キューバソレノドンとは?

キューバソレノドンは、真無盲腸目のソレノドン科に属している頭胴長30cm、体重500〜800グラム程度の哺乳動物です。真無盲腸目とは聞き慣れない言葉かもしれません。この分類群の設定と有効性には論議がありましたが、我々の最新の研究発表により真無盲腸目が有効であることがほぼ確実となり、そこには、モグラ科、トガリネズミ科、ハリネズミ科とソレノドン科が含まれています。ソレノドン科には、キューバに生息している今回の話題のキューバソレノドンと東隣のイスパニョーラ島にいるハイチソレノドンの2種しか現存しませんが、第4期の地層からはソレノドン属の別の2種が両島より出土しています。ソレノドン類は2種しか現存していないだけでなく、生息数も少なく絶滅危惧種です。ソレノドン類は唾液に毒を持ち、また原始的な形態や特異な形状から生きた化石や珍獣などと称されています。

キューバソレノドン(日本・キューバ合同調査隊撮影)

キューバソレノドンは現地ではアルミキと呼ばれ、キューバの切手や記念コインになるなどキューバを象徴する希少動物です。1970年代には一度絶滅したとされていましたが、2003年に1頭が生体捕獲されました。しかしその後はまったく生息状況がわからず、まさに幻の動物でした。このため生きた個体どころか標本さえも見ることがまれな動物で、学術的な調査はほとんどなされていませんでした。

生体捕獲に成功!

このような生存しているのかさえわからない状況のなか、2011年に私が呼びかけ人となり、筑波大の北将樹さん、宮城教育大のラザロ・エチェニケさんやキューバの国立公園などの諸機関の研究者を結集した日本キューバ合同アルミキ調査隊が組織されました。そして2012年3月にキューバ東部のアレハンドロ・デ・フンボルト国立公園内において、一挙に7頭の生きたソレノドンを捕獲する事に成功しました。絶滅したのではとの危惧のあとだっただけに、奇跡的とも言える捕獲でした。キューバソレノドンは厳重に保護されているので、もちろん捕殺することはできず、データや必要最低限のサンプルを取ったのちは生きたまま自然に帰しました。そして、現在に至るまで調査を継続し、キューバソレノドンの痕跡の発見や捕獲などに成功しています。これは世界的にほかのだれも成しえていない我々のグループの誇るべき成果です。

本格的研究の始動

キューバソレノドンは1861年に分類の記載報告がされて以来、学術的な報告はほとんど皆無でした。我々は、進化や生態や行動について手探りの状態で研究を進めました。2015年に福山大の佐藤淳さんに調査団に加わってもらい、系統進化についての分析を行いました。それまでは、ソレノドンは白亜紀つまり恐竜が地球上に跋扈していた時代から存在している「生きた化石」と言われていました。ところが核遺伝子の塩基配列に基づく系統解析と分子時計の原理による分岐年代の推定を行ったところ、ソレノドン科は恐竜が滅んだ約5900万年前に出現したことが判明しました。従来の説のように恐竜とは共存していなかったのです。さらに、今までの説では、キューバソレノドンとハイチソレノドンの種分化はキューバ島とイスパニョーラ島が分離した約1600万年前に種分化したと考えられていましたが、我々はそれよりもかなり新しい約400万年前に分化したことを突き止めました。つまり2つの島が分離したあとに、浮島や倒木などに乗って海流で運ばれた個体が漂着して種分化したということになります。今までの通説が我々の研究により覆されたのは、この動物を幸運にも何頭も捕獲できたためです。研究は頭を動かすと同時に体も動かさないとならないとつくづくと思いました。

真無盲腸目におけるソレノドン科の系統的位置と分岐時期の推定(Sato et al., 2016より改変)

現在は、唾液に含まれる毒の化学成分や糞分析による食性、音声などの分析を進め、論文として発表する準備をしています。キューバソレノドンについての学術報告はほとんどないので、とにかく些細な情報でも報告していくことが私たちの義務だと思い、努力をしています。

ソレノドン研究の問題

順調のように見える調査ですが、現在、キューバソレノドンの研究は2つの面で岐路にたたされています。ひとつは調査自体の存続の問題。キューバソレノドンは希少動物でキューバ政府により厳重に保護されており、調査の許可はキューバ政府によって裁可されます。一方、昨今の不安定な国際情勢、特にアメリカとキューバの微妙な関係によって日本の研究者への現地調査の許可が不安定になっています。とりわけソレノドンが生息する国立公園は軍事上の重要な場所でもあるので、国際情勢によって調査の許可がおりないことも考えられます。逆にアメリカとの関係が劇的に修繕されれば、豊富な資金や優秀な人材に恵まれたアメリカの研究機関が優先的に調査を行い、我々が結果的に閉め出される可能性も皆無ではありません。いずれにせよ、国際情勢が安定しないことには調査もままなりません。これは一研究者が解決できる問題ではなく、平和で安定した世界情勢が訪れる日を、我々は心から願っております。2つ目の問題は、大量捕獲された2012年以来、年ごとに捕獲されるソレノドンが少なくなっており、ソレノドンの生息数が激減している可能性があることです。さらに今年度の調査の結果、調査を始めた当時はいなかった外来捕食性哺乳類(具体的名前はまだ明らかにできません)が国立公園付近で確認されました。キューバ島にはネコ科やイヌ科などの捕食性の哺乳類が元々いなかったので、キューバソレノドンは存続してきたと考えられています。今までも野生化した猫による捕食も問題視されていましたが、昨年からは、さらに別の侵略的な捕食者が入ってきたのです。つまり元々の希薄な個体数密度に加えて、外来種の到来によって、今回こそ絶滅へ大きく近づいている可能性があり、我々は危機観を募らせています。

今後の研究

以上のように、今後はキューバソレノドンの基礎研究だけでなく、保全のための研究と具体的な策が早急に求められています。このため我々は、カメラトラップ法などによってソレノドンと外来捕食者の密度を推測しようと計画をしています。行動調査も本来ならテレメトリー法によって正確に調べるべきですが、キューバでは電波を使った調査は許可されないので、これもカメラトラップにより推測できないか検討する予定です。さらに糞の中に残っているDNAから、次世代シーケンサーを用いてどんな餌メニューを利用しているのかを定量的に分析することも計画しています。キューバソレノドンの調査にはさまざまな制約がありますが、このとても魅力的で貴重な動物のことを知るという知的好奇心に加えて、私たちの調査グループは、この種を存在させるという社会的使命をもって調査を継続、発展させて行きたいと思っています。

 

参考文献
大舘智志ほか(2013). キューバソレノドン(アルミキ)の多数捕獲の成功と調査顛末 : 「珍獣」でなくなる日を目指して. どうぶつと動物園 65: 24-29.
Sato J. J. et al. (2016). Molecular phylogenetic analysis of nuclear genes suggests a Cenozoic over-water dispersal origin for the Cuban solenodon. Scientific Reports 6: 10.1038/srep31173

この記事を書いた人

大舘 智志(おおだちさとし)
大舘 智志(おおだちさとし)
北海道大学低温科学研究所 助教
埼玉県生まれ。北海道大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は哺乳類学、動物生態学。最近は人間と動物の関係にも興味を持つ。対象動物は世界最小の哺乳類のチビトガリネズミからヒグマまでと幅広い。所属学会は、日本哺乳類学会、日本生態学会、生き物文化誌学会、日本進化学会など。編著は、The Wild Mammals of Japan 2nd edition(2015, 松香堂)Global Soil Biodiversity Atlas (2016, EU publications)など。