ブラックホール物理学の研究に勤しむ傍ら、毎年夏になるとギャンブラーとしてポーカーの世界大会に参加している慶應義塾大学・村田佳樹助教。理論物理学者がポーカーに熱中していると聞くと、一見、強そうなイメージを持つかもしれない。実際のところ、理論物理学とポーカーに接点はあるのだろうか。今回、村田先生とのポーカー対決を通じて、その実態に迫った。

ポーカー対決をする村田先生(右)とアカデミスト代表・柴藤(左)

地球上でブラックホールを作る?!

柴藤:はじめに、村田先生の専門であるブラックホール物理学について教えてください。

 

 

村田:ブラックホールとは、重い星が一生を終えるときに起きる超新星爆発の後にできる天体で、光すら飲み込んでしまう特徴を持ちます。地球から数千万光年という位置に存在しているので、なかなか研究が進みにくいように思えるかもしれませんが、宇宙に存在する4次元ブラックホールの性質については、理解が進んできています。

 

柴藤:4次元ということは、さらに高い次元のブラックホールがあるのでしょうか。

 

 

村田:はい。同じブラックホールでも、高次元ブラックホールに関しては未知なる部分が多いんです。高次元というのは、私たちが日頃認識する空間3次元と時間1次元を合わせた4次元時空ではなく、空間が4次元以上になるような5次元以上の次元を指します。

 

柴藤:想像するのが難しい世界ですね……。高次元ブラックホールはどのような状況で誕生するのでしょうか。

 

 

村田:ここ数年、研究者たちはどの状況で高次元ブラックホールが出現し、安定して存在できるのかということについて予測を行いました。私もその一人で、高次元ブラックホールの存在を裏付けるために、その安定性を理論的に調べてきました。

 

柴藤:実験ではなく、理論的に調べられているのですね。

 

 

村田:世界最大の衝突型円型加速器であるLHCで高エネルギーの粒子同士を衝突させると、小さな高次元ブラックホールができるという仮説があったのですが、残念ながら現段階では実験で確認することはできていません。ただ、この結果は高次元ブラックホールの存在を否定するものではありません。現在でも、理論構築の際の仮定を再検証することで、高次元ブラックホールを見つけようとする研究が進められています。

 

一般相対性理論をよりよく理解したい

柴藤:村田先生も引き続き高次元ブラックホールの研究をされているのでしょうか。

 

 

村田:最近では、高次元ブラックホールの存在を予言するというよりは、その研究の基盤となる「一般相対性理論」の理解を深めることをモチベーションに研究をしています。通常4次元で使われる一般相対性理論をD次元に拡張すると、4次元をより広い視点から見ることができます。一般化されたD次元の世界の理解を深めることができれば、私たちが日常生活で認識する4次元がどれくらい特殊な世界なのかということも見えてくるはずなんです。

柴藤:ひとつの研究テーマに没頭するというよりは、一般相対性理論を柱にさまざまな研究テーマに取り組まれているということですね。高次元ブラックホールの研究は、一般相対性理論の正しさを確認するという意味でも重要であると。

 

村田:はい。以前 academist Journal に寄稿した「私たちの世界の複雑性はどのように説明されるのか? – 物質の根源「クォーク」に潜むカオス」も、最近の研究成果のひとつです。

 

ポーカーは努力が実るギャンブル?

柴藤:ところで、村田先生は研究の傍らプロギャンブラーとしても活躍しているという噂を聞いたのですが……。

 

 

村田:プロではありません(笑)。まあでも、ギャンブルには興味ありますね。学生時代から、ポーカーやブラックジャック、麻雀、スロットなどをやってきました。

 

 

柴藤:特に好きなギャンブルはありますか?

 

 

村田:最近は、ポーカーをやることが多いです。そもそも努力しても勝てないギャンブルには興味はありません(笑)。ルーレットなんてまさに「カオス」で、物理的にどうすることもできないですからね……。

 

柴藤:ポーカーというと、はじめに5枚のカードが配られて、手持ちのカードを1枚ずつ変えながら「フラッシュ」や「ツーペア」のような役を作って、誰が最も強い役を作れたかを競うというゲームですよね。

 

村田:最終的に5枚のカードで勝負をするのは同じなのですが、本場のポーカーでは、役を作るまでのプロセスが大きく異なっているんですよ。実践しながら、説明していきましょうか。

 

柴藤:お願いします。

 

 

いざ、ポーカー対決!

村田:さて、今日はお試しということで、参加者が僕と柴藤さんの2人、各々が1000点のチップを持っている前提で進めましょう。チップはないので、今日はエアチップということで(笑)。カードを配る前に、場にチップを出すことになります。どれくらい出すかはレートによって変わるのですが、今日はディーラーの僕が25点、柴藤さんが50点出すという設定で進めていきます。

柴藤:はい。

 

 

村田:まず、参加者に2枚ずつカードが配られます。このカードを確認した段階で、各プレイヤーはプレイを続けるか降りるかを選択します。勝てそうなカードであれば続ける、勝てなさそうなカードであれば降りるというのが基本です。ただし、勝てなさそうな場合でも、相手を降ろすことができれば場にあるチップをすべて獲得できますので、続けるという選択もありです。

柴藤:まずは、5枚のうちの2枚を見て、勝てるかどうかを判断するわけですね。

 

 

村田:はい。たとえば私が、150点ベッドするとしましょう。もし、柴藤さんの手持ちの2枚が弱くて勝負できないと判断した場合には、ここで降りることもできます。

 

 

柴藤:でも、降りたらチップは取られてしまうんですよね?

 

 

村田:はい。その場合には、最初に出した合計75点のチップはすべて私のものになります。

 

 

柴藤:なるほど。

 

 

村田:勝負を続ける場合には、「コール」か「レイズ」を選びます。柴藤さんが僕と同じ150点をベットする場合は、2人の賭け額がそろうことになり、これを「コール」と呼びます。コールすると、場に3枚のカードが出ます。このとき、はじめに配られた手持ちの2枚と場に出た3枚の合計5枚が、各プレイヤーのハンド(持ち札)です。

 

コミュニティカードが3枚出ている状態。なぜか都合の良いカードが並んでいる

柴藤:残りの3枚は、参加者全員が共通して使うカードなんですね。

 

 

村田:新しく出た3枚は、みんなで共有して保有する「コミュニティカード」です。場に3枚出た段階で、自分のカードが弱くなる場合あるいは強くなる場合があるわけですが、先ほどと同様に、弱くても相手を降ろせば勝ちですので、ここからはテクニック勝負になります。

 

柴藤:ここで僕が150点出してコールをせずに、村田先生の倍の300点出した場合はどうなるのでしょうか。

 

 

村田:その場合、柴藤さんが「レイズ」したことになります。そのときには、僕がさらに150点を上乗せしてコールしない限り、コミュニティカードは出てきません。ただ、僕が上乗せするかは手元のカード次第ですが。

 

柴藤:とすると、自分の手持ちが弱くてもあえてレイズするのもありですね。

 

 

村田:その辺りは、テクニックです。さて、合計5枚の段階でもお互い降りずに再びコールされた場合には、場にもう1枚カードが出てきます。手持ちの2枚とコミュニティカード4枚のうち、最強の5枚の組み合わせが自分のハンドです。

 

4枚目のコミュニティカード登場。トランプが全然シャッフルできていないことに気づく

村田:というのを繰り返していくのですが、場に出せるコミュニティカードは5枚が上限です。最終的には、7枚のカードから最強の組み合わせを決めます。ここで賭け額がそろった場合には、カードを公開して、役の強いほうがチップを獲得できるということです。

 

柴藤:最後までくると、これまでレイズした分もあるので降りにくいですね(笑)。

 

 

村田:ポーカーの面白いところは、最後のフェーズまで行かない限りカードが非公開であることです。ですので、相手のプレイの様子を観察し、どのようなハンドであるかを絞りながらプレイすることが重要になります。たとえば、私がゴミみたいなハンドだとしても、相手のハンドも弱いと予想できた場合には、ベッドして降ろすというようなこともします。

 

柴藤:相手のハンドはどのように予想するのでしょうか。

 

 

村田:すべての物事に基本があるように、ポーカーにも基本があります。その基本ルールからのズレを測ることで判断することが多いです。よくベッドする癖のある人であれば、その人の過去の行動を参考に、そのベッドに意味があるかどうかを予測します。また、上手い人は基本に忠実にプレイするので、相手の立場になることでハンドレンジを予測したりもします。対戦相手の過去の行動やポーカーの基本、自分の持つハンドの情報を総合的に考えたうえで相手のハンドレンジを予測し、最適な行動を決めるというのがポーカーの本質です。

研究者はギャンブルに向いている!?

柴藤:ポーカーで最も規模の大きな大会は、どのような大会なのでしょうか。

 

 

村田:ワールド・シリーズ・オブ・ポーカーと呼ばれる大会です。参加費は1人100万円かかります。数千人が参加して、上位にランクインしたプレイヤーが賞金を受け取ることができる仕組みです。1テーブルに9名程度が集まり勝負を進め、手持ちのチップがなくなると脱落です。適当なタイミングでテーブルがつなげて人数調整しながら、最後の1人になるまで勝負は続きます。優勝者は、数億円の賞金を受け取ることができるんですね。

柴藤:村田先生もこの大会に参加されたことはありますか?

 

 

村田:ありません。さすがに趣味で100万円は出せません(笑)。もっと小規模の大会にはいくつか出場していて、ラスベガスで日々開催されているトーナメントでは優勝したこともありますよ。ただ、僕は残念ながらポーカーのセンスはないので……、地道に勝率を上げる努力をしています。

 

柴藤:ポーカーのセンスというのは、どういうところに現れるのでしょうか。

 

 

村田:センスのある人は、直感的に取るべき行動がわかるんでしょうね。相手がレイズしたときに、さらにレイズしたほうが良いのか、コールするべきなのか、降りたほうが無難なのかということを、あまり考えずにできてしまうんですよ。相手が無限回試行していれば、勝つための行動を数学的に決められるのですが、普通無理ですよね。適当に決めた行動が最適な行動に近い人。それがセンスがある人ではないかと思います。

柴藤:ズバリ、理論物理学とポーカーにつながりはありますか?

 

 

村田:ポーカーの基礎理論は誰でも学べるので、研究者ならではのアドバンテージはありません。実際にプレイ中に使う確率計算も、算数ですからね。そういう意味では、理論物理学とのつながりはないと思います。ただ、日頃から感情的にならずに客観的な根拠をもとに議論をしている習慣は、強みになっているのかもしれません。お金がかかっていて精神的に不安定な時に、データをもとに論理的に判断を下すというのは、意外と難しいので。

柴藤:なるほど。それが村田先生の強さの秘訣なのかもしれませんね。今年も大会に参加されるのでしょうか。

 

 

村田:今年も夏に大会に出る予定です。自分であらかじめ決めた限度額を守りながら、楽しんでプレイしたいと思います。いくらギャンブルで熱くなったとしても上限金額以上は使わない、という論理的な行動の積み重ねも、勝ちを生み出すポイントかもしれません。

 

研究者プロフィール:村田 佳樹(むらたけいじゅ)助教
慶應義塾大学 日吉物理学教室助教。1982年東京都生まれ。2010年京都大学大学院理学研究科修了。理学博士(京都大学)。ケンブリッジ大学、京都大学基礎物理学研究所を経て2013年より現職。専門は一般相対論。特に高次元時空のダイナミクスに興味を持っている。最近は、相対論の専門家の観点からゲージ・重力対応の研究を行っている。

この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。