4月11日、バイオテクノロジーのコミュニティ BioClubが主催するアストロバイオロジー(宇宙生物学)をテーマにしたイベント「BioClub Meetup vol.6 Astrobiology 〜地球外生命体を求めて〜」が東京・渋谷にて開催されました。

講演をしたのは東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の藤島晧介氏、そして慶應義塾大学先端生命科学研究所の「クマムシ博士」こと堀川大樹氏。また、講演後にはアカデミスト代表の柴藤亮介氏も交えてのトークセッションが行われました。

土星の衛星「エンケラドス」に生命はいるか

藤島晧介氏。約38億年前の火星予想について説明している

藤島氏はまず、アストロバイオロジーについて、その研究の意義や現在進めている研究内容もふまえて説明しました。

アストロバイオロジーとは、1990年代にNASAで研究され始めた比較的新しい学問です。これは言葉のイメージどおり、地球以外で生命が存在する可能性を探る学問ですが、その情報をもとに地球生命の起源、そして今後人類の生命圏をどこまで広げられるかを探る学問でもあります。

地球の生命体はすべて共通祖先から進化しており、共通の生命システムを持っています。「では宇宙の生命はどうだろうか? 地球の生命と同様なのか、はたまた異なるシステムなのか?」このような疑問のもと宇宙の生命体を探ることで、私たち地球生命体の起源や本質の解明に繋がると藤島氏は語ります。

太陽系内で生命が存在する可能性があるとされる星々

現在、NASAや各研究機関によって太陽系における生命や生命の痕跡を探す試みが行われているそうです。藤島氏は土星の衛星「エンケラドス」に着目して研究を行っています。

土星の衛星エンケラドスの表面には氷が存在していますが、土星の重力の影響(潮汐摩擦)により氷が解けて熱されるため、地下には海、そして間欠泉が存在することがカッシーニ土星探査機での調査によりわかっています。ここには生命存在の可能性があるため、藤島氏はエンケラドスの海水の調査や、惑星内でのペプチド捕獲実験などを行っているそうです。

(このイベントの2日後、NASAがエンケラドスで地下の熱水由来と思われる水素を発見したという発表を『Science』誌」上で行いました。水素を代謝に利用しエネルギーを得る微生物は地球にもいるため、このような生物が存在する可能性が示唆され注目されています。)

また調査は太陽系内に留まらず、ケプラー宇宙望遠鏡をはじめとする精度の高い望遠鏡などを用いて系外惑星を調査する試みも行われており、今後は太陽系外の探索がより活発になっていくようです。

クマムシが惑星間輸送を実現する!?

堀川氏は最強生物との呼び声も高い動物「クマムシ」に注目して研究を行っています。講演では、その極限環境耐性が私たちの宇宙進出へのヒントになるということまで話題を広げ、クマムシと宇宙の関係について説明しました。

堀川大樹氏。横には自身がデザインしたヨコヅナクマムシのぬいぐるみも

クマムシは緩歩動物門の多細胞生物であり、高温、低温、高圧、高放射線といった極限環境下でも死滅しない生物として知られています。クマムシはなぜこのような環境も生きていられるのでしょうか? その理由は「乾眠」です。

クマムシはストレスを受けると自ら脱水を行い、乾眠という仮死状態になることで極限の環境でも存在できるのです。乾眠状態のクマムシはDNAに傷が入りにくくなるため、放射線や紫外線にも耐えられることがわかっています。

こういったクマムシの「最強」である特徴に着目し、堀川氏は舞台を地球から宇宙に広げます。

クマムシが宇宙でも生存できるかどうか、過去にいくつか検証されています。疑似的に火星の環境を作り出す装置を用いた実験では、乾眠状態で41日間生き延びることができ、また衛星に乗せて宇宙空間に連れ出す実験においても、クマムシは生還したという結果があるそうです。

「“地球外生命体“というと、多くの人が細菌、もしくは人間に近い知的生命体という両極端な2つだけを想像する。しかし自分はその中間にある、クマムシのような多細胞生物にこそ焦点を当てている」と堀川氏。

神経や消化器官などを持つ多細胞生物が宇宙空間でも存在できることがわかり、その生態を解明、応用できれば、人間も宇宙に適応できるようになるかもしれません。細菌などの単細胞生物よりも多細胞生物に注目するのはこのためです。

また、宇宙には乾眠状態のクマムシのような「不活性生命」がいる可能性もあるといいます。堀川氏は、生命が誕生・生存できるとされる領域「ハビタブルゾーン」に対抗し、生命が不活性化などにより存在できる領域のことを「イグジスタブルゾーン」と命名しています。不活性生命、そしてイグジスタブルゾーンの研究が進めば、地球外に生命の起源があるとする「パンスペルミア説」の検証、また生物の惑星間輸送のヒントが得られるかもしれません。

アストロバイオロジーで叶えたい夢

トークセッションでは藤島氏、堀川氏がアストロバイオロジーへの思いを語りました。

トークセッションの様子

アストロバイオロジーとは、最終的に何を目標にした学問なのでしょうか。また2人が叶えたい夢は何でしょう。藤島氏は、「まずは、人類が火星に降り立つところを見ること。そして、生命が生命として地球外の惑星で生きられる世界をつくることを目標にしている。そして最終的には生命とは何かということを知りたい」と、生命の本質に迫ることであると話します。

これに対して堀川氏は、「いろいろな生物に乾眠の性質などを与えて“クマムシ化“してみたい。将来的には人間を乾眠状態にして遠方の星まで惑星間輸送することができるようになるかもしれない。それはとても面白いし、役立つものだと思う」と、その応用可能性についても説明します。

一方、アストロバイオロジーには課題もあります。藤島氏は、「NASAが過去に何度か火星探査に行っているが、その際に火星でも生存可能な枯草菌などを地球から持ち込み、火星を汚染している可能性がある。もしそうだった場合は、倫理的に問題がある」と指摘します。

また倫理面の問題として堀川氏は、最近発見された系外惑星について、「大気組成すらまだ判明していないのに、海などを描いた”地球風”のイメージアートが発表されている。人々の宇宙への興味関心を過度に煽るため意図的に作られている」ことを挙げます。宇宙は未知の部分が多いため、アストロバイオロジーでは多少の空想が許されてしまう側面があるのかもしれません。

NASAでは、2030年までに火星有人探査を実現させる計画もあり、これからますます宇宙、そして宇宙の生命への関心が高まっていくことが考えられます。これから盛り上がっていく分野だからこそ、私たちもアストロバイオロジーについてよく理解し、批判的な見方も身に付けなければいけないと実感したイベントでした。

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堀川氏は、現在academistで「最強生物クマムシの耐性の謎をゲノム編集で解明する!」のテーマでクラウドファンディングに挑戦中です。ぜひご支援をお願いいたします。

この記事を書いた人

佐々木優希
佐々木優希
北海道大学農学院修士2年在学。農学、生化学が専攻で、研究テーマは糖質関連酵素の機能解析。世の中の面白い研究を多くの人に広め、科学を身近な楽しいものにしたいという思いを胸に現在academistで修行中。