この文章を、私の研究人生のなかで最も長い時間ともにいる、ハキリアリの話から始めよう。ハキリアリは、その名のとおり葉を切るアリである。森から葉を切り出し、数百メートルに渡って緑の川をつくり、巣へと運んでいく。アマゾンを中心とした新熱帯域に生息するアリで、16属256種の存在が知られている。

ハキリアリが、森から葉を切り出し、巣に持ち帰るところ。撮影はパナマ共和国、バロコロラド島。撮影者は竹中工務店・宮田弘樹氏。

ハキリアリと人との関係

このアリは、古くから人間との関わりの深い生物である。アステカ文明の神話をまとめた「Los Viejos Abuelos」によると、アステカ文明の第五の太陽神の時代、農業の神であったケツァルコアトルは、太陽神からの命を受けて、地上の人間たちの安定した食料生産のための方策を練っていた。ある日、ケツァルコアトルは、一匹の赤いアリが何かの種子を運んでいることを発見した。「その種はどこから持ってきたのか?」とアリに尋ねたが、アリは教えてくれなかった。だが、しつこく何度も尋ねたため、ついにアリが真実を語った。その種子が「生命の山」にあることを。ケツァルコアトルは黒いアリに変身し、行軍をたどり、「生命の山」にたどり着いて、ついに秘密の種子を発見した。その種子こそ、中南米の文明を支え、現在全世界の食料のベースとなっているトウモロコシだったのだ(Marín 2000)。人間は、5000年前からアリの行動を子細に観察し、その特徴から人々の生活に役立つ知恵を学んできたのである。

大害虫ハキリアリ

ハキリアリは太古の昔から人間と深い関わりを持った生き物であったが、西洋文明の侵入後は厄介者として扱われることが多くなった。たとえば、ブラジルでは国家予算の10%が毎年ハキリアリ対策に費やされ、その防除法の研究開発のために、1000人を超える研究者が存在するといわれている(Hölldobler & Wilson 1990)。現在、ハキリアリ対策の予算の詳細は明らかにされていないが、2003年の報告では年間12,000トンの殺虫剤がブラジル全土に散布されている。農薬の購入費用だけで概算で400億円以上にも及ぶのだ。(Márcio da Silva Araújo et al. 2003)。また、アメリカ合衆国南部からアルゼンチンにかけての全域では、毎年数千億円以上の農業被害が出ていると考えられている(Lofgren and Vander Meer 1986)。さらに、農業被害だけではなく、直径10メートル以上、深さ5メートル以上あるような巨大な巣を家の下に作られて家屋が傾いたり、トラクターが巣にはまり横転して運転手が死亡したりなど、たかがアリなどとは軽視できないほど深刻な影響を与えている。

アリが農業をする?

ところで、ハキリアリたちは切った葉を巣に持ち運んで何に使うのだろうか? ツムギアリのように巣の素材にするのだろうか? 青虫のように幼虫の餌にするのだろうか? 実際にハキリアリの巣を掘ると、15㎝も掘れば空洞に突き当たる。直径約30センチの空洞には、灰色のほやほやした塊が詰まっている。その正体は、ハキリアリ5000万年の進化の結晶である「キノコ畑」だ。ハキリアリが運ぶ葉は、キノコ畑の榾木(ほだぎ)として使われているである。

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テキサス州で掘り起こしたハキリアリAtta texanaのキノコ畑

人間以外の生物で「農業」を営む生物がいるというと、にわかには信じない人がいるだろうが、これは全くの事実である。それどころか、人間の農業の歴史がたかだか1万年位なのに対し、ハキリアリの農業の起源は数千万年とまさに桁違いだ。ハキリアリとその近縁種は、キノコ畑で育てた菌類を主要な餌としている。働きアリは、キノコ畑に繁殖した通常菌糸や蕪状菌糸を集め、幼虫や女王アリに給餌する。幼虫と女王アリはキノコが作り出す栄養のみで成長し、生命を維持する。これほどまでに単一の食料に依存した生物は珍しいといえるだろう。

アリの農業はどう進化したのか?

キノコ畑を維持するのは、大変な作業である。ハキリアリが食料とする共生菌は、地球上でこのアリの中にしか存在していない。これはどういったメカニズムで進化してきたのだろうか? 菌食という特殊な行動が進化したのは、アリ類ではハキリアリを含む菌食アリ16属256種のみで、1万1千種いるアリ類ではたったの一回であった。なぜ、菌食アリだけでそのような特殊な行動が進化したのだろうか? さまざまな進化要因があるのだが、私は1997年にそのひとつの要因を明らかにした。

ハキリアリの仲間に「ムカシキノコアリ(Cyphomyrmex rimosus)」というアリがいる。彼らもハキリアリと同じように菌類を栽培しているのだが、その畑は立体的なキノコ畑ではなく、オレンジ色のつぶつぶの集まりでしかない。私は、100時間を超える地道な行動観察を行い、この小さなキノコ畑がアリの吐き戻したものを乾燥させて作られていることを突き止めたのだ。この発見は、キノコを育てるという行動が、たまたまアリの周りに存在していた菌類を食べて美味しかったから育てた、ということではなく、アリの体内にすでに有用な菌を選択できるシステムが完備されていたことを示唆している。(Murakami and Higashi 1997)。

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菌を栽培するアリで唯一酵母を栽培するCyphomyrmex rimosusのキノコ畑。矢印で示している粒が酵母のキノコ畑である。

さらに、テキサスで研究生活を送っている際に、おもしろい現象を見つけた。すべてのキノコを育てるアリで巣の入り口付近に白いペレットが吐き出されていて、そこから抗生物質を生み出す放線菌の仲間を単離できたのだ(Little et al. 2004, 2006)。この抗生物質は、キノコ畑に侵入してくるさまざまな菌類に対する防御効果があるだけではなく、アリ本体の健康状態も維持してくれるすぐれた物質である。つまり、栽培するのに適した菌類は偶然で選択されたのではなく、菌栽培アリの体内に存在する放線菌との共同作業によって達成されていると考えられる。それこそが、菌栽培アリだけが栽培に適した菌類を選べた理由ではないかと私は考えている。

菌は誰の食べ物か?

大事に育てられた菌類は、いったい誰の食料となるのだろうか? 菌類、植物、幼虫、成虫の炭素13と窒素15の安定同位体比を測定してみたところ、原始的な菌栽培アリでは、菌類を主食にしているのが幼虫で、成虫は植物から栄養を得ているという結果になった。進化した種であるハキリアリは、幼虫、成虫ともに菌類から栄養を得ている結果になった。つまり、高度に社会を進化させたハキリアリでは、より効率よく栄養が得られる菌類を主食にするように食性を変化させていたことが分かったのだ。さらにいうと、菌類への依存度が増していることになるので、アリ−菌類の共生関係はより強固なものへと進化したということもこの結果は表している。

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菌栽培アリの餌資源を安定同位体比から明らかにした。左の図は中程度に進化しているTrachymyrmex smithii、右はハキリアリAtta colombicaの菌園の苗床となる植物、栽培されている菌、幼虫、成虫の安定同位体比を示している。T. smithiiの幼虫は栽培している菌から、成虫は植物から栄養を得ていることが分かる。ハキリアリはちょっと見にくいが、幼虫と成虫の安定同位体比に大きな差はなく、かつその栄養は菌から来ているものと考えられる。

 

遺伝的多様性と社会進化

では、ハキリアリが国家を傾かせるほどの高度で巨大な社会を進化させた要因はなんだったのだろうか? その謎を解くために、私は2種類の遺伝マーカーを使って、ハキリアリを含む菌栽培アリの血縁度を測定した。その結果、どちらの解析でも原始的なグループでは血縁度は0.75と高く、ハキリアリのグループは0.4以下と低い結果になった。つまり、血縁度が低いということは、遺伝的多様性が高いということだ(Murakami et al. 2000, Villesen et al. 2002)。

いったい、ハキリアリはどうやって遺伝的多様性を高めているのか? それは、女王アリが多くの雄と交尾することでもたらされている。ハキリアリの女王は、地球上のアリ類の中でも巨大で、多くの雄の精子を受け入れる物理的スペースがあるのだ。女王が巨大化するには、巣を大きくし、餌資源を大量に確保する必要がある。それを可能にしたのが菌の栽培であり、巨大な巣を作ることのできる熱帯雨林の存在なのである。ハキリアリは、テレビでも図鑑でも取り上げられるユニークな生き物でもあり、社会経済にインパクトを与える害虫でもあり、進化を検証できる素晴らしい生きた進化時計でもあるのだ。現在も多くの研究者たちが、ハキリアリの生態を知ることにより、農業被害を食い止めるだけではなく、その巧妙な社会を維持する術を人間社会に応用することを狙いながら、日々研究を進めているのである。

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ハキリアリの女王。体長3センチオーバー。地球上で最も巨大な女王アリで、ぱっと見カナブンに見える。お腹の中の精子袋には5−10個体分の精子が蓄えられ、寿命は20年で、一生で2億個体の子どもを産み続ける。

参考文献

  • Hölldoboer B. & Wilson E. O. (1990) The Ants. Harvard University Press, 746 pp.
  • Little A. E. F., Murakami T., Mueller U. G. & Currie C. R. (2004) The infrabuccal pellet piles of fungus-growing ants. Naturwissenschaften 90: 558-562.
  • Little A. E. F., Murakami T., Mueller U. G. & Currie C. R. (2006) Defending against parasites: fungus-growing ants combine specialized behaviors and microbial symbionts to protect their fungus gardens. Biology Letters 2: 12-16.
  • Marín G. (2000) Los viejos abuelos. Universidad José Vasconcelos de Oaxaca, 95 pp.
  • Murakami T. & Higashi S. (1997) Social organization in two primitive attine ants, Cyphomyrmex rimosus and Myrmicocrypta ednaella, with reference to their fungus substrates and food sources. Journal of Ethology 15: 17-25.
  • Murakami T., Higashi S. & Windsor D. (2000) Mating frequency, colony size, polyethism and sex ratio in fungus-growing ants (Attini). Behavioral Ecology and Sociobiology 48: 276-284.
  • Villesen P., Murakami T., Schultz T. R. & Boomsma J. J. (2002) Identifying the transition between single and multiple mating of queens in fungus-growing ant. Proceedings of The Royal Society of London B. Biology, 269: 1541-1548.

この記事を書いた人

村上貴弘
村上貴弘

九州大学・持続可能な社会のための決断科学センターで准教授をしております。ハキリアリの研究を中心としたアリ類の行動生態学・社会生物学を行っています。これまでの研究の中心は中米・パナマ共和国のパナマ運河に浮かぶ無人島・バロコロラド島でした。ハキリアリが行っている菌類を栽培する「農業」がどのように進化したのかを研究してきました。1999年から2003年までアメリカで、研究を行ったあと、2003年から2年間は理研のCDBで再生関連遺伝子の染色体上へのFISHマッピングの研究をしておりました。2014年から九州大学に移動して、大学院教育と研究の両方に力を入れております。センターの名前からも分かるように、かなり革新的なテーマで日々研究と教育を行っています!