細胞の中の形

私たち人間を含め動物、植物、カビ、原生生物など目に見えるほとんどの生きものは真核生物に分類されます。真核生物は細胞の中に核を持つ生きものという意味ですが、この細胞(真核細胞)には核以外にもゴルジ体やミトコンドリア、小胞体、オートファゴソームなど、さまざまな形と機能を持った構造物があり、それらは総称して “オルガネラ(細胞小器官)”と呼ばれています。

真核細胞の構造(画像:MesserWoland, Szczepan1990

このオルガネラたちはそれぞれ異なった機能を担うことで細胞内で分業を行い、結果、全体として複雑で多様な細胞の振舞を実現しています。ミトコンドリアはエネルギー工場、オートファゴソームはごみ処理-リサイクル工場、小胞体は細胞各所や細胞の外で働くタンパク質(分子機械)の工場、ゴルジ体は小胞体で作られたタンパク質の配送センターとして働いています。これらオルガネラは脂質膜(油の膜)で形作られていて、膜で囲まれた内側や膜の表面にそれぞれ違ったタンパク質と化学環境を用意することで、それぞれの機能を実現しています。このようなオルガネラ各々の機能とそれを支える分子の種類や働きは、これまで生化学・細胞生物学・分子生物学の発展により多くのことがわかってきました。

では、オルガネラの形はどうでしょうか? オルガネラは物理空間に“脂質膜で形作られて”存在しているので、形を持ちます(当たり前ですが)。しかも、それぞれがユニークな形を持つため、古くから電子顕微鏡画像などで形に基づいて分類されてきました。また、多くの生きものがよく似た形のオルガネラを(長い進化を経てなお)保っているため、その形は生きものの生存に重要で、オルガネラの持つ機能と深く結びついていると考えられています。しかし、オルガネラがどのような仕組みで形作られているかは、あまり解明されてきていません。

その理由のひとつは、オルガネラがとても小さいからです。オルガネラは小さいため、その形を見るためには電子顕微鏡を用いなくてはいけません。電子顕微鏡で観察するためには、化学固定や急速凍結などで試料を固める必要があり、細胞を生きたまま観察することができません。つまり動いているオルガネラを観察することができないのです。このことは生きものの体の形作り:発生生物学が、ライブ観察技術の進歩によって大きく発展していることと対照的です。

では、オルガネラの動きを理解する方法はないのでしょうか? 上で述べたように、オルガネラはその部分々々を取り出してみると、分子の膜(脂質膜)とタンパク質分子でできています。これら分子の動きは物理学で記述できるはずです。では、この部分々々(ミクロ)の物理法則を積み上げ、電子顕微鏡画像などの断片的な情報と合わせて、オルガネラ全体の動き(マクロ)を理解することはできないか? 筆者はゴルジ体を例に、このミクロからマクロを再現する研究を行いました。

ゴルジ体をモデリングする

ゴルジ体は扁平につぶれた膜の袋(槽)が数枚折り重なった形をしています。哺乳類細胞の細胞分裂のときには、このゴルジ体はばらばらに分解されて形が無くなり、膜でできた小さな球(小胞)の集団になります。この小胞の集団を半分ずつ分裂後の娘細胞に渡すことで、ゴルジ体を受け継いでくのですが、細胞分裂後に小胞たちは集まってもう一度ゴルジ体の形にならないと、ゴルジ体を受け継いだことになりません。この“ゴルジ体再集合過程”により哺乳類細胞の中では細胞分裂ごとに一から新しくゴルジ体の形を作っています。この過程をミクロな物理法則から再現できれば、ゴルジ体形成の有力な仮説となり、形の謎に迫れるのではないかと考えました。

ゴルジ体のミクロな要素は脂質膜で、その形を決める重要な物理法則としてはまず膜の曲げ弾性(曲げたとき元に戻ろうとする性質)があります。また、ゴルジ体の膜には膜同士をくっつけるタンパク質が生えていることもわかっています。さらに、ミクロではないけど物理的に重要な性質として、膜の中と外の浸透圧差がコントロールされています。さて、この3つの物理的性質を取り入れて、まず、完成したゴルジ体の形が安定に保てるか考えてみましょう。ゴルジ体の各槽はディスク状の形をしており、2枚の平らな膜とそれをつなぐ曲がった縁からなっています。もし、すべての膜が同じ材料でできていて平らな膜が物理的に安定であるならば、縁は物理的に不安定ということになります。ゴルジ体の形を安定に保つために、細胞は縁になにか仕掛けをしているに違いありません。こういうとき、細胞は膜の外側からタンパク質をペタペタ貼って曲げたい箇所を安定化させることが知られています。ゴルジ体の縁でどのタンパク質がどう働いているかはわかっていませんが、似た機能を持つタンパク質があるという“モデル”を考えましょう。このモデルを組み込めば、一応、ゴルジ体の形を物理的に安定化させることができそうです。

ゴルジ体再集合過程を考えるうえで、まだ足りない要素があります。小胞たちが集まって融合することにより、はじめてゴルジ体という大きな構造物ができあがるので、膜と膜の融合という物理プロセスが必要です。では膜融合を組み入れて、ふたたび完成したゴルジ体の形が安定に保たれるか考えてみましょう。ゴルジ体には、膜と膜が接している部分がたくさんあります。もしここで膜融合が起こってしまうと、きれいな層構造が壊れていってしまうはずです。そこで小胞は融合するが槽の間では融合がおきないような“モデル”が必要そうです。

一方、完成したゴルジ体でも頻繁に膜融合(と膜分裂)が起こっている場所があります。縁です。そこで、小胞や縁と槽の内側を区別するシンプルな物理モデルとして“曲がった膜は融合するが平らな膜は融合しない”を考えることにしました。生体分子の言葉では“融合を助ける分子は膜の曲がった部分に集合する”となります。この分子の偏りもまだ実際には観測されてはいませんので“モデル”です。

さて、ここまででゴルジ体再集合に必要な物理プロセスを組み込み、かつ完成したゴルジ体を安定に保つようなモデルを考えることができました。一方、目指していたのはゴルジ体再集合過程の再現です。これはできるでしょうか? よく考えると、できあがったものを壊さないように使うことと、そのものを作ることは、まったく別のことで、後者の方がはるかに難しそうです。しかし、答えは「できる」です。これは研究を行った私達にとっても大きな驚きでしたが、たくさんの小胞を上の物理モデルに従って動かすと、自発的にゴルジ体のような形ができあがりました。小さく単純な要素が多数集まって影響し合うことにより、誰に教えられることもなく大きな秩序を作り出すことを「自己組織化」といいますが、ゴルジ体はまさに自己組織化によって作ることができるとこの研究は示しています。

今後の展開

さて、偶然にも思われる方法でゴルジ体を作り出してしまいましたが、この研究はゴルジ体(オルガネラ)の理解にどんな影響を与えることができるでしょうか? まず最初に述べたように、ゴルジ体の運動は目でも顕微鏡でも見ることができませんでした。この研究で作ったゴルジ体の物理モデルは本物ではありませんが、私たちが初めて見る、物理法則に則って動くゴルジ体のオモチャです。動きが見えることは、これまで考え付かなかったイマジネーションを呼ぶ可能性があります。このオモチャの動きを直接検証できないことはもどかしいですが、この動きからわかることで検証できること(現在の技術で観測できること)があるかもしれません。もし検証実験が行われ、結果が物理モデルにフィードバックされれば、物理モデルはより精緻になり、動きはより本物に近くなります。このように製錬したモデルの動きを見ることを、一種の可視化技術と考えることはできないでしょうか。今後私たちはゴルジ体以外にもさまざまなオルガネラや細胞内現象の可視化を目指して物理モデル作りを進めていき、さらに、実験生物学者と協力して新しい細胞の見方を提案していきたいと考えています。

参考文献
Tachikawa M, Mochizuki A, “The Golgi apparatus self-organizes into the characteristic shape via postmitotic reassembly dynamics”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS), doi: 10.1073/pnas.1619264114

この記事を書いた人

立川正志
立川正志
1999年大阪大学理学部物理学科卒業、2004年名古屋大学理学研究科博士課程修了、JST ERATO金子複雑系生命プロジェクト研究員等を経て2010年より現職(理化学研究所研究員)。