東西日本でちがうニホンアマガエル

古くから日本人に親しまれてきたカエルのひとつがアマガエルです(図1)。春から夏に掛けて繁殖地の水田に出掛けると、華やかな大合唱が聞こえてきます。夏の終わりから秋に掛けては、繁殖地を離れて拡散し、雨の降りそうな日には人家の庭などから大きな鳴き声が聞こえています。北は北海道・利尻島から南は九州・屋久島まで日本の至る所に生息する、ごくごく普通のカエルです。このアマガエルすなわちニホンアマガエルが、実は日本の東西で遺伝的に大きく異なることがわかりました。今後の研究の展開によっては、東西で別々の種名がつけられる可能性があります。本稿ではその発見の経緯と意義、そしてこれからの調査についてお話しいたします。

ニホンアマガエル (西日本:東広島市)

先入観と外圧

2011年秋、一通のメールがドイツの研究者から届きました。ヨーロッパのアマガエルやヒキガエルを使って性決定や進化の研究をしている、ライプニッツ研究所のマシアス・ストック博士です。私はスイスの学会で一度お目にかかったことがあり、お互いの研究内容はよく知っています。そのメールには、中国、韓国、ロシアの地域集団と日本の2つの地点(札幌と東広島)に関する、ニホンアマガエルの遺伝子解析の結果が添付されていました。これをどう思うかということでしたが、私はその結果を思わず二度見してしまいました。なぜならば、日本からサンプリングされた2つの集団が相互に大きく異なっていたからです。ニホンアマガエルというのは、日本中どこにでも生息していて、しかも手足に吸盤があるのでいろんなものにくっつくことができます。当然、車や物と一緒に移動することも予想されますから、地域集団の違いは有っても極めて少ないであろう、ということ。それから北海道と九州のカエルの姿を比べてみても、アマガエルはアマガエルであり、遺伝的な違いはさほど期待できない、という強い先入観がありました。おそらく国内すべての両生類の研究者がそう思っていたはずです。ですから今までニホンアマガエルの遺伝的な地域差については誰も調べていませんでした。その先入観が一瞬にして国外の研究者によって打ち砕かれたのです。まさに外圧による先入観の崩壊でした。

東西の違い

外圧によって先入観を払拭できた、というのはある意味情けない話ではあります。しかしこれは珍しいことではありません。研究者というのは、無意識のうちに常識に捕われて研究していますから、常日頃の先入観をいつ、どこで突破できるかということが研究成果を大きく左右します。ですから人と違う見方ができる、いわば、少しへそ曲がりの人、あるいはおへそが横についているような人が研究には向いていると思います。ストック博士達の研究は終盤に差し掛かっていたので、私は急いで知り合いや共同研究者に頼んで、東北から九州にかけてアマガエルを集めてもらいました。秋田、新潟、滋賀、高知、大分と、とにかく、最低でも東西の違いをある程度把握できる地域です。すぐにドイツへこれらの組織を送り解析を依頼しました。そして、その結果が2016年11月23日、英国の雑誌に論文として掲載されたわけです。滋賀県甲賀市と広島県東広島市のあいだを境に大きく2つに分かれました。とても大雑把ですが、境界の目安はつきました。

生物学的な意義

注目すべきは、2つのグループの境界が日本国内にあるという点です。ひとつは、西日本、九州から韓国、中国、沿海州までのグループ、もうひとつは東日本、北日本、樺太と国後島までのグループです(図2)。

図2 ニホンアマガエルの2つのグループ(Dufresnes et al.2016を改変)

日本国内で二分されるカエルは、他にもヒキガエル、カジカガエル、ニホンアカガエル、ダルマガエル、ツチガエルなどが知られています。ただし国外の集団がこの2つの系統の中にすっぽり納まってしまうのは、アマガエルがはじめてとなります。つまり国内で分かれた2つのグループが2つの経路を北上して国外へ拡散したという仮説が成り立ちます。これは今までの両生類では見られない分化経路です。ただし、この仮説には欧州の研究者が異論を唱えていて、その全く逆、つまり国外から日本国内へ集団が移動してきたという解釈もあり得るのでは、ということですので、まだ見解の一致を見ていません。さらなるデータの積み重ねが必要です。もうひとつ注目すべきは、北上にしろ、南下にしろ、アマガエルが津軽海峡を渡ったという点です。北海道固有のカエルはただ一種、エゾアカガエルであり、このカエルは北方由来です。まだ、津軽海峡を渡って本州に到達していません。一方、北海道には現在、ヒキガエル、ツチガエル、トノサマガエルの生息が確認されていますが、いずれも本州から人が持ち込んだ移入種であると考えられています。アマガエルは今回の調査で、ほぼまちがいなく北海道で自然分布しているカエルということがわかりました。以上のように、これまでの両生類進化の常識を覆す可能性を秘めているのがアマガエルです。ここにアマガエル研究の大きな意義があります。

これからの展開

最も興味深い点は、この2つのグループが果たして別種と言えるほどに分化しているのかどうかです。遺伝子の違いに基づけば、東西のグループはおよそ500万年前に分かれたと推測されます。ただし遺伝子配列(塩基)の違いというのは、相互が分かれてから経過した時間を示しているだけであって、種としてどうなのかは全く別問題になります。そのための詳細な研究が必要です。まず、東西のグループ間でどこに境界線があるのか、境界付近では両者が同所的に生息しているのか(交配しているのか)、分かれているのか、外部形態の違いはどうか、鳴き声はどうか。そして、両者間で人為的に交配した場合、子供(雑種)はできるのか、その雑種に妊性があるのかどうか、など生殖隔離機構を調べる必要があります。“種とは、交配可能な個体群の集まりであり、種が異なると相互交配はできない”というのが、エルンスト・メイヤーによる種の概念です。この種の概念に沿って種を定義できる結果が得られれば、それはすばらしい成果になると思います。今年から、広島大学の学生がこの課題に取り組んでいます。彼を中心にこの研究は展開していくでしょうから、今後を期待したいと思います。

未知への扉

私は長い間、ツチガエルを研究してきました。とても地味なカエルのひとつですが、性決定や性染色体の進化に関して世界で最もユニークな特徴を備えています。大学時代の同門・菊池宏明氏が調べ始めたのが発端です。誰も調べてくれず最後に残った種なのでかわいそう、というのがそのきっかけだったと記憶しています。それが思いもかけない発見の始まりでした。今回のアマガエルは外圧がきっかけでした。このように、案外身近で、ありきたりな生物の中に、むしろびっくりするような現象が隠されていることがあります。結局いつも障害になっているのは、常識にとらわれた自分自身の先入観ではないかと思います。そこを突破すれば全く想像したことのない新しい世界が目の前に開けて来ます。未知への扉を開く鍵というのは、つまるところ、自分自身の中に隠されているということになりましょうか。

この記事を書いた人

三浦郁夫
三浦郁夫

広島大学両生類研究センター、准教授。専門は遺伝学。

弘前大学理学部卒業、広島大学大学院理学研究科(博士課程前期)動物学専攻を修了し、その後、博士号(理学)を取得して現在に至る。

大学3年生の頃、田んぼでカエルに出会う。それ以来、カエル一筋の研究に取り組む。カエルを研究材料に選んだというよりは、逆にカエルに選ばれたという印象が強い。性決定や性染色体の進化の仕組みが研究の中心となっている。最終的に、性のしくみと生物進化の関係を明らかにしたい。