生物多様性とは?

生物多様性とは、砕いていえば、「この地球上にどのような生物がいて、それぞれがどのように関係しているか」ということを表す用語です。生物多様性には、遺伝子(種内)の多様性、種(種間)の多様性、生態系の多様性という3つの階層が知られており、このなかで最もわかりやすいものは、おそらく種の多様性でしょう。ある地域にどれだけの種の生物が存在しているのかということです。たとえば山ひとつをとってみても、そこには目に見える植物や昆虫だけでなく、土の中の微小なダニ類、川の中の魚や水棲昆虫、苔・シダ類などが生息しています。さらに微小な細菌などに目を向ければ、その数は膨大になり、とても簡単には把握できないことが想像できるでしょう。横浜国立大学の青木淳一名誉教授が研究仲間と共に東京で行った調査によれば、明治神宮で私たちの靴の下に生息する生物の数は、ダニだけをとっても3000匹以上にのぼると推定されています。このような調査は1970年代に入ってから行われたもので、都会の中心部に近い森ですら、その多様性がごく最近になってやっと解明され始めた状態です。アクセスの難しい海はなおさらです。全生物の半分以上の種数を誇り、ほぼ陸にしか生息しない昆虫を除けば、海の生物の多様性は、陸をしのぐはずです。しかし、陸と比べると調査が困難な場所が多く、私たちに身近な砂浜や磯ですら、その生物の多様性が明らかになっている場所は非常に少ないのが現状です。

海洋生物調査に挑む

我々は、そんな海洋生物の多様性の一部を解明するため、和歌山県白浜町にある京都大学瀬戸臨海実験所の調査船「ヤンチナ」を用いて、延べ3年半にわたるドレッジ(底生生物採集具)調査を行いました。白浜沖は台風の影響に海況が大きく左右されるので、当日になるまで調査決行の判断が難しい日もあるのですが、台風がなるべく少ない初夏~初秋に調査日を設定することで、計50地点での調査を行いました。

ヤンチナによるドレッジ調査の様子(撮影:京都大学・河村真理子氏)

天候が微妙なときでも、当日の判断で出港を決められる調査が行えることは、臨海実験所ならではの強みかもしれません。ときには10人以上の調査チームを組み、泥などと共に上がってきたサンプルのなかから生物を選り分けました。採れる生物はヒトデ、ウニ、カニ、エビ、から、砂の隙間の小さなクマムシまでさまざまでした。ごくたまに、イカや魚などの、素早く動いて迫りくる網から逃れることができるはずの生物が入る事もありました。

はじめは実験所にもともとあった「神谷式ドレッジ」を使っていましたが、さらに量が採れる網を自分たちで制作し、サンプルをより多く得られるようにするなどの工夫を凝らしました。こうして採りためた生物について、それぞれの専門家と協力して種のリストを作ってみたところ、秘められた白浜沖の生物多様性が明らかになりました。

本研究で用いた神谷式ドレッジ

 

白浜沖に隠されていた生物多様性

計50地点のうち、35地点(水深5~295m)で採集されたゴカイやサンゴ、貝、魚類などの動物は、少なくとも132種にのぼることがわかりました。さらにそのなかには24種の白浜初記録種、2種の日本初記録種、6種の未記載種、5種の未記載種候補が含まれていました。未記載種とはまだ発表されていない新種のことで、これらの種は、今後、専門家によって報告がなされる予定です。つまり、白浜周辺の海域から10種以上の未知の種が見つかったのです。白浜町周辺は、瀬戸臨海実験所を中心として、何十年に渡って海洋生物の調査が行われてきました。その白浜において、これだけの知られざる生物がいたということは驚きでした。

また、本研究では、目に見えるサイズの生物だけでなく、泥や砂の中に潜んでいる体長数ミリ以下の小さな生物の採集も試みました。これらの生物を採集するためには、採れた泥と水を混ぜて優しくかき混ぜ、攪乱によって水の中に浮かんできたものを目の細かい網で受け、そこから生物を顕微鏡で少しずつピックアップしていく必要があります。このような作業によって得られた生物のなかには、少なくとも3種のクマムシが含まれており、しかもそのうち2種は未記載種である可能性が高いということがわかりました。これまでは捨てられがちだった泥や砂の中にも、貴重な生物が含まれていたのです。

さらに驚くべきことは、白浜の北東部に浮かぶ畠島の周辺、水深5mの砂の中から、潜行性のウニ類の未記載種も発見されたことです。畠島は生物の多様性が非常に高いことが知られており、瀬戸臨海実験所が1960年代の半ばに買い取っています。京大の所有となってから現在に至るまで(中断された時期はありましたが)5年ごとに、主に磯での生物多様性の調査が行われてきています。このウニの発見は、このような長期的な調査が行われている島でも、潜水によってアクセスできる砂や泥の中はまだ未踏査であった可能性を示唆します。

私が専門とするクモヒトデ類に関してはそのほとんどが白浜初記録種で、未記載種と思しき種も1種含まれていました。この未記載種は水深約200mから採取され、スウェーデンの専門家に相談したところ、おそらく未記載種だろうという答えが返ってきました。しかし残念ながら、ダメージを受けた1個体しか採集する事ができなかったので、より正確な記載を行うために、更なるサンプルの収集を行いたいと思っています。

未記載と思われるクモヒトデ

 

生物多様性調査の今後

本研究では、その結果を今後の自然環境調査に役立ててもらうことも目的としていました。今回扱った生物にはまだまだ研究が進んでいないものも多く、簡便に種が調べられる図鑑などがないものばかりです。生物の多様性変動の評価は、現在と過去の生物の構成の比較によって行われるため、どこかの時点でいったん生物の種構成がまとめられる必要があります。今回の研究では、88種の写真を掲載しました。もちろん、それだけでは種の名前を調べるには不十分な写真もありますが、種の名前、採集地点情報、写真が1セットになった研究例が、今後の白浜沖調査のひとつの基準になればと期待しています。また、今回扱った生物は、全サンプルのごく一部にとどまっています。たとえばエビやカニを含む甲殻類などは含まれていませんし、砂の隙間の小さな者たちについても、クマムシ以外の生物も得られています。これらの生物も視野に入れることで、さらに詳細に白浜の多様性が解明できると期待されます。

引用文献
Okanishi, M, Sentoku, A, Fujimoto, S, Jimi, N, Nakayama, R, Yamana, Y, Yamauchi, H, Tanaka, H, Kato, T, Kashio, S, Uyeno, D, Yamamoto, K, Miyazaki, K and Asakura, A. 2016. Marine benthic community in Shirahama, southwestern Kii Peninsula, central Japan. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory. 44:7—52.

 

この記事を書いた人

岡西政典
茨城大学理学部助教. 理学博士. 1983年生まれ. 東京大学大大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了. 文部科学省教育関係共同利用拠点事業研究員(京都大学瀬戸臨海実験所)を経て, 現職.