「分子を世界で一番”ぶっ壊せる”人になりたい」 – 早稲田大・山口潤一郎准教授
愛用の白衣を身にまとい、フラスコの中に生まれた新物質を見つめる有機化学者の姿は、昔も今も多くの人たちの憧れです。目では見えない小さな分子の形や性質を理解し、意のままに操る有機化学者とはいったい、どんな人たちなのでしょうか。有機化学の魅力を伝えたい——そんな情熱を抱き、世界的な研究成果を次々と発表しつつ、化学系ポータルサイト「Chem-Station」を運営されている今とてもホットな有機合成化学者が、この春より早稲田大学で研究室を主宰する、山口潤一郎准教授です。
合成化学者としての山口准教授
—山口先生の有機合成研究といえば、2015年にNature Chemistry誌で発表されていた「6置換ベンゼン」の研究がとても印象的でした。
私は最初、医薬品や生物活性物質を作るために、硫黄原子や酸素原子を含んだ「ヘテロ芳香環」と呼ばれる環状分子を使った有機合成を行っていました。昨年まで名古屋大学で研究をしていたのですが、そこでお世話になっていた伊丹健一郎先生が、「ベンゼンにいろいろなアリール基(置換基のひとつで、ベンゼン環の構造を持つものも含まれる)をそのままくっつけられたら面白い」という案を持っていて、私もそういうカッコいい分子を作ってみたいと考えていました。6つの異なるアリール基を持つベンゼン、すなわち「6置換アリールベンゼン」は、これまでにない化合物であるうえに、構造のバリエーションも無尽蔵でおもしろいと思ったからです。
じゃあ、どうやって作ろうかと考えたときに、これまで私が医薬品開発への応用に向けて研究していたヘテロ芳香環にさまざまなアリール基を結合する合成法と、大学の有機化学で習うとてもベーシックな付加環化反応である「Diels-Alder反応」を組み合わせるというアイディアを思いつきました。実際に合成してみたらとんとん拍子にうまくいったんです。
—置換基を結合したベンゼンは非常に種類が多く、非対称な6置換アリールベンゼンを狙ったとおりに作り分ける合成法は、山口先生たちの成果が世界初だということですが、研究を進めるうえで何がポイントになっていたのでしょうか。
私にしかできなかったと思うことは、6置換アリールベンゼンを合成する過程で、五角形の分子である「チオフェン」の構造をいったん壊し、これを材料にして六角形のベンゼン分子を作ったというところです。みんな、「チオフェンを壊すなんてありえない!」って言うんですよ、壊したらチオフェンがなくなっちゃうじゃないですか。チオフェンは機能性分子で、チオフェンはチオフェンとして役に立たせたいっていう考え方が一般的なんですよね。
でも私はチオフェンを、硫黄原子を含むチオフェンとしてではなく、4つの炭素原子のユニットだと捉えているんです。これって、有機合成化学者の考え方……「ものをつくる人」の考え方だと思うんです。分子を解析する人も含め「分子をつかう人」だったら、分子を壊そうとは考えないですよね。チオフェンをぶっ壊そうなんて、誰も考えていなかった。私は化合物を炭素の数で考えて、骨格を「ガシャ」っと組み立てていくことが得意なので、チオフェンを”ぶっ壊す”ことを考えました。コロンブスの卵的な発想だったと思います。ここが一番のポイントだったのではないでしょうか。
—研究室のWebサイトでも、「分子をぶっ壊す」ことを掲げていらっしゃいますよね。
今までは、頑張ってつなげるというところ……自由自在に分子を組み立てることを目的にやってきたのですが、化合物が反応するためには、一度結合を切って、それから分子をつなげる必要がある。つなげるところばかりをやっていてもダメで、切らなければならないんです。そして、どうせだったら何でも切りたい、何でもぶっ壊したいな、と。こういう考えがラボの目標である「分子をぶっ壊す」につながっています。
—研究者としての目標を教えてください。
私は、分子を世界で一番”ぶっ壊せる”人になりたいです。今まで人が切れなかったような結合を切って、何か面白いことをしたいと考えています。「あいつ、壊してる人でしょ」って言われたい……「破壊王」みたいな(笑)。もちろん分子をつなげるところもやりたいけど、それはほかの人たちもやっていることなので。「頭おかしいだろう」って思われるような研究もしていきたい。今すぐ役に立つようなものでなくても、いろんな意味で面白い分子を作っていきたいですね。
日本最大級の化学ポータルサイト運営者としての山口准教授
—山口先生は研究の傍ら、日本最大級の化学系ポータルサイト「Chem-Station」の運営もされていますよね。Chem-Stationを立ち上げられたきっかけについて教えていただけますか。
実は私、大学3年生のときに留年していて、時間を持て余していた時期があったんです。さすがに自分の身が危ういと感じて、勉強をしたり、英語を学んだり、資格をとったりしていたのですが、そのなかで一番面白かったのが有機化学でした。化学の勉強って、大学3年生くらいから面白くなってくるんですよね。
大学3年の後期に、当時の先生(現・東北大の林雄二郎教授)が有機化学のゼミを開いてくださり、そこで人名反応と呼ばれる化学反応が取り上げられていたのですが、それがとても面白かったんです。ゼミの復習をするために、その化学反応式を「Chem Draw」というソフトを買ってきれいに描いていたんですけど、せっかくなので、公開してみんなに見てもらおうと思ったのがChem-Stationを作ったきっかけです。
—当初は人名反応のデータベースのような形だったということですね。
当時はそういうものがまったくなかったので、「これは皆の役に立つのでは」と考えました。しかし、構想を練ったりWebの勉強をしたりするうちに、「せっかくだから、化学を知りたい人や、やってみたい人の玄関になるようなサイトにしたい」と思うようになり、総合化学サイトという方向にシフトしていき、今に至ります。
—現在、Chem-Stationの運営に関わっていらっしゃるのはどういう方々なのですか。
今は大学院生以上の人が多いです。アカデミックで研究しているメンバーもいますし、企業の研究者のメンバーもいます。一方で、若い学生が少なくなってしまっているのが悩みです。最近、「簡単な内容の記事をChem-Stationに掲載するなんて恐れ多い」というような声もでてきているようなのですが、「大学で化学科に入学して、こんなことをやっている」といった簡単な内容でも、私は全然かまわないと考えています。大学の研究室に入った時点で、世の中においてはすごくマイノリティです。そんなマイノリティな人が何かを書けば、それは物凄くユニークで、世の中にほとんどない、貴重なものになるはずです。
—Chem-Stationの運営をとおして、目指していらっしゃるのはどんなことでしょうか。
たくさんの人に化学を楽しんでもらえたらと思います。サイエンスは全部好きだけど、私はやっぱり化学が好きなので。特に、分子がでてくるような化学が……分子の構造が好きなんです。読者にとってそういうものがひとつでも出てくればどんな分野の化学でもいいので、そういった化学の楽しさをほかの人にも伝えていきたいですね。
研究者プロフィール:山口潤一郎 早稲田大学理工学院准教授
2007年東京理科大学大学院博士課修了。博士(工学)。米国スクリプス研究所博士研究員を経て、2008年名古屋大学理学研究科助教となる。2012年同大学院准教授となり、2016年より現職。趣味はラーメン、マラソン、ダイビング、ウェブサイト運営など。化学の「面白さ」と「可能性」を伝えるために、今後の「可能性」のある学生達に,難解な話でも最後には笑って、「化学って面白いよね!」といえる研究者を目指している。化学ポータルサイトChem-Station代表兼任。
6置換アリールベンゼン合成の論文
Nature Chemistry 2015, 7, 227-233. DOI: 10.1038/nchem.2174
花粉管活性化分子AMORの論文
Current Biology 2016, 8, 1091-1097. DOI: 10.1016/j.cub.2016.02.040
この記事を書いた人
- 生体分子に魅せられて、信州大学理学部生物科学科で生物学を学んだ後、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻にてタンパク質化学の研究で博士(理学)の学位を取得。趣味は科学系の博物館巡りと美味しいケーキ屋さん探し。