次世代の半導体デバイスを支える新材料「グラフェンナノリボン」とは? – 富士通研究所・佐藤信太郎主管研究員に聞く
スマートフォンをはじめ、あらゆる電子機器に組み込まれている半導体デバイスは、私たちの日常生活に欠かせないものになっている。技術者たちはこの数十年間、半導体デバイスの微細化を進めることで、常にその性能を向上させてきており、現在では数10nmの領域を制御できるようになったという。しかし、原子の大きさが有限である以上、この微細化競争がいつまでも続くわけではない。これからの半導体デバイスは、どのような方針で開発されていくのだろうか。今回、富士通研究所の佐藤信太郎主管研究員に、次世代の半導体デバイスの有力候補である「グラフェンナノリボン」について、詳しくお話を伺った。
——半導体産業の現状について教えてください。
「半導体の集積密度は1.5年ごとに2倍になるであろう」というムーアの法則に従うかたちで、特に1990年代のはじめから30年弱で、半導体産業は大きく成長しました。しかし、次の30年はどうでしょうか。実は、同じように成長できる技術的根拠がなくなってきたため、これまでほどには発展しないだろうと言われています。微細化が進められてきたことにより、現在は数10nmのサイズの半導体デバイスが実現しているのですが、これ以上進めると微細化の弊害が出てしまうのです。
——どのような弊害が出るのでしょうか。
たとえば、代表的な半導体デバイスであるトランジスタは、ゲートに電圧をかけることで電気を流すか流さないかのON/OFFを制御するのですが、ON/OFF時には、トランジスタそれぞれに流れる電流の比を4桁以上にしなければなりません。つまり、ONのときに1A流れたとすると、OFFのときには0.1mA以下でなければならないということです。このまま微細化が進むと、さまざまな理由により漏れ電流が発生するため、この比を4桁以上にすることができなくなります。もしこのトランジスタを実装したとすると、動作させていない状態のスマートフォンに電気が流れてしまい、電池がドンドン消耗するというようなことが起きてしまいます。何かしらの技術でこの問題を防げたとしても、半導体デバイスを原子のサイズである0.2nm程度より小さくすることは不可能ですので、現在の方向性ではどこかで行き詰まってしまうのです。技術者たちは、次の一手をどうすべきなのか日々考えています。
——たとえば、どのような解決方法が試されているのでしょうか。
ひとつは、シリコン以外の材料を使う方法です。これまで主に利用してきたシリコンに比べると、GaAsやInGaAsのように2種以上の原子が結合してできる「化合物半導体」は、同じ電界をかけたときに電子がより速く移動できる、つまり移動度が高いため、それらを用いた半導体デバイスを作ろうとしています。また、私の研究対象でもある「ナノカーボン材料」を使った開発も進められています。
——ナノカーボン材料には、どのようなものがあるのでしょうか。
たとえば、炭素が六角形の構造を作り平面状に広がったものを「グラフェン」、その構造が三次元的に重なったものを「グラファイト」と言います。また、炭素が正四面体構造で結合したものは「ダイヤモンド」で、まったく電気を通さなくなります。両者ともカーボンからできているのに、一方では電気を通して他方では電気を通しません。同じカーボンなのに構造が違うだけで性質が違うんですね。
——面白い特性を持つのですね。ナノカーボン材料は、半導体のどの部分に使われるのでしょうか。
たとえば、半導体チップに搭載された配線には、主に銅が使われています。微細化に伴い配線幅は狭くなるのですが、細くなると断線のリスクが高くなってしまいます。その点ナノカーボン材料は、電流密度を銅より3桁増やしても壊れない特性を持つので、銅の代替品として使うことができます。
——銅よりも丈夫であるということですね。他の特徴があれば教えてください。
移動度も大きく違いますね。移動度が大きければ大きい材料ほどその内部で電子が速く動けるのですが、シリコンと比べるとナノカーボン材料の移動度は100倍程度大きくなるので、そのぶん性能は上がります。また、熱伝導度も銅の10倍くらい高く、熱を溜めにくい特徴も持ちます。材料の特性としては言うことなしなのですが、今の原理の延長で半導体デバイスを作ろうとすると、やはり行き詰まるので、材料だけではなく異なる動作原理も追求していかなければなりません。
——異なる動作原理というのは、どういう意味でしょうか。
ノーベル物理学賞を受賞された江崎玲於奈さんが、既存のダイオードの動作原理とは異なる「トンネルダイオード」を発見されたように、現在一般的に使われている半導体デバイスとは異なる動作原理のものを探していかなくてはならないということです。まだ結果は出ていないのですが、私は現在、ナノカーボン材料の持つ特性を利用した新しい動作原理を模索しています。
たとえば、グラフェンをぐるりと巻いて作る「カーボンナノチューブ」は、巻き方によって半導体になったり金属になったりします。また、グラフェンを細いリボン状に切り取った「グラフェンナノリボン」は、やはり半導体になりますが、その幅によりバンドギャップが異なるという不思議な特徴を持ちます。このような特徴はナノカーボン材料ならではもので、他の材料にはありません。
——グラフェンがあれば、さまざまな半導体デバイスを作れるようになるということですね。
そうですね。半導体チップにはシリコンが、超高周波デバイスなどには化合物半導体が、車体にはシリコンカーバイドやガリウムナイトライドのように、バンドギャップの大きな別の材料が使われています。ナノカーボン材料を使えば、その構造や幅を変えるだけで、バンドギャップの大きな材料から小さな材料まで作れてしまうということです。ここがナノカーボン材料のすごいところです。さらにナノカーボン材料の他の特性を使った、新原理デバイスの探求も進めています。
——逆に、ナノカーボン材料を使うデメリットはあるのでしょうか。
材料としては期待十分なのですが、大量生産のための技術が追いついていないことは課題です。たとえば、グラフェンの厚みはたかだか原子一層分です。ですので、少しでも汚れがついてしまうと、材料の特性に影響が出てしまいます。また、カーボンナノチューブを大量生産できる工場はあるのですが、その巻きかたまでは制御できていません。つまり、大量生産すると金属と半導体が混ざってできてしまうんですね。ただ、シリコンを用いた半導体デバイスがはじめてできたときにも、多くの課題がありました。このような課題は、実用化が進みさまざまな人たちが関わるようになることで、自然と解決されていくように思います。
——佐藤研究員の研究する「グラフェンナノリボン」について、詳しく教えてください。
ナノリボンを作るには、グラフェンを1nmの幅に切る技術が必要です。これがなかなか難しいんです。はじめ技術者たちは、ナノリボンを通常の半導体製造工程である「トップダウンプロセス」で作ろうとしました。直感的なイメージとしては、グラフェンにプラズマなどを照射して不必要な部分を取り除き、ナノリボンを作るということになります。ただ、この方法では、リボンの側面の原子が欠損するなどの凹凸が生じて、側面が水素で終端する綺麗なナノリボンを作ることはできませんでした。
——大きなものから小さいものを取り出すような方法では、限界があったということですね。
そこで私たちは、ナノリボンを「ボトムアッププロセス」で作ろうと考えました。最初は海外の研究機関で試みられたのですが、たとえばまず3つの六員環の中央に臭素が結合した化合物を、有機化学合成により作ります。そして、その化合物を真空室で蒸発させて、金の基板に付加します。それを200度近くまで加熱すると臭素が取れて、取れた臭素の部分がつながって、ポリマー化します。このとき、六員環を構成する他の炭素には水素が結合しているため、臭素が外れたところどうしが互いに結合しているということになります。さらに400度近くまで加熱すると、水素が外れて外れた部位同士が結合し、綺麗なナノリボンが完成します。口で言うと簡単なのですが、臭素を付加した適当な前駆体を作ったり、第一原理計算と並行して作成プロセスを考えたりなど、実際には大変な作業ですね。
——現在ナノリボンの研究は、どれくらい進んでいるのでしょうか。
これまでは、3つの六員環をもとにナノリボンを作ってきたのですが、現在はさらに幅の広いものを作ろうとしています。ナノリボンの幅が変わればバンドギャップも変わるので、さまざまなデバイスを作ることができるんです。ナノチューブよりもバンドギャップを制御しやすい点が、ナノリボンの重要な特徴です。
また、ナノリボンの終端原子を他の元素に変えるという研究も進めています。ナノリボンのエッジに違う元素を接合することができれば、半導体のPN接合のようなものをナノリボンで実現できます。いろいろな特性を持つナノリボンを作り、それらを接合することで、新しいデバイスを作る。ナノリボンを面白さのひとつは、この「エッジの自由度」にあると思うんですよね。
——最後に、これからの目標について教えてください。
ナノリボンの基礎研究に加えて、ナノカーボン材料を用いて、センサーや高周波デバイスなどの個別デバイスを開発することが、当面の目標です。実際に私たちは、トランジスタのゲート部分をグラフェンに置き換え、グラフェンの仕事関数の変化を調べることで、特定のガスを高精度に測定できるセンサーとして機能するデバイスを開発しました。また、理論的にも水素エッジとフッ素エッジを組み合わせたナノリボンから、特性の良いダイオードができることを予測しました。海外の研究機関においても面白い結果が出てきており、研究は着実に前進しています。半導体チップに個別デバイスを仕込んでいくという話になると、半導体会社の戦略の問題もあるため、なかなか簡単にはいきません。これは、10年規模の計画になるでしょうね。ただ、企業の研究者としては、材料を作って終わりということではなく、常にデバイス化を見据えた研究を進めていきたいと考えています。
佐藤信太郎主管研究員略歴
株式会社富士通研究所デバイス&マテリアル研究所主管研究員。1990年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。ウシオ電機㈱を経て、2001年米国ミネソタ大学大学院博士課程機械工学研究科修了、博士(工学)。同年富士通㈱入社。2002年より㈱富士通研究所研究員、2007年主任研究員、2014年主管研究員となり現在に至る。2006-2010年㈱半導体先端テクノロジーズ兼務。2010-2014年最先端研究開発支援プログラム参加のため産業技術総合研究所に出向。主な研究分野はナノカーボン・二次元材料の合成・評価とその電子デバイス応用。
この記事を書いた人
- アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。