「よーい、どん」のタイミングは反応時間に影響を与える
「よーい、どん」のタイミング
陸上競技の短距離走種目でのスタートでは、「よーい、どん」の合図の後にスプリンターが全力疾走をします。現在のルールでは、このときのピストル音からスプリンターが動き始めるまでの反応時間が100ミリ秒以下であれば、スプリンターは予測スタートをしたとして、フライング失格となります。
刺激の提示から反応の生起までの「単純反応時間」に関する心理学の研究では、この「よーい」は警告刺激、「どん」は反応刺激と呼ばれており、警告刺激から反応刺激までの時間間隔は先行期間と呼ばれています。この先行期間の長さは、その後の反応時間に影響を与えることがこれまでの研究で明らかにされています。
今回の研究では、まずオリンピックや世界陸上競技選手権大会といった国際大会88レースでの先行期間の分布を調査しました。その結果、国際大会での先行期間の長さは、1.780±0.158秒(平均値±標準偏差)であることが明らかになりました。次に、この値をもとに、5つの先行期間の長さ(1.465秒:SS条件;1.622秒:S条件;1.780秒:N条件;1.938秒:L条件;2.096秒:LL条件)の条件下で実験を行いました。
「よーい、どん」のタイミングが長いと反応時間は短くなる
実験は、世界陸上競技選手権大会やユニバーシアード大会等の国際大会経験者7名を含むスプリンター20名を対象に、室内にある実験用走路を使って先述した5条件下でのスタートダッシュを行うというものです。被験者には、事前に5条件の音声情報を知らせ、ウォーミングアップでは、それらの条件下で練習試技を行ってもらいました。
この際、スターティングブロックと被験者全身に60か所の反射マーカーを貼り付け、その三次元変位データを光学式ハイスピードカメラ16台にて取得しました。また、クラウチング姿勢時の両手、両足それぞれの地面反力をフォースプレート4枚で測定しました。そして、地面反力の水平成分の合計値、関節トルクに変化がみられた瞬間から全身反応時間と両肢12関節(両腕の肩・肘・手関節、両脚の股・膝・足関節)の関節反応時間を求めました。
その結果、SS、S、N、L、LL条件下での全身反応時間は156±8、133±6、125±4、129±5、117±5ミリ秒(平均値±標準誤差)となりました。つまり、先行期間が長いときほど、全身反応時間は短くなることがわかりました。このSS条件の全身反応時間とLL条件での全身反応時間の差は、39±7ミリ秒であり、この差は、スプリンターにとっては大きなフィニッシュタイムの差になります。現在の競技ルールでは、「セット」の掛け声の後のピストル音に反応してスタートをすることが決まっています。しかしながら、ピストル音のタイミングは最終的にスターターの主観により決定されています。そのため、レースによっては選手にとって反応時間が長くなる可能性があり、現行のルールでは公平性が保てない場合があることが示唆されました。
多関節運動により全身反応時間は生ずる
全身反応時間は、4枚のフォースプレートで測定された地面反力の水平成分の合計値で求めました。全身反応時間は全身の多関節運動によって生じます。今回の研究では、各条件下において12関節個々の関節反応時間を求めました。その結果、ほとんどの関節においては、先行期間が長くなれば関節反応時間は短くなるものの、前脚膝関節と前方スウィング腕手関節の関節反応時間は、先行期間の長さに影響を受けないことが明らかになりました。先行期間のあいだは、中枢では次に起こす動作の事前プログラミングを行っています。つまり、先行期間の長さは、動作の事前プログラミングに影響を与え、その結果、スプリンターの関節コーディネーション・パターンに影響を与えることが示唆されました。
肩関節は、他の関節と比較して、物理的に中枢に最も近位にあります。そのため、肩関節の関節反応時間は、LL条件下では100ミリ秒を下回って(前方スウィング腕:99±7ミリ秒;後方スウィング腕:98±9ミリ秒)、他の関節と比較して最も早く反応したと考えられます。このLL条件での肩関節反応時間は、全身反応時間の117±5ミリ秒よりも短いことから、今回の研究からは、肩関節の動きが、直接、全身反応時間に貢献したと判断することはできません。しかし、すでに全身反応時間よりも早く肩関節が反応していたという事実は、今後の陸上競技短距離走のスタートにおける反応時間の計測方法を再考する機会になるといえるでしょう。
参考文献
Otsuka, M., Kurihara, T., Isaka, T. (2017). Gun fire influences sprinters’ multiple joint reaction times of whole body in block start. Front. Psychol., 8: 810. doi: 10.3389/fpsyg.2017.00810
Telford, C. W. (1931). The refractory phase of voluntary and associative response. J. Exp. Psychol. 14, 1–36. doi: 10.1037/h0073262
この記事を書いた人
- 2011年3月に大阪体育大学博士後期課程を修了。その後、立命館大学スポーツ健康科学部助手、同特任助教を経て、現職である同助教に就任。2012年国際スポーツバイオメカニクス学会大会にてYoung Investigator Award 3rd Prize受賞。2013年日本体育学会若手奨励賞・優秀賞受賞。元メリーランド州立大学客員研究員(2011年10~12月)。運動力学によって一流短距離走選手の疾走動作の特徴に関する研究を進めている。これらの知見を体育科教育学へも応用をしている。
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