みなさん、今日は何をお召し上がりになりましたか? カレーライス? それともサンドウィッチですか? ところで今日お召し上がりになったご飯、あるいはパンは植物のどこからやってきたかご存知ですか? 実は、みなさんがおいしく頂いているのは、植物の種子、タネなのです。ご飯はイネの種子を炊飯してできたもので、パンはコムギの種子を砕いて小麦粉にし、それを酵母で発酵させた後、焼きあげたものなのです。種子は植物が受精することによって胚と胚乳を形成することで形成されます。ここまでで、不思議に感じられた方もいらっしゃるかもしれませんが、植物もちゃんと受精するのです。みなさんの中には、中学生や高校生の時に植物には胚のうとよばれる部分があることを学ばれた方もいらっしゃるかと思います。この胚のうが、実は植物の卵に相当する部分で、この卵が受精することによって胚、つまり新しい植物の赤ちゃんができるわけです。それでは、以下でもう少し植物の受精について詳しく説明することにしましょう。

AJ図1

上図のとおり、被子植物の生殖器官は花です。この花の中にはめしべとおしべがあります。めしべの中には胚珠とよばれる種子の元になる部分が存在します。さらに、胚珠の中には先ほど少しご紹介した胚のうがあります。この胚のうは卵細胞、中央細胞、助細胞、反足細胞の4種類の細胞からできていますが、受精する細胞は、この4つのうち卵細胞と中央細胞の2つです。一方、おしべの中には花粉があり、花粉の中には動物の精子に相当する2つの精細胞が含まれています。この花粉がめしべの先に受粉した際に、花粉は花粉管を伸ばし、ついに胚珠の入り口にたどり着きます。この入り口から進入した花粉管は胚のうの卵細胞付近で破裂し、花粉管内容物と精細胞を放出します。ここで放出された2つの精細胞は卵細胞と中央細胞にそれぞれ受精します。この重複した2つの受精を重複受精といいます。受精した卵細胞は次世代の植物体となる胚へ、また中央細胞は胚の栄養となる胚乳になります。そうです、まさにみなさんがお召し上がりなのは植物のこの胚乳の部分なのです。ご飯やパンのおいしい部分はこのようにして受精によって作られていたのですね。そう、これまで人類が生き延びて来られたのも、本来は植物の赤ちゃんのために作られたお乳を人類が頂いて来たからなのです。こうして考えると、植物の受精やそれによって作られた胚乳がいかに偉大なものであるかよくわかりますね。

さて、ここまでで、植物がどのように受精をしているのか大まかに理解されたことと思います。先ほど申し上げたとおり、植物は受精する際に花粉管内容物を胚のうの中に放出し、2つの精細胞を受精させます。この際に精細胞以外の液体部分である花粉管内容物も胚のう内に放出します。この内容物ですが、つい最近までどのような働きをもっているのかまったくわかっていませんでした。というよりもむしろ、花粉管内容物には機能などないと考えられていて、その機能を明らかにすること自体ナンセンスでした。しかしながら、今回私たちはこの花粉管内容物に目をつけ、その機能の解析に取り組むことになりました。まず初めに、花粉管内容物の機能を知るために、

①花粉管を受け入れていない胚珠、
②野生型の花粉管を受け入れた胚珠、
③受精はしていないけれども花粉管内容物を放出した胚珠

の3種類を用意しました。この3種類の胚珠から発現している遺伝子群を調査した結果、興味深いことに、③の細胞肥大、細胞分裂、種皮形成に関する遺伝子が発現していました。この遺伝子発現解析の結果は受精せずに胚珠が肥大していることを示唆していたため、③の表現型を調べました。その結果、①に比べて、③は平均で2.5倍肥大していることが明らかになりました。

AJ図2
受精なしに肥大するシロイヌナズナの胚珠。 ① 花粉管を受け入れていない胚珠。胚珠は肥大せず、小さなままであることがわかります。 ② 花粉管を受け入れ、普通に受精が起こっている胚珠。胚珠は大きく肥大し、胚と胚乳を形成しています。 ③花粉管内容物は放出するが、受精をしない変異体の花粉を受け入れた胚珠。①と比較すると、受精していないにもかかわらず、胚珠が肥大していることがよくわかります

次に、この胚珠肥大を引き起こしているのが、花粉管内容物であることを確認しました。花粉管がある一定の割合で破裂し内容物を放出する変異体を用いて、受精してはいないものの肥大している胚珠の割合と、花粉管が破裂して内容物が放出された胚珠の割合を比較しました。

その結果、胚珠が肥大する割合と花粉管内容物が放出された胚珠の割合とが完全に一致し、胚珠を肥大させているのは紛れもなく花粉管内容物であることが明らかになりました。この結果は、「胚珠は受精しなければ肥大、発達することはない。」との植物界の常識を覆す発見となりました。また、花粉管内容物には受精することなしに種皮を形成できることも確認できました。私は、この現象を花粉管依存的胚珠肥大(POEM: Pollen tube dependent Ovule Enlargement Morphology)と名付けました。

また、この花粉管内容物の他の機能に関しても探索しました。私が目につけたのは、受粉していないにもかかわらず胚乳が発達する胚乳自動発生の変異体でした。本当にこの時はランダムな試行で、かけてみたらどうなるかな? という好奇心により、この胚乳自動発生変異体に花粉管内容物をかけてみることにしました。そうすると、普段は未受粉の段階で各胚珠の胚乳形成率が3%以下であるその変異体に受精に失敗する変異体の花粉をかけたところ、何と約50%の胚珠が胚乳発生を始めたのです。

Fig.4kasaharaM
受精なしに発達する胚珠や胚乳および果実。A. 受精非依存的な胚乳形成:上段のめしべは未受粉の胚乳自動発生変異体であり、ほとんど胚乳を形成していないのがわかります。通常は3%以下の確率で胚乳を発生します。下段は花粉管内容物を放出するものの受精しない変異体の花粉を掛け合わせたもの。全体が赤く染まった胚珠には胚乳が形成されていました。胚乳形成確率は平均で50%になっていました。B. 受精非依存的な果実形成:上段のめしべは未受粉の胚乳自動発生変異体の果実です。下段はA同様に受精しない変異体の花粉を掛け合わせたもの。胚珠だけではなく、果実全体も大きく膨らんでいることがよくわかります。

この胚珠の中を調べてみると、たしかに受精しておらず、胚も出来ていませんでした。しかしながら、花粉管内容物の放出のみで胚乳形成率が上昇していることが明らかになったわけです。このことはつまり、種子の中に赤ちゃんはいないけれども、栄養となるお乳は形成されていたということです。これがもしイネやコムギに応用できるとすれば、胚乳だけ、つまり人間が食べるところだけを狙って増やせるということになるのです。これで少しは植物に対して後ろめたさがなくなるのかな?

また、違った視点でこの現象を見てみると、その応用範囲は非常に広範であると言えます。たとえば、受精に頼らない食料生産です。植物というものは天変地異に晒されると受精ができなくなります。たとえば、著しい高温や低温といった場合にはまず受精できません。しかしながら、受精に頼らずに胚乳が形成できるようになれば、このような天変地異に関係なく可食部分が収穫できるわけですから、人間にとってはありがたい話となるわけです。今後は、花粉管内容物のどのような物質がこのPOEM現象を引き起こしているのかを調査していく予定です。このPOEMファクターがわかれば、今後間違いなく人類にやってくる食料危機問題の対策に一役買ってくれることと期待しています。

原本文献

Ryushiro D. Kasahara, Michitaka Notaguchi, Shiori Nagahara, Takamasa Suzuki, Daichi Susaki, Yujiro Honma, Daisuke Maruyama and Tetsuya Higashiyama. Pollen tube contents initiate ovule enlargement and enhance seed coat development without fertilization. Science Advances 2 e1600554 (2016)

この記事を書いた人

笠原竜四郎
笠原竜四郎

2007年にUniversity of Utah (USA)でPh.Dを取得。その後、名古屋大学理学部の博士研究員(東山研究室)を経て、科学技術振興機構・さきがけ研究者 / 名古屋大学ITbM 招へい教員に。趣味はウエイトトレーニングで、世界最強の植物学者を目指している。