したいと考えています。

——宿主のミドリゾウリムシだけでなく、クロレラ側の遺伝子発現の比較も行うのでしょうか?

そちらの研究もトランスクリプトーム解析ではじめています。クロレラは、ミドリゾウリムシだけでなく、アメーバやツリガネムシ、ヒドラ、イソギンチャク、サンゴなど様々な生物に細胞内共生しています。そのため、これらの生物でも同じ遺伝子が細胞内共生の維持に関与しているかどうかを生物横断的に調べることで、共生機構における重要な遺伝子がわかるのではないかと考えています。

ロシアの無人島で生死の境をさまよう……

電気・水道・ガス・売店なしの北極圏でゾウリムシの野外採集を行う

——藤島教授は、実験室での研究に加え、無人島やツンドラでの野外採集も行っていらっしゃいますね。その意義は何なのでしょうか。

ホロスポラが共生したゾウリムシは寒さに強くなり、また、塩濃度の高い水の中でも生きていけるようになります。そのため、寒冷な地域の汽水域(河口付近)でゾウリムシを採集すると、ホロスポラが共生したゾウリムシが得られる可能性が高まると考えられます。それを狙って、だいぶ昔になりますが、ほぼ北極圏の無人島まで出かけたのです。

悪環境では自然淘汰が強く働きますので、その環境で生き延びているゾウリムシを調べることで、生物進化の謎にせまれるのではないかと考えています。現在、ゾウリムシ属のほとんどの種は淡水でしか生息できませんが、そのうち、細胞内共生を成功させて海に生息範囲を広げるゾウリムシもあらわれるのではないか、と踏んでいます(笑)。

——極地でのフィールドワークにおいて大変なことはありましたか?

そうですね、ロシアの無人島で研究を行う際は、食料を現地で調達する必要がありました。魚や山菜をとって食べるのですが、あるとき、毒キノコを食べて苦しんだことがあります。三日三晩、生死の境をさまよったのですが、何とか4日目に回復することができました。また、生魚を食べて、アニサキスと思われる症状になったこともあります。

——藤島教授が最も好きなゾウリムシは何ですか? またそれは何故でしょうか?

種によって特徴的な形と大きさがありますが、私はParamecium caudatum(和名:ゾウリムシ)の細胞の形が一番スマートで美しいと思います。何時間見ていても飽きませんね。比較すると、ミドリゾウリムシはずんぐりしています。皆さんの好きなゾウリムシも聞いてみたいですね。

美しいゾウリムシは何時間でも観察できる

——最後に、今後の研究の抱負をお聞かせください!

今、細胞内共生は、特定の種の組み合わせで行われています。今後、さらに研究を発展させることで、細胞内共生における共通のしくみを分子レベルで明らかにすることができれば、細胞内共生を行う能力をもっていない細胞どうしでも共生を誘導できるかもしれません。そうすれば、私たちの役に立つような特殊能力をもった生物をつくることができるかもしれません。

応用面においては倫理的な問題など、クリアすべき壁は多くありますが、真核細胞の進化の原動力となった細胞内共生成立の調節機構の解明を目指していきたいと考えています。

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藤島教授によるクラウドファンディングの期間は6月27日までです。みなさんのご支援をお待ちしています!

研究者プロフィール:藤島政博教授(特命)
山口大学大学院創成科学研究科理学系学域生物学分野教授(特命)。1978年東北大学大学院理学研究科博士課程修了。山口大学理学部助手を6年 (1979〜1984)、同准教授を9年 (1984〜1992)、同教授を25年 (1992〜2016)、2016年3月に定年退職、同年4月から現職。この間に、東京大学大学院理学系研究科教授(併任)を8年 (1995〜2002)、日本原生動物学会長を6年 (2006〜2012)。ゾウリムシで初の細胞内共生の専門書「Endosymbionts in Paramecium」を編集 (2009, Springer)。現在の専門は進化生物学。2012年からは、文科省によるナショナルバイオリソースプロジェクトにおいて「ゾウリムシの収集・保存・提供」の課題管理者もつとめる。

【academist挑戦中】ゾウリムシで細胞内共生の仕組みを解明する!

この記事を書いた人

宮内 諭
宮内 諭
アカデミスト株式会社プロジェクトプランナー。医療情報専門webサイト編集者。
京都大学大学院薬学研究科博士前記課程修了。修士(薬学)。科学雑誌出版社でサイエンスライターとして雑誌編集に携わった後、現職。現在は、医療AI、オンコロジー領域を中心に取材・執筆活動を行う。