深海に住む悪魔のサメ「ミツクリザメ」- その驚きの捕食方法「パチンコ式摂餌」とは?
サメの仲間は世界で500余種が知られ、浅海から深海、沿岸から沖合、海底から表層、そしてあるものは淡水域にまで侵入します。彼らは肉食性で、無脊椎動物や魚類を捕食し、時に哺乳類を襲うサメもいます。
ミツクリザメとはどんなサメ?
ミツクリザメは、19世紀に横浜で発見され、大変奇妙な姿形から新科新属新種のサメとして報告されました。その後、深海調査が進むにつれ、世界に広く分布していることが明らかになってきました。
このミツクリザメは、顎が前方に飛び出し、歯がむき出しになった恐ろしげな容貌と色素を欠いた桃色の体から、欧米では「goblin shark(悪魔のサメ)」の呼称で知られています。日本では、長い鼻先(吻)からテングザメなどと呼ばれることもあります。しかし発見から一世紀以上経っても、その生態はほとんど明らかになっておらず、特にミツクリザメの最大の特徴ともいえる、前方に大きく突出する顎が捕食時にどのように使われるのかは大きな謎でした。しかし、近年NHKが海中での捕食シーンを撮影し、謎の解明に歩み出すことができました。
ミツクリザメの捕食行動に迫る!
NHKが撮影した映像には、顎を突出させ噛み付くミツクリザメの様子が、側方・下方・前方・斜めなどから撮影された生体映像も含まれており、その映像を下図cのように3.3〜13.2ミリ秒の分解写真にして、その捕食行動を解析しました。
その結果、想像でしかなかったミツクリザメの捕食行動の実態がはじめて明らかになりました。サメの摂餌過程は、一般的に、Resting(休止状態)、 Expansive(開口行動)、 Compressive(閉口行動)、 Recovery(復元行動)の4つのフェーズに分ける事ができます。ミツクリザメの場合もこの4フェーズに分けることができますが、閉口行動と復元行動には意味の異なる動作が含まれ、閉口行動を新たに3つのステージ(shooting射出動作、grasping把握動作、holding確保動作)に、復元行動を2つのステージ(re-opening再開口動作、re-closing再閉口動作)に細分しました。
下図のbは1回の捕食行動における顎の動きです。aに示したように、眼の前縁を原点(0, 0)とし、上顎前端ut(青点)と下顎前端lt(赤点)の動きを表しています。bの青点ループは上顎の、下の赤点ループは下顎の挙動を示し、数値は捕食行動の開始からの経過時間を示します。上下顎ともに、”0”ミリ秒が捕食行動の開始位置、そして捕食行動の終わりが”1397”ミリ秒になります。cと比較をしながらご覧ください。
猛烈な速度で、遠方まで突出する顎
それでは時間経過とともにミツクリザメの捕食行動をフェーズごとに詳しく見ていきます。
1)開口行動(0~146ミリ秒)
まず餌を発見すると、ミツクリザメは休止状態(0ミリ秒)から開口行動を開始します。下顎が後下方に高速で下ろされ、最大角度が111度にもなるほど口が大きく開かれます。このとき上顎はほとんど動きません。
2)閉口行動(146〜785ミリ秒)
次は閉口行動で、顎を閉じ、餌に噛み付く行動になります。ほとんど動いていなかった上顎は前下方に、そして大きく開いていた下顎は前上方に飛び出します。この間に口は閉じられていきますが、この行動の最初の部分(146〜239ミリ秒)は顎の先端部が垂直方向(Y軸方向)よりも水平方向(X軸方向)により大きく動いているので、顎を前方に送り出す動作(射出)になります。射出動作で顎が前方に移動する距離(射出距離)は、上顎で全長の8.6%、下顎で同9.4%でした。他のサメ類の射出距離は全長の0.9〜4.0%なので、ミツクリザメの射出距離は他のサメ類の2.1~9.5倍にもなり、他のサメ類と比べて、極めて大きく顎を突出させる事が判明しました。
また、射出動作の瞬間最大速度は、上顎が秒速1.60m(時速5.76km)、下顎が秒速3.14m(時速11.30km)でした。サメやエイの仲間が含まれる板鰓類における顎の射出速度のデータはあまりないのですが、吸引索餌をするために瞬間的に口を突出させることが知られているブラジルシビレエイは秒速0.87m、硬骨魚類の中で最速と言われているギチベラでも瞬間最大速度は秒速2.31mですので、ミツクリザメの顎がいかに速く突出するか理解できます。
次に把握動作(239〜319ミリ秒)が始まります。この間は顎の前端の垂直方向の動き(Y軸方向)が水平方向の動き(X軸方向)を上回るために、上下顎を合わせる(口を閉じる)動作になります。これで獲物がしっかりと捕えられます。捕食行動開始から把握動作の完了までにたったの0.319秒しかかかりません。ミツクリザメがいかに一瞬で餌を捕らえてしまうのかがよくわかります。その後は獲物をしっかりと確保し、両顎を元に戻す準備をします(確保動作:319~785ミリ秒)。この時間は獲物の大きさや種類などで大きく変わることが予想されます。
3)復元行動(785〜1077ミリ秒)
最後は顎を元の位置に引き戻す復元行動になります。この行動は単純だろうと想像をしていましたが、思いもよらぬ現象が観察されました。785〜1077ミリ秒の上下顎の動きをみると、上顎の位置は一定ですが、下顎が下側に大きく動いている事がわかります。なんと両顎を元に戻す途中で、再び口を開いているのです(再開口動作)。復元行動の開始時には開口角度が10度程度でしたが、その後1077ミリ秒時点で口を大きく開け、48度にもなりました。口を開けると捕らえた獲物を逃すおそれがあるため、この行動は不思議な現象ですが、他のビデオ映像を見ても同じ動作が確認されました。他のサメ類では知られていない動作ですので、この行動はミツクリザメ特有の現象と考えられます。再開口の理由やその仕組みは現在研究中です。その後は下顎が上昇し、再び口が閉じられて休止状態(1397ミリ秒)に戻ります。これで、一回の捕食行動が終了します。
ミツクリザメの“パチンコ式摂餌法”と進化
獲物を捕らえる時に顎を突出させる行動は、サメ類に一般的に見られますが、ミツクリザメはその能力を顕著に発達させ、他のサメ類とは比較にならないほどの高速ではるか前方まで顎を突出させることができることが明らかになりました。この様子は、解剖学的な特徴も考慮すると、著者らに遊具のパチンコ(ゴムを引っ張り、石を遠くに飛ばす道具)を連想させ、ミツクリザメの摂餌方法を「パチンコ式摂餌(slingshot feeding)」と命名しました。
では、パチンコ式摂餌がどのように獲得されたのでしょうか。ミツクリザメはネズミザメ目に属する深海性のサメです。しかし、ネズミザメ目の祖先が浅海に生息していたこと、現生ネズミザメ目や近縁なサメ類が浅海に生息しているという事実から、ミツクリザメは浅海から深海生活に適応進化し、この過程でこの特殊な捕食能力を獲得したと考えられます。
ミツクリザメは主に魚類を捕食しますが、体は細長くて柔軟、そして筋肉は水っぽく、高速で獲物を追いかける能力を欠いています。事実、尾部の蛇行運動でゆっくりと泳ぐ様子が観察されています。このようなことから、ミツクリザメは餌生物の少ない深海で、泳ぐ魚をより確実に捕らえるために、顎を高速に、遠くまで投げ出す新たな手段を獲得した、と考えています。このような食餌法は、動きの鈍いカメレオンが餌を捕らえる方法とも通じるものがあります。
ミツクリザメの歌
ミツクリザメの生態を紹介する「歌」を作りました。お聴きください。
(https://www.youtube.com/watch?v=h0mF600pYqg)
参考論文
1.Nakaya, K., T. Tomita, K. Suda, K. Sato, K. Ogimoto, A. Chappell, T. Sato, K. Takano and T. Yuki. 2016. Slingshot biting of the goblin shark Mitsukurina owstoni (Pisces: Lamniformes: Mitsukurinidae) Scientific Reports, 6, 27786; doi: 10.1038/srep27786
2.Ebert, D.A., S. Fowler and L. Compagno. 2013. Sharks of the world. Wild Nature Press, England, 528 pp.
3.仲谷一宏 2016. サメ-海の王者たち. ブックマン社、東京、248 pp.
この記事を書いた人
-
北海道大学名誉教授
(日本板鰓類研究会会長、気仙沼シャークミュージアム名誉館長)
様々なサメ類の形態学、分類学、生態学を中心に研究に従事。近年は機能形態学的な側面からサメ類の摂餌法などの解析を行なっている。2016年からは「さめ先生のサメの歌」をyoutubeに以下のURLで公開中ttps://www.youtube.com/channel/UCYXj8THXe5cG5FR5incWiKg/videos 作詞:さめ先生(仲谷) 作曲・歌: ネネッチ。ナヌカザメ、ホホジロザメ、イタチザメ、オナガザメ、ジンベエザメなど12種を発表、さらに継続中。
著書:サメ・ウオッチング(平凡社)、サメのおちんちんはふたつ(築地書館)、サメ〜海の王者たち(ブックマン社)、さめ先生が教えるサメのひみつ10(ブックマン社)など。