日本で見つかった首長竜「フタバスズキリュウ」の研究秘話 – 東京学芸大・佐藤たまき准教授に聞く
フタバスズキリュウは、今から50年近く前の1968年に、当時高校生だった鈴木直(ただし)氏により福島県でその化石が発見された”国産”の首長竜です。長いあいだ科学的な検証が十分に行われず、正式な論文として発表されていませんでしたが、2006年に現・東京学芸大学の佐藤たまき准教授により論文化され、フタバスズキリュウが新属新種の首長竜として正式に記載されました。
佐藤准教授は、この成果をはじめとするさまざまな首長竜研究の業績から、2016年の春に「猿橋賞」という有名な女性科学者賞を受賞しています。子供から大人まで、多くの古生物ファンを魅了するフタバスズキリュウですが、その研究は、一体どんなものだったのでしょうか。佐藤准教授にお話を伺いました。
――研究は、いったいどういったところから取り掛かられたのでしょうか。
私が標本を見た時点では、骨の化石が周囲の岩から外されて、1つひとつバラバラになっている状態でした。でも、この状態になるまでにはとても長い時間がかかっています。
1968年に鈴木さんが、崖に埋まっている骨の化石の断面を見つけ、それを当時の国立科学博物館の研究者に相談したのが始まりです。どうも首長竜の化石のようだということで、崖を崩して掘り出すことになりました。ものすごい大きさで、人間の手作業ではとても掘れないので、地元の方の協力で重機で崖を崩して化石をある程度露出させてから、上野の国立科学博物館に持ち帰って研究するために骨の周辺部が切り出されました。
1つひとつの骨が地層の中でどういう位置関係にあったのかということは、この「切り出した状態」でないとわかりません。骨を岩から外してしまうと、個々の骨の形は見えますが、たとえば、ある骨が右側の骨か左側の骨かはわからなくなってしまいます。それを防ぐために、この「骨の化石を地層ごと切り出した状態」の模型(産状模型)が作られました。今も国立科学博物館に展示されているのは、この産状模型です。
産状模型が作られた後で骨が岩から外されたのですが、私が初めて標本を見たときには、骨は全部きれいに外されたバラバラの状態になっていました。
――そのバラバラの骨を1つひとつ確かめていかれたんですね。
はい。私が研究するときには、骨の輪郭を確認して、大きさを測定したり、形状をほかの標本と比較したりしていきます。
――フタバスズキリュウを新種だとするポイントになった部分を教えていただけますか。
まず、フタバスズキリュウは、エラスモサウルス科に分類される首長竜です。首長竜にも、首が短いもの、首があまり長くないもの、そこそこの長さのもの、首が長いもの……と、いろいろな首の長さのものがいるのですが、そのなかでも極端に首が長いのがエラスモサウルス科の首長竜です。ひとつの特徴だけで分けているわけではないですし、見つかる骨の部分によっても見分け方が違うので、全部説明するとものすごいことになってしまうのですが、ほかにも、脳幹と呼ばれる脳みそが入っている骨の形などにはエラスモサウルス科とわかる特徴があります。
そんなエラスモサウルス科の首長竜のなかで、フタバスズキリュウが新種となったポイントは大きく3つありました。ひとつ目は、目と鼻の距離がほかのエラスモサウルス類に比べ離れているということです。2つ目は、骨の形です。首長竜は、人間でいう鎖骨の間に「間鎖骨」という人間にはない別の骨があります。これらの骨は癒合していて、種によっていろいろな形をしているのですが、フタバスズキリュウはこの癒合した骨が亜五角形でほかのエラスモサウルス類には見られない形をしていました。3つ目は、足のプロポーションですね。上腕骨の大腿骨に対する長さの比や、人間でいうスネの骨(脛骨)とふくらはぎの骨(腓骨)の大腿骨に対する長さの比が、既知の種とは異なっていました。
――研究者として見たときに、フタバスズキリュウ研究の学術的な意味は、どんなところにあるのでしょうか。
首長竜の専門家から見てフタバスズキリュウが重要なのは、白亜紀のサンクトニアンという時代の地層から見つかっており、「北太平洋岸エリアのなかで一番古い」という点です。
フタバスズキリュウが含まれるグループであるエラスモサウルス科の首長竜は、白亜紀には世界中どこにでもいた生き物なのですが、化石がバラバラの状態で見つかることが多いんです。バラバラの状態では種や属の同定ができないことが多いため、フタバスズキリュウは、北半球側の環太平洋域において、まともに骨格が見つかっているエラスモサウルス類で一番古いものであるといえます。そして、北アメリカやオーストラリアで見つかっているほかの首長竜と形を比較して属や種の同定ができる、北太平洋岸産出の唯一のエラスモサウルス類標本です。
――そんなにバラバラになってしまっている化石ばかりが出るんですね。
日本でも首長竜の化石自体はたくさん見つかっているのですが、残念ながら保存状態が良くないので、化石をほかの首長竜と比較できないことが多いのです。たとえば、種を同定するには骨の輪郭が必要になりますが、骨がボロボロになっていて輪郭がわからなかったり、そもそも背骨のみしかなかったりといったような状態です。
フタバスズキリュウの化石は一部がちょっと見えた状態から一気に掘り出したのできれいに残っているのですが、たいていの首長竜化石は、がけ崩れで落ちたものを拾ってくるとか、長期間雨風にさらされて風化したものを拾ってくるケースが多いので、ボロボロになってしまっているんです。
――フタバスズキリュウは、この1個体のほかにも見つかっているんですか。
今のところ、この1個体のみです。1匹だけしかいなかったはずはないので、ほかに出てきてもおかしくないのですが、やはりほかの化石は保存状態が悪く、フタバスズキリュウかどうか確認できないのです。
――発掘なども含め、いろいろな方が関わられて新種記載に至ったフタバスズキリュウですが、やはり佐藤先生がさまざまな場所の首長竜と比較して、最後にきちんと結論を出されたのがポイントになったと思います。こういうことをできる方は、ほかになかなかいらっしゃらないのではないでしょうか。
大型脊椎動物化石の研究の難しさは、データが定量化できないことが多いというところにあります。たとえば、今生きている生物であれば、DNAの配列を調べて電子化できますし、葉っぱの形の比較であれば「ここからここまで測ったときに、何が何個ある」というような定量化がしやすいですよね。だけど、1つひとつの骨の形は定量化ができないうえに、3次元のものなので写真では判断できません。大きいため、CTスキャンも不可能です。
そのため、実物の標本を見に行く必要があるのです。プロになるためには、とにかく自分の足で博物館に行って標本を見て、形を頭に入れなければなりません。このプロセスには時間が掛かるということもあり、そこまでできる人はあまりいません。
私は博士論文の研究で、主にカナダのエラスモサウルス類を記載するためにあちこちの博物館をまわってデータを持っていたので、この研究ができました。この分野には、経験主義のようなところがあって……たとえば、化石は地層の中で歪んでいることも多く、見慣れていないとそれが歪んだ形なのか、生きているうちからこの形なのかがわからない。経験から目を慣らすことで理解が進むという側面は、この分野にはどうしてもあると思います。
――フタバスズキリュウの論文は2006年のものでしたが、近年はどんな研究をされていますか。
私は分類屋さんなので、骨の形を見て「これはなんとかサウルスだ!」というように種を決めるということをしています。ここ10年くらいは日本と中国とカナダの標本を研究していますね。
中国の標本は、三畳紀に生息していた、首長竜に近縁な爬虫類です。首長竜は基本的にはジュラ紀と白亜紀に生きていた生物ですが、ジュラ紀のひとつ前の時代である三畳紀の地層から出た首長竜に近い動物の標本について中国やカナダの研究者の人たちとチームを組んで研究し、記載論文にしています。またカナダでは、日本で見つかる首長竜と同じくらいの時代の地層から首長竜が見つかるので、それらについても研究しています。
日本のものは、北海道の首長竜たちですね。北海道では首長竜の化石がたくさん出て、小さな博物館がそれらをコレクションとして所有しているんです。私は、そういった地方の小さな博物館に行った際に、とにかく首長竜と名のつく標本を全部見せてもらっています。ときどき、首長竜ではなく実は恐竜の化石でした、ってこともあるんですけど(笑)。でも逆に「よくわからない骨なんですけど……」と紹介されたものが、「あ、首長竜の骨だ、研究に価するな」ということもあって、場合によっては卒研生のプロジェクトとして取り組ませていただいたり……そんな“宝探し”をずっとやっています。
佐藤たまき准教授プロフィール
東京大学理学部地学科、シンシナティ大学大学院修士課程を経て、カルガリー大学大学院博士課程修了、Ph. D.授与。カナダ・王立ティレル古生物学博物館、北海道大学、カナダ自然博物館、国立科学博物館での博士研究員を経て、2007年に東京学芸大学に着任、2008年より現職。物心ついたころにはすでに恐竜などの化石動物が大好きで、そのまま大人になってしまった。趣味は読書で、好きな作家は芥川龍之介、アントワーヌ・サンテグジュペリ、ジャック・ロンドンなど。
フタバスズキリュウ記載論文(オープンアクセス)
A NEW ELASMOSAURID PLESIOSAUR FROM THE UPPER CRETACEOUS OF FUKUSHIMA, JAPAN, Tamaki Sato, Yoshikazu Hasegawa and Makoto Manabe, Palaeontology 2006, 49, 467-484. DOI: 10.1111/j.1475-4983.2006.00554.x
この記事を書いた人
- 生体分子に魅せられて、信州大学理学部生物科学科で生物学を学んだ後、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻にてタンパク質化学の研究で博士(理学)の学位を取得。趣味は科学系の博物館巡りと美味しいケーキ屋さん探し。