【academist挑戦中】無人探査ロボットで東京ドーム1万個分の海底地図を描きたい!

地球表面の2/3を覆う海だが、そのうち海底の地形が明らかになっている範囲はたったの1割程度であると言われている。残りの9割については、分解能の低い地図しかないというのが現状だ。これは、月面や火星表面の調査結果と比較しても荒いものである。この状況を打破すべく、ロボットを利用した無人海底マッピング技術の性能を競う国際大会「Shell Ocean Discovery XPRIZE」が開催されることとなった。ここに日本の若手研究者からなるチーム
Team KUROSHIO」が挑む。Team KUROSHIOは現在、同大会への出場に向けて クラウドファンディングに挑戦中だ。チームの代表を務める海洋開発研究機構(JAMSTEC) 技術研究員 中谷武志博士に、お話を伺った。

海中ロボット研究の魅力とは

−−これまでの中谷さんの研究の内容を教えてください。

「じんべい」「ゆめいるか」「おとひめ」という、私たちが”探査三兄弟”と呼んでいる自律型海中ロボット(AUV)の開発に携わってきました。2011年にJAMSTECに入所して以来、設計の段階から運用にまわっていくまで、このロボットたちと一緒に育ってきたと言えますね。

−−海中ロボットに興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか。

大学の授業で、私の師匠である浦環(うらたまき)先生に出会って海中ロボットの世界を知り、浦研究室に入りました。研究室では、先輩が作ったロボットを後輩が引き継ぐというのが基本的な流れだったのですが、私はたまたま新しいロボットを作れるタイミングで研究室に入ることができたので、8年間「ツナサンド(TUNA-SAND)」というロボットを開発していました。浦先生のイニシャルである「TU」と、中谷の「NA」で「TUNA」です。ツナサンドは2010年7月に、日本海上越沖の水深900〜1000mにて、ベニズワイガニの大群集の海底撮影に成功してメディアでも大きく取り上げていただきました。

−−「ツナサンド」も設計の段階から研究されていたのですね。

ハードウェアは、CADを使って中小企業の技術者とともに設計し、東京大学にある試作工場で図面を見せていろいろと教えてもらいながら開発していきました。とはいえ、私はどちらかというとソフトウェア側の開発のほうが好きなので、自分でプログラムを作って、ロボットを水中に潜らせるということにワクワクを感じていました。研究では、陸に上がってきたロボットのデータをその日中に解析して、次の日までにプログラムを修正してまた潜らせるということを繰り返していました。

−−海中ロボットの研究の難しさはどこにありますか。

海中の自律型ロボットって、浮力と重量を合わせないとダメなんです。重すぎると沈んじゃうし、軽すぎると浮いてしまう。そのためにネジ1本の重さまで重量計算表に載せなければなりません。1つひとつ細部までこだわって作る必要があるため、途方もない労力と緻密さが必要です。今となっては笑い話ですが、駆け出しのころ、ツナサンドの進水式のときに、浸水したんですよ。水にロボットを入れる式だったのに、水がロボットに入ってしまって「浸水式」になっちゃって(笑)。ひとつのネジの締め忘れが一大事になることを思い知りました。

海中ロボットの一例「じんべい」

−−自律型ロボットには地上で動くものもたくさんあります。浮力と重量のお話もありましたが、海ならではの難しさってほかにあるんでしょうか。

太陽光が届かない場所に潜るため、太陽光発電を利用できません。ですので、電池を持っていかなければならないという制限があるのがひとつです。カメラで観れる範囲が狭かったり、とんでもない水圧がかかってしまったりなどという問題もあります。また、水の比重は空気の約1000倍あるので機敏な動きができない。プールの中で歩くとなかなか前に進まないですよね。それゆえ少しの距離の移動にも時間がかかるというところですね。

−−逆に、海ならではの魅力ってどこにあるとお考えですか。

私はスキューバダイビングをやっているのですが、その際もっと深く潜ってみたいという気持ちになっても、人間が潜れる水深はせいぜい30m程度です。飽和潜水という特殊な方法を使っても、数百mしか潜れない。海のもっと深いところにロボットが代わりに行ってくれて、調査をしてくれるっていうところでしょうかね。

−−自分の分身というような感覚なんでしょうか。

分身というよりは、我が子のような感覚です。ロボットは自分がプログラムしたとおりにしか動かないので、あらかじめ教え込んでおく必要があります。”初めてのおつかい”のような感じですね。おつかいは、「踏切があったら止まってね」「このお店で何々を買ってきてね」と、子どもへ上手に伝えなければうまくいきませんよね。プログラミングもきっちり的確にやらないとうまく動かないという点で似ているかもしれません。

日本の海底探査チーム「Team KUROSHIO」に勝算はあるか

−−中谷さんが共同代表を務められている日本の研究チーム「Team KUROSHIO」は、海中ロボットを用いて海底を高精度・高速でマッピングする国際大会「Shell Ocean Discovery XPRIZE」に出場されることが決まっています。これに向けてクラウドファンディングにも挑戦されていますよね。この大会の概要を教えてください。

石油業界大手であるShellがメインスポンサーとなって、無人ロボットによる海底の超高速・広域マッピングをテーマに行われるものです。技術提案書試験、Round1、Round2という3つの関門を突破しなければなりません。

私たちはすでに技術提案書試験を通過しており、今後行われるRound1では、40フィートコンテナ1個分に収まるロボットシステムを利用し、16時間以内に海底2000m・広さ500km2の海底地図を作り、さらに海底の写真を撮影するという課題を競います。これをクリアした上位10チームには、同じ課題を24時間かけて深海4000mで行うファイナルラウンドが待ち受けています。

Team KUROSHIOのメンバー

−−いろいろな条件が付いていますが、一番の課題になってきそうなのはどの部分ですか。

やはり面積が一番大きな課題だと思っています。航行型のAUV1機で1日に調査できる範囲は、現状ではせいぜい10km2です。今回のRound1の必要最低条件である100km2をクリアするためには、ロボットを長時間航行できるようにして、なおかつスワス幅という一度に調査できる幅を広げ、さらにスピードを上げていく必要があります。

−−ロボットそのものの性能アップが求められるわけですね。ほかにはどうですか。

私たちのシステムでは、3機のAUVを同時に展開し、1隻の洋上中継機で管制しなければなりません。トラブルが起きた際の対処も含め、トータルのシステムをブラッシュアップしていくのも非常に大変です。また調査は、洋上中継機がAUVを岸壁から調査エリアまで連れて行き、AUVを切り離して潜行させ、調査が終わったらまたAUVを連結して岸壁まで帰ってくるという流れになるのですが、切り離しや連結といったところも含め、すべて無人で行わなければなりません。これは今回はじめてやることなので、試行錯誤が必要になってきますね。

−−そのシステムを、40フィートコンテナ1個分に収まるようにしなければならないというルールもあります。

それもめちゃくちゃ大変です。40フィートは約12mなので、ぱっと聞くと大きいように感じますが、長さが4mのAUV3機と、5mの洋上中継器をそこに置こうと思うと、二段ベットを作るなどパッケージングを工夫する必要があります。準備期間が3年~5年あってかつ潤沢な資金があれば、ロボットを含めてすべていちから設計したかったのですが……。

大会で使う予定のAUV。東京大学生産技術研究所 AE2000a(手前)とAE2000f(奥)

−−Team KUROSHIO以外のチームで、ここは強そうだなというところはありますか。

今のところは、ドイツの「ARGGONAUTS」というチームが強いと思っています。彼らのWebサイトをみると、すでにビークルが完成している様子が示されています。また、今回の大会の大きなポイントは、洋上中継器が調査エリアまでAUVを連れて行くというところになりますが、そこに対する案が、想像図を見る限りでは非常にできあがっているように見えるんですよね。網を使ってAUVを洋上中継機のお腹に抱えていくような形になっています。

−−ほかにもいろんな強豪がいると思います。Team KUROSHIOの強みはどこにありますか。

私たちのチームの強みは、画像です。大会では全体の配点を100%とすると、33%が海底の画像撮影に当てられています。海底地図を作成するところが残りの66%。私たちは、海底地形図でそれなりの点を取って、強みである画像の部分で勝負をしようという戦略を考えています。海底の画像撮影システムは、大学時代8年間同じ研究室で研究していた共同代表、ソーントン・ブレア先生が中心となって開発しています。

−−今回のShell Ocean Discovery XPRIZEへの挑戦はあくまで通過点であり、最終的な目標は、海底の広域高速マッピングシステムの実現だと思います。今回の大会は、マッピングシステムを開発するなかでタイミングよく開催されるという流れだったのですか。

大会をきっかけに、前々から考えていたプランを前倒しして実際にやってみることになったというのが本当のところですね。現状の海底探査に対しての問題意識はありましたし、それに対して洋上中継器がAUVを現場まで連れて行って調査するという案も元々あったものです。ただし、現在の研究のペースでは、10年後〜20年後に実現するものだろうなと考えていました。そこに今回の大会を主宰するXPRIZE財団が「いや、あと1年でやってくれ!」といったような無茶振りをしてくれたことで、挑戦を決意したということになります。人間って無茶振りされたときに伸びることもあると思うんです(笑)。

無人海底マッピングで世界はどう変わるのか

−−そもそもなぜ、海底マッピングが必要なのでしょうか。

地図は開発や管理などさまざまなものの基盤になる情報ですが、海底地形図の分解能は500m〜1kmと、とても荒いです。実は、月や火星など、ほかの惑星のほうが探査は進んでいます。海底地図作成の際は通常、人工衛星が測定した重力値のばらつきによって海面下の地形を推測するため、精度が悪いのです。現状の探査でも海底大地溝帯などが見えているので、それなりにわかっているような気になるのですが、実際に行ってみてきちんと測量すると、水深が大きく異なるということはよくあるんですよ。

世界中の全海洋の地形を明らかにしたいというのは、人間の欲望や本能でもあると思います。全海洋はまだまだ先だとしても、まずは日本のEEZ(排他的経済水域)内をカバーできるようになりたいですね。

−−海底マッピングシステムが実用化に至ったら、どういったことができるようになりますか。

海底の熱水地帯が今どんどん見つかっていますよね。しかし実はそれはほんの一部で、もっとたくさんあるかもしれないということを、まず明らかにできます。海底資源泥の分布もはっきりしてくるだろうし、定期的に調査を行うことで地殻変動がどう起きているのかも調べられるかもしれません。海底ケーブルをどこに敷設するのが地形上いちばん安全で効率的なのかといったことなど、現状の人間の活動においても有用なデータが取れるのではないかと思っています。また、地形図だけでなく海底の鮮明な写真が撮れるようになれば、さまざまな生物の分布も明らかになります。

 

日本の海中ロボットを世界へ!

−−中谷さんの研究者としてのビジョンを教えてください。

やはり世界のマーケットに自分たちの技術をどんどん出していきたいですね。日本の海中ロボット業界はかなり良い線をいっていますが、それを世界にうまく発信できていません。今は日本の車や産業ロボットが海外に出ているところですが、海中ロボットもそこに続きたいという気持ちがあります。日本国内のマーケットは限られるため、海外へビジネスとして展開していきたいですね。そういう意味で、今回のShell Ocean Discovery XPRIZEは非常にいい機会だと思います。

−−最後に、Shell Ocean Discovery XPRIZEにむけた意気込みをお願いします!

私としては結果にこだわっていきたいと思っています。プロセスが重要という人もいますが、やはり結果がすべてだと思うので。少なくともRound1は突破して、Round2に向かっていきたいですね。

* * *

Team KUROSHIOのクラウドファンディングチャレンジは、3月30日現在達成率40%、期間は5月26日までです。みなさんのご支援をお待ちしています!

中谷武志氏プロフィール
海洋研究開発機構(JAMSTEC) 海洋工学センター 技術研究員
2009年、東京大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻にて博士号(工学)を取得。東京大学生産技術研究所特任研究員などを経て現職。遊び心を持った研究精神と妥協を許さない厳しい姿勢で、”未知なる深海”に挑戦している。手塩にかけて育てたロボットに、危険を承知で冒険させるドキドキ・ワクワク感が研究開発の原動力。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
フリーランスライター/編集者。お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、テクノロジー、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist/academist Journalの運営や広報業務等をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 https://www.suto-hitomi.com/