【academist挑戦中】無人探査ロボットで東京ドーム1万個分の海底地図を描きたい!

「未知の世界をロボットで解き明かすことに興味がある」と話す海洋開発研究機構(JAMSTEC) 技術研究員 大木健博士はこれまでに、宇宙や地上、海底といった人が行くことが難しい極限環境を探査するロボットの研究開発を行ってきた。さらに、現在はロボットを利用した無人海底マッピング技術の性能を競う国際大会「Shell Ocean Discovery XPRIZE」に出場する日本の若手研究者からなるチーム「Team KUROSHIO」の共同代表を務めている。探査ロボットの魅力はどこにあるのだろう。大木博士に、地震・津波の観測監視システム「DONET」の開発やTeam KUROSHIOの現状もあわせて、お話をうかがった。

地震・津波の観測監視をするシステム「DONET」

ーー大木さんのこれまでの研究内容を教えてください。

私が大学院生時代に在籍していた研究室では、移動探査ロボットの研究をしていました。移動探査ロボットが活躍する分野はいろいろありますが、なかでも私がテーマにしていたのは、火山です。人間が活動するには危険な極限環境である火山を、人間の代わりに調査する車輪移動型の探査ロボットを開発していました。

移動探査ロボットが未知環境で調査活動を行うためには、自らの位置を正しくわかっていなければなりません。しかしながら、ロボットの車輪が滑ってしまうため、車輪の回転のみから正確な位置を知ることは難しいです。たとえば、アスファルトや砂利道、さらさらな砂の上など、環境によって車輪の滑り方は大きく異なります。私は、ロボットが車輪の滑りやすさを自分で計算して自己位置を正確に推定するための技術について研究していました。

ーーJAMSTECに入られてからはどんなお仕事をされていますか。

「DONET(Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)」という地震と津波の観測・監視を目的としたケーブル式観測システムの開発プロジェクトに関わっていました。DONETは、陸上から海底の観測点までのすべてがケーブルで繋がっている、大規模なケーブル式センサネットワークです。2011年より稼働している和歌山県沖の「DONET1」と、2015年から運用開始された紀伊水道沖の「DONET2」があり、紀伊半島から四国沖の南海トラフに展開されています。DONET1は総延長約250kmのケーブルがループ状に敷設され、途中5箇所のノード(拡張用分岐装置)と呼ばれる装置にそれぞれ複数の地震・津波観測点が接続されています。DONET2も同様に、総延長350km程度の基幹ケーブルに7箇所のノードが入っています。DONET1と2を合わせると、海底の観測点は全部で51箇所あります。一番深いところでは水深4500mまでケーブルが伸びていますね。

DONETの展開図。●印が観測点、★印がノードの位置(C)JAMSTEC

ーーとても広大なシステムですが、どうやって作っていくのでしょうか。

DONET1、2それぞれ、まずは計画を立て、海底地形や底質の調査を行い、海底システムやケーブルの製造を行い、最後の2年間くらいで海の中に展開していくという5ヵ年計画になっています。私はちょうどDONET2の海底ケーブルを敷設する段階でJAMSTECに入所したので、ちょうど敷設工事が本格化した時期でもあり、多いときで年間90日ほど、乗船して業務を行っていました。

DONETには、大きく2種類の海底ケーブルが使われています。ケーブル敷設船で敷設される太いメインケーブル(基幹ケーブル)と、海中作業ロボット(Remotely Operated Vehicle: ROV)を使って敷設される細径ケーブルです。ケーブルの中には、光ファイバーと電源線が通っています。

基幹ケーブルは、日本にも数隻しかないケーブル敷設船を使って24時間ひたすら海の中に下ろしていきます。その後、ノードや観測点をケーブルに繋げていくのですが、地震計・津波計やノードを設置するのも、ケーブル同士を繋ぐのも、全部ROVを使って行います。こういった精密な作業を水深4000mという海底で行うのは非常に困難です。そこで、遠隔操作式のパワーのあるROVが活躍します。

ーーここでロボットが登場するわけですね。

まず地震計を入れるための筒を海底に設置するという作業を行います。船上から筒を降ろしていき、海底付近で落下させて海底に突き刺すか、それでも刺さらないほど地盤が硬いときにはROVにハンマーを搭載して筒を海底に埋め込みます。その後、ROVに掃除機を装備させて、筒の中の泥を掃除機を使って掻き出します。続いて、ROVに地震計などの観測装置を装備させて、筒の中に地震計を設置します。最後に、ROVに後埋設装置を装備させて、地震計と筒の上から砂を被せて筒と地震計の隙間を埋め、地震計を安定させるのです。

こうしてできた観測点をノードと接続していきます。ノードには、水深4000m以深でも抜き差し可能な8つの水中着脱ポートが付いています。そこに、ROVを使って通信ケーブルや電源ケーブルのコネクタを刺していくのです。この作業は熟練したROVパイロットの方が行うのですが、まるで職人芸のようです。

ノードと観測点のあいだは、10kmほどの光・電気複合の細径ケーブルで繋いでいます。細径ケーブルを巻きつけたケーブルボビンをロボットに装備させ、それを繰り出しながら、平均1ノット弱くらいのゆっくりした速度で海底を舐めるようにして引っ張っていく必要があります。細径ケーブルは直径1cm以下の細さですから、細径ケーブル展張は、非常に繊細なオペレーションが長時間に渡って求められる難易度の高い作業です。

海中作業を行うROV「ハイパードルフィン」(C)JAMSTEC

ーー地震計・津波計を置く場所やケーブルを設置するルートも、DONETでは重要なポイントになってきますよね。

そうですね。第一に、海底の地形が明らかになっている必要があります。海底地形の大まかな全体像はわかっているのですが、設置する場所のより詳細な地形を調べなければ、このようなケーブルシステムを構築することはできません。そのために、船の上からソナーの音波を使って地形図を作ります。こうしてできあがった25m〜50m程度の解像度の地図を見ながら、ケーブルを通すルートなどを検討していきます。海底にはごつごつした岩や崖があるため、繊細なケーブルを敷設できるルートは限られてきます。ただし、手がかりは地形図しかありませんし、その解像度も本当はもっと必要です。私は、その限られた地形情報からどこにケーブルを設置すべきかを考えるという研究も過去に行っていました。

ーーDONETによってこれまで明らかになっていることにはどういうことがありますか。

そもそもこれまでは、海底がどのように振動して、どうやって津波が起こっているのかという情報を知る手立てがほぼありませんでした。このデータを取れるようになったということが、まず非常に重要だと思います。特に、世界的に見ても地殻変動が活発な南海トラフの様子をリアルタイムで把握できるようになったということ自体が、DONETの成果の第一歩です。またリアルタイムのデータが取れるようなったことで、普段と様子が違うという異常な状態も把握できるようになります。大きな地震が起こるなどした場合に、その前兆現象として何が起こっていたのかということが明らかになってくるのです。

情報を瞬時にリアルタイムに伝えることができるDONETのデータは、緊急地震速報や津波警報にも既に利用されています。

※DONETは、2016年4月に防災科学技術研究所へ移管・運用されています。

7者の連携で世界にチャレンジ!

ーーDONETの設置には、海底の地形が明らかになっている必要があるというお話がありましたが、現在クラウドファンディングにチャレンジしている「Team KUROSHIO」の無人海底高速マッピング技術は、まさに今後DONETのようなシステムの構築や運用の際にも重要になってくると思います。大木さんはTeam KUROSHIOの共同代表を務められていますよね。現在の開発の状況を教えてください。

今年の3月に、無人海底高速マッピングの国際大会「Shell Ocean Discovery XPRIZE」のRound1を想定した海域試験を駿河湾で行いました。この大会では、地図作成のための自律型海中ロボット(Autonomous Underwater Vehicle:AUV)2台と、画像撮影用のAUV1台の3台体制のロボットシステムを使います。実際のシステムでは、これらを洋上中継機(Autonomous Surface Vehicle:ASV)で管制しますが、今回の海域試験では漁船を使っているため、部分的な予行演習ということになります。

ーー海域試験は今後も繰り返し行っていくのですか。

はい、その予定です。試験の結果をレポートにまとめてレビューを行って、それをもとにまたスケジュールを組み直して開発を進めて……という流れで進めていきます。次回の試験は、5月末を予定しています。

試験参加メンバーの集合写真(画像提供:Team KUROSHIO)

ーーTeam KUROSHIOのなかで大木さんはどういった立ち位置ですか。

現在は、7者の企業・研究所・大学がTeam KUROSHIOに関わっているのですが、ロボットはその所有機関で改造やメンテナンス、運用を行っています。たとえばASVを所有する三井造船は三井造船のなかでASVを改造、AUVを所有する東京大学は東京大学のなかでAUVの改修を行っています。しかしそれだけでは、無人海底高速マッピングのシステムとしては機能しないので、それぞれのロボットを連携させたひとつのロボットシステムを作る必要があります。私は、7者の機関の方々をチームとして機能させてシステムを完成させるためのプロジェクトマネジメントを行っています。海域試験も、チームとしての試験ということになりますね。

ーー大木さんのなかで、Shell Ocean Discovery XPRIZEに向けたいちばんの課題はどこにあるとお考えですか。

Team KUROSHIOには、これまで一緒に研究開発をしたことがない人たちが集まっているので、お互いの文化が違うんですよね。それぞれの文化の良いところを取り入れて一緒に開発を進めていくということは、なかなか難しいです。しかし、7つの機関が持っている力は相当なものがあります。それをうまく引き出すために、それぞれの機関が今抱えている課題を明確にして、開発全体のスケジュールに落とし込んでいくという作業が必要です。地味ではありますが、私たちJAMSTECの重要な役割であると考えています。

ーーTeam KUROSHIOのなかでの大木さんのお仕事は、マネジメントの要素が大きいかと思いますが、ロボットを対象にしているということはこれまでの研究生活の中でずっと変わらない部分だと思います。どういうところにロボット研究の魅力やおもしろさを感じられていますか。

ロボット研究っていうのは、とても学際的な分野だと思うんです。機械のことも、電気のことも理解している必要があるし、プログラミングもできないといけない。人間型ロボットの場合は人文学や、社会学の視点も必要になります。たとえば、自分にそっくりなロボットを開発しようと思ったら「人間の存在感とはいったいどこにあるのか」という哲学的な問いにまで話が膨らみますよね。一方で、我々が開発しているような海中調査のための実用的な働くロボットもあります。間口が広く、どんな研究にも繋がっていくというところが、研究者としてすごく良いところだと感じています。私は火星探査ロボットから興味が始まって、レスキューロボットや火山探査ロボット、海中ロボット……とロボットの調査フィールドを変えてきていますが、「移動探査ロボット」というキーワードを一貫して持ちながら研究を行っています。これができているのは、こういったロボット研究の懐の広さのおかげだと思っています。

ーー大木さんの研究者としてのビジョンを教えてください。

自分がロボットの世界に足を踏み入れたきっかけのひとつは、探査です。もちろんロボットそのものも好きなのですが、ロボットを使った「探査」はずっと続けていきたいキーワードですね。ロボットを使うことで、人間がいままでできなかったことを行い、知らなかったことを解き明かして、役に立つと同時に、世界中の人たちに知的な感動を与えられるような研究をしたいと思っています。

ーー最後に、Shell Ocean Discovery XPRIZEにむけた意気込みをお願いします!

世界中の研究者・技術者が挑戦するShell Ocean Discovery XPRIZEは、次世代の海中探査ロボットのコミュニティそのものだと思っています。そういう大会に積極的に出ていくということ自体が、まずとても重要です。もちろん、結果を出すことも大切ですが、その人たちとしっかり戦えるものを作るということは、結果的に世界中の人たちと海中探査のコミュニティを盛り上げていくことに繋がります。新たな技術が開発されることで、これまでリーチされてこなかった海底という世界の活用が、一気に広がるきっかけになると考えています。私は、Shell Ocean Discovery XPRIZEはそのトリガーとしての始まりのステップだと考えています。この”お祭り”を楽しむと同時に、お祭りの後に世界が良くなったことを実感できるよう、長期的な視点を持ちながらプロジェクトを進めていきたいです。

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Team KUROSHIOのクラウドファンディングチャレンジは、5月2日現在達成率70%、期間は5月26日までです。みなさんのご支援をお待ちしています!

 

大木健氏プロフィール

海洋研究開発機構(JAMSTEC) 地震津波海域観測研究開発センター 技術研究員。2013年、東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻にて博士(工学)を取得。東北大学の博士研究員等を経て2014年より現職。専門は移動ロボティクス、海底ケーブルシステム。未知の環境を移動探査ロボットで解き明かすことに興味を持つ。2016年より、Shell Ocean Discovery XPRIZEに挑戦する日本チーム”Team KUROSHIO”立ち上げに関わり、現在はチームの共同代表を務める。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/