あっ、ヒゲだ?! それが彼の第一印象でした。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の佐藤友彦 博士は「カンブリア爆発と呼ばれる”進化の大爆発”の謎を解き明かしたい!」と2014年12月、academistでクラウドファンディングに挑みました。

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研究をアピールする佐藤さん

 

今、地球には、さまざまな姿をした生き物がいます。私たちヒトのように背骨で体を支える動物や、背骨は持っていないけれど体のまわりに殻を持ったエビやカニのような生き物など……。太古の昔、約6億年前の地球では、生き物はこのようにさまざまな姿をしていたわけではありませんでした。身体全体が柔らかく、海底にへばりついたり水中を漂ったりしながらまったりと暮らす生き物ばかりの時代が、長い間続いていたのです。

しかし、カンブリア紀と呼ばれる約5億4000万年前の時代に、背骨のもとになる構造を持った生き物や、様々な形の殻を持った生き物など、多種多様な形をした生物が、一気に、そして大量に出現したのです。この爆発的な生き物の形の多様化は「カンブリア爆発」と呼ばれています。

いったい、この時代に何が起こっていたのか。どうやってカンブリア爆発は起きたのか−−その謎を解明するためのヒントが佐藤さんの研究ターゲットとなる「Small Shelly Fossils(通称:SSF)」です。SSFは、カンブリア爆発の始まりの時代に真っ先にさまざまな進化を遂げた小さな殻をもった生き物たちの化石のことをいいます。

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いろんな形のSSF。どれも小さい!

SSFは1mmくらいの大きさで、さまざまな生物のグループが含まれており、SSFに続いて出現した三葉虫やアノマロカリスなどの身体の一部が含まれている可能性もあるそうです。カンブリア爆発の謎を解く鍵が、きっとここにあるはず! 佐藤さんはカンブリア爆発の「始まり」がどのように起こったのかを、SSFの調査から解き明かそうとしています。

クラウドファンディングに成功し、今回そのリターンのひとつでもあるサイエンスカフェでご自身の研究について熱く語られていた佐藤さん。普段ご研究をされているという新築ピカピカのELSIの内部に著者の白瀧が潜入して、お話をうかがいました。

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佐藤さんのご案内で、ELSIに潜入です!

 

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白瀧:SSFとの出会いは、何がきっかけだったんですか。

 

 

sato_icon佐藤さん(以下、敬称略):もともと自然科学が好きだったんですが、大学の3年生のときに実習でアメリカのグランドキャニオンに現地調査に行ってスケールの大きさに感動し、地球科学の道に進むことに決めました……というのは、サイエンスカフェでもお話させていただきましたね。

 

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グランドキャニオンで感動し、思わずジャンプする佐藤さん

 

sato_icon佐藤:研究室に入って、最初は今とは少し違うテーマの研究をしていたんですけど、あるとき僕の先生と共同研究をしていた方が使わない地層サンプルの一部をくれたんです。当時の自分の研究でターゲットにしていた時代の地層サンプルだったし、せっかくだからと思ってその頂いたサンプルを分析してみたら、SSFがいっぱい出てきた。おっ、これは!? となりました。

 

shirataki_icon白瀧:へえ、偶然の出会いだったんですね。その後、博士課程のころから、佐藤さんご自身が実際に中国に行かれるようになり、研究も本格的になっていった……と。SSFの研究は、どのあたりの地域で調査をされたんですか。

 

sato_icon佐藤:南中国の澄江(チェンジャン)というところです。中国といっても北京や上海などからは遠くて、むしろミャンマーやラオスに近い地域ですね。ここは世界最大の、リン酸塩岩の地層がある場所なんです。

 

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白瀧:リン酸塩岩……ですか。リンを含む石、ということですね。

 

 

sato_icon佐藤:はい、そうです。リン鉱石とも呼ばれていて、肥料にも使われていますし、昔は火薬の原料などにもされていた石です。リンの岩石ってあまりないんですけど、チェンジャンには本当に大きなリン酸塩岩の地層があって。実はチェンジャンは、史上最大の”リン酸塩岩堆積事件”が起きたと考えられている場所なんです。

 

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sato_icon佐藤:最初に解析したSSF入り地層サンプルにもリンが含まれていたので、”リン酸塩岩堆積事件”がSSFの進化になにか影響を与えていたかもしれないと考え、チェンジャン周辺のリン酸塩岩の地層をかたっぱしから見てまわりました。

 

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白瀧:か、かたっぱしから、ですか!?

 

 

sato_icon佐藤:はい。たくさん見てまわりました。地層の近くの村の、村長さんのお家に泊めてもらって、村長さんに現場の地層を案内していただいたりもして。リンって肥料になるから、畑づくりをされている村長さんは、リンが多く含まれている地層がどこにあるのか、とてもよくご存知だったんです。

 

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白瀧:なるほど。現地の方々のご協力も重要だったんですね。

 

 

sato_icon佐藤:そして地層を丁寧に調べているうちに、どうもリンの量が多い部分にSSFがたくさん存在しているらしいぞ、ということが見えてきました。

 

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sato_icon佐藤:さらに、リンが多い部分というのは、岩石中の粒子が、大きくてゴツゴツしているということもわかったんです。川をイメージしてもらえますか? 上流は石が大きくゴツゴツしているけれど、下流ほど石が削られて小さく、丸くなっていますよね。SSFは海に住んでいたと考えられるのですが、海といっても深い場所ではなく、浅瀬に住んでいただろうということが明らかになりました。

 

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白瀧:SSFは、浅い海のリンのたくさんある場所に住む生物だった、ということですか。

 

 

sato_icon佐藤:はい、そうです。SSFはリンの溜まりやすいとても浅い海……おそらく、奥まった海岸の砂浜のようなところに住んでいた。そこで小規模な土砂崩れが繰り返し起こり、海の中の浅いところで次第にそれが積もり積もって、今の地層になったんだと考えています。カンブリア爆発の始まりの時代に、SSFの多様化が閉鎖的な浅い海で起きた、というのは、ほぼ確定的です。

 

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白瀧:では、まだわかっていないことというのは……?

 

 

sato_icon佐藤:リンがどこから来たのか? ということです。一般的に、リン酸塩岩はリンを多量に含んだ水が深海から上がってくることで出来るといわれています。でも、SSFは浅瀬に住んでいて、そこにあるリンが深海由来だとは考えにくかった。だから僕は、深海ではなく火山由来のリンが怪しいのでは? と睨んでいます。それをはっきりさせるためにもう一度、中国で調査をしたいんです。

 

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白瀧:あっ、それが、クラウドファンディングの際におっしゃっていた調査なんですね?

 

 

sato_icon佐藤:はい! たくさんの方のおかげで、クラウドファンディングをサクセスすることができました。早く研究を進めて、また良いご報告ができるよう、頑張ります!

 

 

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お話のあとにELSIの出口まで送っていただいたところ、佐藤さんから豆知識を教えていただきました。なんとELSIの出口の床には、微生物の化石である「ストロマトライト」と呼ばれる岩石がはめ込まれていて、ちょっとした見所なんだそうです。

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床に並べて敷かれたストロマトライトについて語る佐藤さん

最後の最後まで、佐藤さんの地球科学への情熱をひしひしと感じさせられたのでした。

現在、SSFの研究を進めながら、ガボンの大型化石という新たなテーマにもチャレンジしようと準備を進めている佐藤さん。生物進化という大きな謎にさまざまな化石から挑む彼を、私たちも応援しています!

【佐藤さんのSSF論文】
T. Sato et al. “A unique condition for early diversification of small shelly fossils in the lowermost Cambrian in Chengjiang, South China: Enrichment of phosphorus in restricted embayments” Gondwana Research (2014) DOI: 10.1016/j.gr.2013.07.010

この記事を書いた人

白瀧千夏子
白瀧千夏子
生体分子に魅せられて、信州大学理学部生物科学科で生物学を学んだ後、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻にてタンパク質化学の研究で博士(理学)の学位を取得。趣味は科学系の博物館巡りと美味しいケーキ屋さん探し。