生命の設計図と言われている遺伝子を人為的に操作できる「ゲノム編集技術」が注目を浴びている。この技術をうまく活用できれば、食料やエネルギー、医療分野などにおける問題を一気に解決できるかもしれない。その一方で、ヒトの受精卵の改編の是非をめぐる倫理的・法的問題や、ゲノム編集された食品の安全性の問題のように、慎重に考えていかなくてはならないことも多い。そのようななかでも、2012年に開発された革新的なゲノム編集ツール「CRISPR-Cas9」を用いた国際的な研究競争は、日々進んでいる。今後ゲノム編集は、人類にどのような影響を与えていくのだろうか。今回、ゲノム編集を取り巻く現状を俯瞰的に捉えるため、国内のゲノム編集コンソーシアムの代表や日本ゲノム編集学会の会長を務めている広島大学・山本卓教授に、インタビューを行った。

ーここ数年で「ゲノム編集」という言葉をよく聞くようになりましたが、どのような技術なのでしょうか。

ひとことで言うと、狙った遺伝子を改変する技術のことです。これまでにも、遺伝子組み換え技術は使われてきたのですが、これまでの手法では限られた生物種でしか使えなかったり、改変の精度が低かったりしたんですよね。ゲノム編集がこれだけ強いインパクトを与えている背景には、さまざまな生物種の遺伝子を、高い精度で改変できることがあります。従来の遺伝子組み換え技術では、どの遺伝子を組み換えるかというところまではコントロールが難しかったのですが、ゲノム編集では、一塩基レベルまでを狙って正確に改変することができます。

ー遺伝子組換えとゲノム編集の違いは、他にはあるのでしょうか。

ゲノム編集では、ハサミのような役割を持ったタンパク質が、改変したいゲノムDNAの部分をチョキンと切ります。でも切れたままでは有毒なので、必ず切れた部分を自らつなぎなおそうとするんですよね。つなぎなおすときに、そのゲノムDNAに導入したい遺伝子を入れると、遺伝子が組み替わります。これが、ゲノム編集による遺伝子組換えです。一方、遺伝子を入れないときには何が起きるかというと、放射線が身体に当たって細胞核内のゲノムDNAが切れるのと全く同じこと、つまり自然突然変異が起きているということになります。ゲノム編集では、遺伝子組換えと自然突然変異のどちらかを選んでできるということになります。

ーゲノム編集の魅力について教えてください。

基礎研究の立場から言うと、遺伝子の機能解析を効率的に行えることが、大きな魅力です。ゲノム編集を使えば、特定の遺伝子を狙って壊すことができるので、ひとつ1つの遺伝子の機能を個別に調べることができます。特定の遺伝子を破壊した「ノックアウトマウス」のような遺伝子破壊動物を作るのに、従来はES細胞を使って半年から1年ぐらいかかっていたのですが、ゲノム編集を使えば、1ヶ月から数ヶ月でできてしまいます。マウスだけではなくあらゆる生物における遺伝子の機能を解析しやすくなることからも、基礎分野の研究者にとってはこれ以上ない研究ツールです。特にゲノム編集のツールのなかでも、2012年に開発された「CRISPR-Cas9」を使うことで、複数の遺伝子を同時に破壊することもできるようになりました。これもまた大きなブレイクスルーであると言えます。

ー応用研究ではどうでしょうか。

まずは、品種改良ですかね。たとえば、油を作る微細藻類に対してゲノム編集を行うことで、油の生産量を増やすことができるようになります。これはいろいろな企業が考えていることで、ガソリンに代わるエネルギー源を作ろうと、世界規模で競争が進んでいます。一方で、医療への応用も大切です。ゲノム編集を使うことで、難病患者さんを治療することはもちろん、治療前に特定の病気に関係する遺伝子の研究もできるようになりました。また、iPS細胞とゲノム編集は相性がとても良く、その方向性の研究も行われています。

ーiPS細胞との相性が良いというのはどういうことでしょうか。

分化した状態の細胞と未分化状態の細胞は、細胞核内にあるDNAのパッキング状態が違います。たとえば筋肉の細胞では、筋肉に必要な遺伝子がどんどん発現する一方で、不必要な遺伝子はギュっとパッキングされています。筋肉細胞から未分化状態のiPS細胞を作ると、パッキングされた状態からパッキングされていない状態になるため、ゲノム編集ツールが遺伝子に近付きやすくなります。つまり、ES細胞やiPS細胞では、いろいろな遺伝子を破壊しやすいという意味で、ゲノム編集との相性が良いということになります。こうなればもう、アイデア次第でなんでもできてしまうんですよね。

ーアイデア次第でなんでもできるというのは、諸刃の剣になり得ますよね。

そうですね。たとえば、難病を受精卵の状態で治すことができれば、病気自体を根絶できることになるので、ゲノム編集が人類を救い得る技術であることは間違いありません。安全面や倫理面を考えると、残念ながらまだ使えるレベルではないのですが……。一方で、世界中のアスリートの遺伝子を調べあげて、運動能力に秀でたヒトを作りましょうとなれば、SFの世界で考えられている「デザイナー・ベイビー」ができないとは限りません。ゲノム編集がそのような側面を持つ技術であるということは、認識しておく必要があります。

ー安全に使うためには、どれくらいの実験データが蓄積されれば良いのでしょうか。

うーん、それはなかなか難しいんですよね。まず、CRISPR-Cas9には切断したい部位と似た部位を誤って切断してしまうオフターゲット効果というものがあるので、そのような類似の配列に関しては、体系的に調べる必要があるように思います。

ただ、網羅的に調べることができたとしても、やはり課題は残ります。というのも、私たちの体を構成する細胞内のDNAは、刺激を受けて日々変化しています。ゲノム編集をしたとはいえ、それが自然に起きた変化なのか、ゲノム編集による変化なのかは、統計的な有意差を見るしかなく、言い切ることはできないんですよ。実験データを蓄積していくと同時に、その辺りの曖昧さをどのように解釈するのか、考えていかなくてはなりませんね。

ー日本のゲノム編集は、世界的に見てどのような位置にいるのでしょうか。

ゲノム編集を行う際には、特定のタンパク質がハサミの役割を果たしているのですが、第一世代のZFN、第二世代のTALEN、そしてCas9の特許はすべて海外にあります。海外に抑えられているとなると、商業利用の際には高い使用料を払わなくてはなりません。それは何とか避けたいということで、現在Cas9に代わるハサミのタンパク質を発見するために、内閣府や経済産業省がプロジェクトを立てており、国を挙げた研究開発が進められています。

一方で、CRISPR-Cas9があまりにも使いやすいため、世の中がCRISPR-Cas9で動いているのも現実です。最近では、がんの発症に関わる遺伝子を探索しようという流れがあるのですが、そこでCRISPR-Cas9を使わない手はないんですよね。このツールは本当に特殊で、2012年の夏に論文が出て、よしこれは使えるぞ! と世界中の研究者たちが使って、2013年のはじめに論文が一気に出ました。それからわずか3年半のあいだに、これだけの広がりを見せて、毎週のように新しい論文が出る技術って、これまでのバイオテクノロジーではおそらくないと思うんです。

そうなると、Cas9に代わるハサミを見つけることと並行して、応用特許に関連する技術開発を進めることも戦略のひとつです。たとえば、ゲノム編集で狙った位置の遺伝子を正確に組み換えるノックイン技術は、私たちを含めた国内のいくつかのグループが特許を取っていますし、世界的に見ても強い領域だと思います。

ーCRISPR-Cas9に代わる日本初のツールを開発すると同時に、既存のツールを用いた技術開発を進めていく必要があるということですね。最後に、山本先生がゲノム編集で実現したいことがあれば教えてください。

創薬に使える細胞作りや、ゲノム編集の派生技術の開発でしょうか。ハサミで切るということだけではなくて、遺伝子がパックされた状態をゆるめたりとか、がん細胞の増殖をおさえたりなど、疾患に関連する技術開発を進めていくつもりです。その際、CRISPR-Cas9でできることはCRISPR-Cas9で行いますし、産業利用させるときは、ZFNやTALENも使います。各種のツールを目的に合わせて使い分けていくつもりです。

また、今年からスタートした「日本ゲノム編集学会」で、産業界と学術界をつなげていければと考えています。微生物から植物、動物まで、ゲノム編集を使っている研究者が集まって、同じ技術で融合できる機会を生み出すと同時に、企業との連携が効果的に図れて出口戦略まで考えられるようなイメージです。アカデミック色の強い学会というよりは、大学人と企業人が半々になるような、産学連携を図るための学会にしたいと思っています。

この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。