ショウジョウバエは栄養を考えて適切な食事を摂ることができる

生物は食事によって生命活動に必要な栄養素を摂取しなければなりません。しかし、必要以上の栄養を摂取したり、不規則な時間に食事をとることで、ヒトでは生活習慣病やその他の疾患を引き起こすことが知られています。私たちの研究グループの最近の研究成果によって、昆虫のモデル生物であるキイロショウジョウバエは栄養のことまでよく考えて食事を行うことがわかってきました。たとえば、ソルビトールと呼ばれる糖はショウジョウバエにとって栄養になりますが無味で甘く感じられません。しかし、ショウジョウバエはソルビトールの栄養価を体内で評価し、学習することができます。また、タンパク源として重要なアミノ酸を不足したハエは、アミノ酸を選んで摂取するように食の好みを変化させることもできます。

昼夜でアミノ酸の摂取量に違いがあるか?

では、ショウジョウバエは必要な栄養素を適切なタイミングで摂取することもできるのでしょうか? そのことを確かめるために、まず私たちは昼間と夜間でアミノ酸の摂取量に違いがあるのかをオスとメスのハエに分けて調べました。その結果、オスのハエでは昼夜のアミノ酸摂取量に違いがありませんでしたが、メスのハエは夜間により多くのアミノ酸を摂取することがわかりました。

これまでの研究から、睡眠や代謝など時間によって変化する行動や生理機能は体内時計によって調節されていることが知られています。そこで、メスのハエが夜に多くのアミノ酸を摂取する行動もまた体内時計によって調節されているのかを調べました。体内時計を持たない突然変異体(per0)のメスで昼夜のアミノ酸摂取量を測定すると、夜間のアミノ酸摂取量の増加が見られませんでした。つまり、メスのハエがアミノ酸を摂取する時間は体内時計によって決められていることがわかりました。

交尾後のメスではアミノ酸が必要不可欠

アミノ酸の摂取は、交尾後のメスのハエが卵を産生する上で必要不可欠であることが知られています。ショウジョウバエでは、ヒトの必須アミノ酸9種にアルギニンを加えた10種類が生体内で合成できない必須アミノ酸で、1種類でも欠くとメスのハエは卵を産生できなくなります。つまり、メスのハエは交尾前後でアミノ酸への要求度が変化していると考えられます。そこで、未交尾のメスと交尾後のメスに分けて昼夜のアミノ酸摂取量を比較したところ、未交尾のメスでは昼夜のアミノ酸摂取量は変化せず、交尾後のメスでのみ夜間のアミノ酸摂取量が上昇することがわかりました。

交尾後のメスが行動パターンを変化させることはこれまでにも知られています。たとえば、産卵の開始や、オスからの求愛を拒否するようになります。このような交尾後のメスの行動の変化は、精液に含まれる性ペプチド(SP)がオスからメスへと受け渡されることで引き起こされます。SPを産生できないオスと交尾したメス、SPの受容体を持たないメスでそれぞれ昼夜のアミノ酸摂取量を測定したところ、どちらのメスも昼間に比べ夜間にアミノ酸を多く摂取しましたが、夜間のアミノ酸摂取量の増加はわずかでした。これらの結果から、交尾のときオスからメスへ受け渡されるSPの情報が体内時計の調節を受けることで、夜間にだけアミノ酸の摂取量を上昇させると考えられます。

産卵とアミノ酸摂取のタイミングには関連があるのか?

卵の産生にアミノ酸が必要であることを踏まえると、産卵のタイミングとアミノ酸の摂取のタイミングには関連があるように思えます。そこでまず、昼と夜の12時間でそれぞれメスの産卵数を調べたところ、メスのハエは昼間により多くの卵を産んでいることがわかりました。昼間により多くの卵を産むことで体内のアミノ酸が不足し、夜間により多くのアミノ酸を摂取するようになるのでしょうか? それを知るために、卵を作ることができないメスのハエで、昼夜のアミノ酸の摂取量を調べました。しかし、卵を作れないメスのハエでも、交尾後の夜にアミノ酸を多く摂取しました。つまり、交尾を経験すること自体が引き金となって、夜にアミノ酸を摂取するようになると考えられます。

おわりに

ヒトでは妊娠などの体内の状態に応じて味覚が変化することが知られていますが、そのメカニズムはよくわかっていません。交尾を経験したメスのハエでだけ観察されるアミノ酸摂取量の昼夜変化がどのような仕組みで制御されているのかを研究することによって、体内の状態に応じた味覚変化のメカニズムを明らかにできるかもしれません。そもそも、交尾後のメスのハエはなぜ夜にアミノ酸を摂取するのでしょうか? もしかすると、ヒトでも体内の状況に応じて、適切なアミノ酸摂取のタイミングがあるのかもしれません。今後の研究により、これらの疑問を解決していきたいと考えています。

 

参考文献

Fujita M, Tanimura T. (2011) Drosophila evaluates and learns the nutritional value of sugars. Current Biology, 21(9): 751–755
Toshima N, Tanimura T. (2012) Taste preference for amino acids is dependent on internal nutritional state in Drosophila melanogaster. The Journal of Experimental Biology, 215(16): 2827–2832
Uchizono S, Tabuki Y, Kawaguchi N, Tanimura T, Itoh TQ. (2017) Mated Drosophila melanogaster females consume more amino acids during the dark phase. PLOS ONE, 12(2): e0172886

この記事を書いた人

内園駿, 伊藤太一
内園駿, 伊藤太一
内園駿(写真左)
九州大学大学院システム生命科学府 日本学術振興会特別研究員(DC1)。
1990年鹿児島県生まれ。ショウジョウバエの味覚受容について研究を行っています。

伊藤太一(写真右)
九州大学大学院 理学研究院 生物科学部門 助教。
2012年3月、九州大学大学院システム生命科学府で博士課程修了(日本学術振興会特別研究員DC1)。博士(理学)。米国Northwestern大学で博士研究員を経験後、2015年9月より現職。ショウジョウバエの概日リズムに関して研究を行っています。