キヌガサモヅルの分類はどこまで進んだのか? – academistの第一弾プロジェクトは今
2年前にクラウドファンディングで研究費を獲得した茨城大学・岡西政典助教より、進捗報告が届きました! academist第一弾のプロジェクトは、現在どのような形で研究が進んでいるのでしょうか。
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academistを通して皆さんに頂いた研究費を用いて、ツルクモヒトデ目テヅルモヅル上科キヌガサモヅル科のキヌガサモヅル(Asteronyx loveni)の分類学的研究を試みました。本種は両極域を除く世界中の、主に約100 m以深の海底に分布しています。日本では太平洋側に分布することが知られていますが、たとえば東北で採れる個体と東シナ海で採れる個体には、なんだか見た目に差があると、私はずっと感じていました。
しかし現行の分類体系では、これらの差は種内の変異とされています。そこで、日本に分布するキヌガサモヅルが同種かを判断するため、1. 個体ごとのDNA配列の比較、2. マイクロX線CTスキャンによる内部形態も含めた詳細な形態観察、を行いました。
日本の太平洋側より採取した73個体のキヌガサモヅルを用いた分子系統解析を行いました。これは、具体的には、細胞の中にあるミトコンドリアという器官が持つ、16S rRNA領域とCOI領域という、クモヒトデ類の種の分類に有用な情報を蓄積する遺伝子領域を個体ごとに比較することで、系統樹を作成するという作業です。系統樹とは、1つの種、あるいは集団などが、2つの種に次々に枝分かれしていくという進化現象を、根っこを共通祖先、枝を進化の道筋、末端の葉を現生の種や集団に見立てて、樹状に表したものです。分子系統樹を作成した結果、解析した個体は2つのクレード(遺伝的なまとまり)に分かれることがわかりました。このうち1つは、日本の南西側の個体からなる集団で、もう1つはそれ以外の、日本の太平洋側全体に広く分布する集団でした。意外にも、これらは生息場所で分かれているわけではありませんでした。
この2つのクレードをマイクロX線CTなどを用いて見比べてみると、日本南西部のクレードには骨片が存在する事がわかりました。対して、もう一方の日本の太平洋側のクレードには体表面を覆う骨片がありませんでした。このような骨片の存在は認められていましたが、DNA解析の結果を加味して、その有無は種内変異でなく、種を分ける形態的な特徴になりうることが判明したのです。すなわち、日本の南西部の集団とそれ以外の集団とは、DNA的にも形態的にも分けられる別種の可能性が強く示唆されました。この場合、日本の南西部の集団は未記載種であり、新しく名前を付けなくてはならない可能性があります。
このうち、速報性が重要となるマイクロX線による、キヌガサモヅルの初の観察結果に関する論文を執筆し、国際誌に投稿しています。査読が終わり、論文を修正中ですが、これが上手く発表されれば、ツルクモヒトデ目では初めての試みということになります。楽しみにしていていただければと思います。また、こちらの論文の執筆と並行し、今度は分子系統解析の結果も踏まえた、日本のキヌガサモヅルの分類に関する論文の執筆も進めているところです。このような研究の状況なども含め、私自身のブログで、研究の状況などを公開しています(チームてづるもづる)。ご興味がおありでしたら、ご笑覧ください。このように無事に研究が進められたのも、皆さんのご援助あってのことです。本当にありがとうございました。
この記事を書いた人
- 茨城大学理学部助教. 理学博士. 1983年生まれ. 東京大学大大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了. 文部科学省教育関係共同利用拠点事業研究員(京都大学瀬戸臨海実験所)を経て, 現職.
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