ナノチューブって?

「チューブ」と言われて真っ先に思い浮かぶものは何でしょうか? 身近な例だとストロー、ホース、パイプ、水道管、Youtubeなど沢山あります。チューブとは、中が空洞の「筒」や「管」のことであり、血管やテレビのブラウン管、地下鉄のトンネルなども立派なチューブです。いずれも、中に何かを入れて保存したり、液体やガス・電気を流したり、運んだりすることで、生活を豊かにするために古来より使われています。そしてこのチューブを目に見えないくらい小さいナノメートルサイズ(1ナノメートル=0.000000001メートル)まで小さくしたものが、「ナノチューブ」です。ナノチューブと言えば、次世代炭素材料として世界中の研究者を魅了しているカーボンナノチューブが有名かと思います。

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いろいろな大きさの身近なチューブ

一方、カーボンナノチューブの親戚とも言える分子に「有機ナノチューブ」があります。有機ナノチューブはその名のとおり、有機分子でできたナノメートルサイズのチューブです。

有機ナノチューブの魅力は、構成している有機分子の設計次第で、チューブの大きさや機能を自由自在に調節できるところです。たとえば、ある特定の分子やイオンだけを選択的に取り込むことが可能であったり、チューブ自身が電気を流す性質を帯びていたり、蛍光を発したり……と、有機ナノチューブはさまざまな特徴を持ちます。これらの性質を利用することで、有機ナノチューブは細胞膜のイオンチャンネンルやドラッグデリバリー材料、導電性材料、太陽電池の材料などに応用できるのではないかと期待されています。身近なメートルサイズ~マイクロメートルサイズのチューブと違い、これらナノチューブの性質・機能が生まれる理由は、分子自身の相互作用や電子の及ぼす影響がチューブの性質・機能に如実に現れてきた結果であると言えます。

有機ナノチューブとその応用例
有機ナノチューブとその応用例

有機ナノチューブの合成

では、どうすれば有機ナノチューブを合成できるでしょうか? ホースやトンネルのように、人の手で直接さわってチューブを作ることはできません。そこで、有機分子を扱う有機化学の力を使います。有機分子自体は、比較的簡単に設計・合成できるので、あとは合成した分子をいかにしてチューブ状に組みあげるかが鍵となります。もちろん分子を直接つかんだりすることはできませんので、分子が勝手に集まってチューブ状に組みあがるように仕組んでおきます。このように、分子がさまざまな相互作用によって集まり、ある規則的な構造になることを自己組織化と呼びます。

以下の図では、有機ナノチューブのいくつかの合成方法を示しています。水にも有機溶媒にも解ける両親媒性分子が自己組織化してできるもの、リング状の分子が縦に自己組織化してできるもの、扇形の分子が自己組織化してできるものなどさまざまです。これらの分子同士には、水素結合や疎水性相互作用、π―π相互作用などの力が働いています。いずれも弱い相互作用であるため、できる有機ナノチューブは「弱く」つながっている状態です。これらの弱い結合は、溶媒や温度、pHといった外部環境によって容易に切れてしまうので、当然有機ナノチューブ自体はもろくなってしまいます。

有機ナノチューブの合成方法。有機分子が勝手に集まる性質(自己組織化)を利用してチューブ構造を作るが「弱く」つながっているため構造的に弱い。
有機ナノチューブの合成方法。有機分子が勝手に集まる性質(自己組織化)を利用してチューブ構造を作るが「弱く」つながっているため構造的に弱い

有機ナノチューブのさまざまな材料への応用を考えたとき、より強い構造の方がより都合が良いと考えられます。たとえば、軌道エレベーターのワイヤーにも使えるのではとささやかれているほど強靭さが有名なカーボンナノチューブを例にとると、すべての炭素原子同士が共有結合でつながっていることに気づきます。単純に考えれば、有機ナノチューブを構成している有機分子同士についても、水素結合や疎水性相互作用などよりはるかに強い「共有結合」で繋げることができれば理想的です。しかしこれまでは、有機ナノチューブ内で都合よく共有結合を作る方法はありませんでした。

より“強い”共有結合で固められた有機ナノチューブ
より“強い”共有結合で固められた有機ナノチューブ

 

らせんからチューブへ:helix-to-tube法の開発

ここで今一度、私たちの身のまわりの生活における「チューブ・筒・管」の作り方を考えてみたいと思います。

  1. 型に材料を流し込んで固める・押し出す:ホース、鉄パイプ、ストロー、マカロニ
  2. 中をくり抜く・穴をあける:トンネル、竹筒、
  3. 平たいシート状のものを丸めてつなげる:お茶筒、ストーブの金属性煙突
  4. らせん状に丸めて固める:トイレットペーパーの芯、陶芸(ひも作り)

たしかに! と思うものばかりで、いずれもチューブの壁はきちんと繋がった強い構造をしていますよね。これら身近なチューブの作り方をナノメートルの分子の世界に当てはめるとどうなるでしょうか?

  1. 例はあるが、そもそもそのような都合のいいナノメートルサイズの型が少ない・分子構造を精密に制御できない。
  2. 土を掘るような感覚の分子技術は未発達。ゴミも大量にでるので問題。
  3. ナノメールサイズのシート(例えばグラフェン)は丸まるよりシート同士が重なる方が有利。この手法も非現実的。
  4. らせん状の高分子は比較的簡単に合成が可能。あとはらせんを共有結合でつないで固めることができれば……

ということで、あくまで私たちの意見ですが、4の方法が一番可能性があるのではないかと考えられます。そこで私たちは、4のらせん状の高分子から有機ナノチューブを作る方法をその名の通り“helix-to-tube”法と名付けました。上記に述べたように、トイレットペーパーや絨毯などを巻きつけておく芯、陶芸におけるひも状の粘土を巻いて作るコップや容器など、日常生活ではあらゆるところでhelix-to-tube法が使われています。また、らせんとチューブは切っても切れない縁で、作るのが簡単、チューブの強度の増強ができるなどの利点があります。しかし、分子の世界ではhelix-to-tube法で有機ナノチューブを作ったという例はこれまでにありませんでした。

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Helix-to-tube法の概念図とこの方法を利用した「チューブ合成」の身近な例。左下から、らせんからできているトイレットペーパーの芯、筆者が以前に陶芸でひも状の粘土を巻いて作ったカーボンナノチューブ型陶器、らせん状のワイヤーが仕込まれているホース、シンガポールにあるらせん型アーチの橋

そこで私たちは、分子の世界でのhelix-to-tube法の開発に乗り出しました。まず、ベンゼン環とアルキン(炭素ー炭素三重結合をもった分子)を適切な位置に組み込んだ高分子poly-PDEを設計しました。また、このpoly-PDEが有機溶媒に溶けやすくなるように、エチレングリコールと呼ばれる側鎖とらせんを形成させるためにアミド基とよばれる置換基をつけています。このアミド基は、縦方向に隣り合うアミド基同士で水素結合を形成しており、らせんを安定化する「仮止めテープ」の役割を果たしています。

らせん高分子poly-PDEの構造式と分子設計(Hideto Ito & Kenichiro Itami et al. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11001より改変)
らせん高分子poly-PDEの構造式と分子設計(Hideto Ito & Kenichiro Itami et al. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11001より改変)

実際にpoly-PDEは、固体状態でもクロロホルムなどの有機溶媒に溶かした状態でもらせん状になっていることがわかりました。これらは、紫外可視吸収スペクトル測定、円二色性スペクトル測定、X線回折、原子間力顕微鏡などを用いて確かめています。

あとは最大の難関である、共有結合をつくって「らせんを固める」を行うことです。共有結合をつくる反応は沢山ありますが、今回は光を照射してアルキン同士をつなげる反応「トポケミカル重合」を行いました。これはアルキン同士が適切な距離と角度で存在するときに光を当てるだけで進行する固相重合反応の一種です。特別な試薬などは必要とせずに光照射だけで共有結合が作れるので、helix-to-tube法にはとてもうってつけでした。実際に、クロロホルム溶媒に溶かしたpoly-PDEや固体状態のpoly-PDEに光を照射するだけで、共有結合性で固定化された希望の有機ナノチューブができあがりました。

目に見えない世界ですので、「本当にできているの?」と思うかもしれません。これらはさまざまな分光学的手法で明らかにしていますが、透過型電子顕微鏡(TEM)という装置を使うと、下図(右)のように、実際にナノメートルサイズの有機ナノチューブができていることがわかりました。Helix-to-tube法が現実のものとなったことで、理論上ではさまざまな大きさや機能をもった一連の有機ナノチューブ群網羅的に合成できる可能性があります。将来的には、本手法で作られた有機ナノチューブが導電性材料や分子認識材料などで活躍する日がくるかもしれません。

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poly-PDEに光を当てて共有結合を形成して有機ナノチューブを合成。右下はTEM観察によるチューブの画像(Hideto Ito & Kenichiro Itami et al. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11001より改変)

 

おわりに

今回、目に見えないナノメートルの分子の世界で「チューブ」を作る新しい方法「helix-to-tube法」を紹介しました。この研究結果は最近アメリカ化学会の最高峰であるJournal of American Chemical Society誌に掲載され、雑誌の表紙を飾るなど幸いなことに大きな反響呼んでいます。

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J. Am. Chem. Soc.誌の表紙を飾った筆者らの”helix-to-tube法”の論文

“Construction of Covalent Organic Nanotubes by Light-Induced Cross-Linking of Diacetylene-Based Helical Polymers”  

Hideto Ito & Kenichiro Itami et al. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11001. DOI: 10.1021/jacs.6b05582

細かい化学の知識などはさておき、helix-to-tube法による作り方は私たちの身の回りのチューブの作り方とよく似ていることがわかります。あたかも実際に手で触って望みの分子の形を自由自在に作る、そんな科学技術がこれからも発展していくことを期待しています。

この記事を書いた人

伊藤 英人
伊藤 英人
名古屋大学教養教育院・名古屋大学大学院理学研究科 講師/ナノカーボン科学、有機金属化学、有機合成化学などの研究分野において有機分子を自由自在につなげて価値のある物質をつくるべく、日々研究に没頭しています。趣味はカメラとドライブとラーメン。

名古屋大学伊丹研究室HP内個人ページ:http://synth.chem.nagoya-u.ac.jp/wordpress/staff/itohideto